日本経済を再生させ、日本を元気にするために“科学技術イノベーション”への期待が大きい。産学官の連携をどう進めるのか、大学は期待にどう応えるのか。安倍政権の成長戦略を検討する産業競争力会議の議員と内閣府総合科学技術・イノベーション会議の議員を兼ねる、橋本和仁(はしもと かずひと)東京大学大学院工学系研究科教授に聞いた。
(聞き手:「産学官連携ジャーナル」誌 登坂和洋)
教育、研究現場の意向を吸い上げる
―先生は、政府の日本経済再生本部の下に2013年1月に発足した産業競争力会議の議員であり、内閣府の総合科学技術・イノベーション会議(以下「CSTI」)の議員でもあります。
産業競争力会議は、安倍政権の経済財政政策の3本の矢の一つ、成長戦略をつくる役割を担っています。国の重要政策を決める会議の一つといって良いと思います。一方、CSTIはいうまでもなく国の科学技術政策の指令塔です。安倍政権では、成長戦略のど真ん中に科学技術イノベーション政策が位置付けられています。具体的には産業競争力会議が設置されたおととしの最初の会議で、成長戦略の“一丁目一番地”、すなわち最重要の施策が規制改革とされ、その次に科学技術イノベーションの環境整備が挙げられました。また、今年に入っても2月12日に行われた施政方針演説で、安倍総理は「日本を世界で最もイノベーションに適した国にする。世界中から超一流の研究者を集めるため、世界最高の環境を備えた新たな研究開発法人制度をつくります。ITやロボット、海洋や宇宙、バイオなど、経済社会を一変させる挑戦的な研究を大胆に支援してまいります」と述べられています。
―大学で研究教育に携わると同時に、両会議の議員として重責を担われているのは大変ですね。
私は東大の教授として研究室を率いている大学人です。現在、研究室には学部生と大学院生合わせて25名、ポスドクやスタッフを入れると45名ほどのメンバーがいます。もちろん学部と大学院で授業もしています。このように教育、研究の最前線にいる現役です。私のような現役の大学人がなぜ政府の重要な政策を議論する産業競争力会議やCSTIの議員になっているのか。それは現場の意向をしっかり吸い上げた上で科学政策をつくるべきだ、と政府が考えているためと理解しています。私のミッションは、教育、研究現場の視点を持ちながら、国全体の政策を決める産業競争力会議と、科学技術政策を専門的に検討するCSTIをしっかりつなぐこと。総理からそういう指示を受けています。
指令塔機能の強化
―成長戦略における科学技術イノベーションの取り組みの経過を解説していただけますか。
2013年6月に成長戦略、「日本再興戦略」が出されました。この中でイノベーション政策は重要な政策課題の一つとして位置付けられています。その中でも、まず取り組むべきは「総合科学技術・イノベーション会議の司令塔機能強化」とされました。また、成長戦略と連携する形でCSTIでは「科学技術・イノベーション総合戦略」を策定し、それに基づき司令塔機能強化に向け次の三つに取り組みました。
一つ目は、政府全体の科学技術予算の調整機能強化です。科学技術予算と一口に言いますが、実際には各府省庁がそれぞれ要求して確保し、縦割りで事業が行われています。その各府省庁の科学技術予算に横串を刺して調整を行うため、予算戦略会議というものを新たに設けました。CSTI主導の下、各省庁の科学技術政策に関わる局長クラスを一堂に集め、予算要求の方向性について議論するようになりました。
二つ目は、府省横断型のプログラムの新設です。内閣府が新たにまとまった予算、約500億円を確保し、内閣府の下に文部科学省や経済産業省などが集まり、大学、公的研究機関、さらに産業界の研究者が一体で研究を行うという府省連携・横断型の新しいプログラムをつくりました。「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」といいますが、それが今、本格的に動き始めたところです。
三つ目はハイリスク・ハイインパクトの研究プログラムの構築です。これはかつての「最先端研究開発支援プログラム(FIRST)」の後継の「革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)」として予算化しました。ハイリスクだけれども、うまくいけば社会に対する非常に大きな貢献が期待できるものです。これも内閣府が府省横断型でリードします。まずプログラムマネジャー(以下「PM」)を選び、その人が産学官の研究者をまとめ上げるという仕組みをつくりました。PMは現在12人選定され、その人たちが研究計画を立てて人を集め、チームをつくり上げました。これもまさに動き出したところです。
―2年目の2014年度はどうだったのですか。
2014年6月に日本再興戦略の改訂版が出ました。この改訂版を作る際に話題となったのは、わが国は基礎研究が強いにもかかわらずイノベーションにうまくつながっていない、また、産学官連携がうたわれて久しいが、その連携があまりスムーズにいっていないのでは、といったことでした。連携で期待されるのは人の流れであったり、お金の流れであったり、知識の流れであったりするわけですが、そこがうまくいっていない。この問題を解決するための主役として、産業技術総合研究所、理化学研究所、物質材料研究機構などの公的研究機関に登場してもらおう、ということになりました。
イノベーションの芽を出す役割は主にアカデミアに期待されています。また、そこでの基礎研究成果を産業界が事業として展開するまでには長い道のりが必要です。その共同作業(共同研究、価値創造)の場として、これらの公的研究機関を明確に位置付けたのです。これが公的研究機関の橋渡し機能の強化です。
「産学官連携ジャーナル」より転載
(続く)
橋本和仁(はしもと かずひと) 氏のプロフィール
1955年生まれ。80年東京大学大学院理学系研究科修了。分子科学研究所技官、助手を経て89年東京大学工学部講師、助教授を経て97年東京大学先端科学技術研究センター教授。2004年より現職。理学博士。日本学術会議会員。研究分野は光触媒、微生物電気化学、電極触媒、人工光合成など。04年内閣総理大臣賞、06年恩賜発明賞、12年日本化学会賞などを受賞。著書に「光触媒のしくみ」(共著、日本実業出版社、2000年)、「材料概論」(共著、岩波書店、05年)、「田んぼが電池になる」(ウエッジ、14年)など。
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