レビュー

編集だよりー 2012年4月9日編集だより

2012.04.09

小岩井忠道

 だいぶ前の話だが、それでもイノベーションという言葉が既に叫ばれ出したころだ。「イノベーションって、一体、どういうこと」。旧知の文部科学官僚(当時)にあるシンポジウム会場で尋ねたことがある。昔、ある年の科学技術白書を執筆した人だ。その時、記者クラブでの事前レクは確か上司の担当課長がしゃべったと思うが、この種の話も実際の執筆者に直接、聞いた方がよいに決まっている。実際、実に分かりやすく要点、背景を説明してくれた。肝心なことをなぜ分かりにくく書かざるをえなかったか、ということも…。以来、役所や審議会などの報告書類を記事にする時、報告書そのものは必要不可欠な箇所しか読んだことがなかった。

 さて冒頭の問いに対するこの元キャリア官僚の答えは「シュンペーターは、創造的破壊と言ってるんだけど」だった。これは、わざと分かりにくく答えたわけではない。短い言葉で明快には答えにくいことなのだ、と納得した。

 8日の東京新聞朝刊総合面に浜矩子同志社大学教授が「偽りの英雄は無用」という長文のコラムを書いている。冒頭に引用されているのが同志社大学の創立者、新島襄が「同志社大学設立の旨意」の中で述べている言葉だ。

 「一国を維持するは、決して二、三英雄の力に非(あら)ず、実に一国を組織する教育あり、智識(ちしき)あり、品行ある人民の力に拠(よ)らざる可(べ)からず、是等(これら)の人民は一国の良心とも謂(い)う可き人々なり」

 続いて、浜氏は日本の現況を次のように憂える。

 「日本政治の最大の問題は、リーダーシップの欠如だ。グローバル時代を生き抜く経営には、強烈なリーダーシップが欠かせない。今こそ、強いリーダーが待たれる。そうした主張が、一つの風潮を形成しつつあるように見える」

 「こうした社会のムードに機敏に反応して、似非(えせ)ヒーローたちが頭角を現す傾向も見られる。彼らは、わかりやすさと単純さを武器に…ことさらに敵をつくり、声高に彼らを罵倒することによって、安っぽい爽快感を打ち出そうとする」

 こうした指摘に、鷲田清一大谷大学文学部教授(前大阪大学総長)の講演を思い出す。

 「リーダー論がはやる時代は大変危ない。リーダーはほんのちょっといればよいのに、誰もが、自分がリーダーになりたいと思う社会はもろい」。昨年11月、シンポジウム「私たちにとって科学技術とは何か-震災からの再生をめざして-」の基調講演で話された言葉だ。

 「リーダー、インストラクター(指導者)は、絶えず入れ替わらないといけない。フォロワーが、とりあえずやってほしいという人をリーダーに推戴し、支え、リーダーに無理がかかっていないか、見落としはないか、脱落者はいないかあるいは組織に無理がかかっていないかといった全体を見渡す目、責任は、フォロワーが握っている。つまり、そういう賢いフォロワーが一人でも多い社会が成熟した社会だ」という言葉が続く。(2011年11月21日ハイライト「しんがり務める人多い社会に」参照)

 浜氏のコラムの締めは「閉塞感を打破してくれるのは、偽英雄たちにあらず、良心ある地球市民たちの行動だ」というものだった。ここでも新島襄の言葉が引かれている。「而(しこう)して吾人は即(すなわ)ち此(こ)の一国の良心とも謂う可き人々を養成せんと欲す」

 イノベーションという言葉を冒頭に取り上げたのは無論、相変わらず科学技術政策のキーワードになっているからだ。それとこの言葉に「ヒーロー(英雄」が必要だ」という響きが感じられるからでもある。東日本大震災の後の復興、さらにはその鍵を握る科学、技術の根底にあるべき精神に求められているのは何か。浜氏や鷲田氏が指摘するようなヒーロー(英雄)にあらざる人々の良心的な行動では。そう感じる人たちは、今の日本で少数派だろうか。

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