レビュー

編集だよりー 2011年11月21日編集だより

2011.11.21

小岩井 忠道

 「請われれば一差し舞える人物になれ」。鷲田清一前大阪大学総長が18日のサイエンスアゴラ開幕シンポジウム の基調講演(2011年11月21日ハイライト「しんがり務める人多い社会に」参照)」で引用されていた。会場では何のことやら分からず、自宅に重ねたままにしておいた「梅棹忠男語る」(聞き手 小山修三、日経プレミアシリーズ)を開いてみて、ようやく腑(ふ)に落ちた。さっぱり本を買わなくなったのに、最近、最後まで読み終えた本がなんだったか、すぐ浮かばないほど不勉強な人間だ。量的には厚くもないこの本も、実は途中までしか読んでいなかった。だから、舞いの回数を数えるのに「差し」という言葉を使うことも初めて知る。

 梅棹氏が国立民族学博物館を創立した立役者だったことは有名だ。意外なことに本人は館長になる気はなく、設立のため一緒に尽力した泉靖一・東京大学東洋文化研究所長になってもらうつもりだったらしい。その泉氏が急逝してしまう。「だから館長を引き受けざるを得なかった」という言葉の次に出てくるのが、鷲田氏が引用した「請われれば一差し舞える人物に…」という冒頭の言である。

 「梅棹忠男語る」は、聞き手の小山氏が書いているように、昨年7月に亡くなられた梅棹氏の「最後の語りとなった」本だ。鷲田氏が話した通り、この言葉は、この本のさらに最後に出てくる。亡くなられたのは本が発行される2カ月前で、「梅棹さんの同意を得て、ほぼ全体の形が整う段階にきていた」(小山氏)というから、まさに梅棹氏の最後のメッセージと言えるかもしれない。

 「そうや。人には逃げてはならない状況がある。そのとき、ちゃんと舞ってみせることが必要だ。責任を果たす覚悟と能力がいる」と、梅棹氏は、続いてこの言葉の意味を説明している。

 「フムフム分かる。自分にもそんなところがあるから」。すぐに納得してしまう人が結構いるような気がする。だが、梅棹氏も鷲田氏も多くの人が簡単にうなずくようなことを、わざわざ言うはずはない。前段があるのだ。

 「隊長は『わしが、わしが』でなくて、押されてなるものや。リーダーになって威張ったり、金儲けをしようとしたことはなかった。それでいいと思っている」と梅棹氏は言っている。引用した鷲田氏も同じように「リーダーはほんのちょっといればよいのに、誰もが、自分がリーダーになりたいと思う社会はもろい。今大事なのはリーダーがどういう人かではなく、賢いフォロワー(随行者)がどれだけいるか、ということだ」と。

 今はだいぶ変わっているとも聞くが、編集者が通信社で記者生活を送っていたころ、労使は相当な緊張関係にあった。とはいえ、報道機関に働く人間同士である。一定の信頼感もあるいわく言いがたい関係もあったが…。はっきりしていたことは、委員長や書記長(いずれも専従)が経営陣とつるんでいる、などといささかでも疑われたら、その人間も「はいそれまで」となる。そう皆が思っていたに違いない、ということだ。

 組合員の納得が得られるよう経営陣とは戦うにしても、全ての争点で社会的な信用を失うほど延々と闘争を続けるわけにはいかないだろうしなあ。自分たちの利益のためだけに…。それやこれや考えると、大体の人間は委員長や書記長などやりたくない、となる。

 そこで、毎年、総入れ替えする執行部の特に委員長、書記長の選出が難航する事態が常態化していたわけだ。2期前の組合役員が中心になり、まず役員選考委員会ができる。すべての職場に委員長、書記長にふさわしい人間を推薦させる。その推薦名簿をほとんど唯一のとっかかり(口実)に被推薦者本人だけでなく、被推薦者を抱える職場の説得にかからなければならない。専従を出すと、職場も自動的に一人減、それも最も働いてもらいたい年ごろの人間を1年とられるから深刻だ。特に仕事が取材源と記者との関係に依存するところが大きい編集当該職場の抵抗は尋常ではない。

 こうした選考作業において、相当な影響力を持ち続けていたのが、今はない女性だけの交換職場だったように思う。外部からの電話はほとんどすべて交換手を通していたこともあり、編集職場を含め、社内の人間に関する情報を意外に多く持っていたらしい。最終的に寄ってたかっての説得に陥落し、委員長や書記長にさせられた人間の相当多くが、この交換手の職場からも推薦された人間だったような気がする。

 梅棹氏の言葉で講演の最後を締めた鷲田氏は、こんなことも言っていた。

 「梅棹先生の言葉から考えたのが、よきフォロワーになるとともに、場合によっては自分が『しんがり』を務める人が1人でも多くなる社会をつくっていくことが大事ということだ。日本社会はこれまでのような経済成長は絶対にありえず、ある種の退却戦、後退戦を強いられる。退却戦の先導役ではなく、脱落者はいないか、皆、安全なところへ逃げたか、を確認してから自分も退却する『しんがり』が一番大事な役柄となる」

 そういえば、編集者のいた通信社労組には役員選出作業にあたって合言葉があった。「やりたい人より、やらせたい人を!」。絞り込まれた有力候補者への最後の口説き文句でもある。

 交換職場からの被推薦者が委員長や書記長になるケースが多かったように思えるのは、女性の方が確かな目を持っていたからかもしれない。リーダーになりたがる人か、請われれば一差し舞える人物か、を見分ける…。

関連記事

ページトップへ