レビュー

編集だよりー 2012年1月29日編集だより

2012.01.29

小岩井忠道

 自宅のアドレスにいただいたメールの読み残しを見る。26日に届いていた田中良太氏からのメルマガ「大気圏外」が「空気の支配が貫徹している日本のマスコミ—大相撲初場所で把瑠都優勝を決めた『飛ぶ相撲』を題材に」と題して、日本の相撲報道と一部のファンを含めた相撲関係者を手厳しく批判していた。氏にはオピニオン欄に福島第一原発事故に絡んで寄稿していただいたこともある(2011年6月29日「日本の国民投票を考える」参照)。

 大関・把瑠都が優勝を決めた12日目、稀勢の里に対して立ち合いに変化、はたきこみで勝った。翌日の新聞各紙朝刊記事が「これが大相撲?『注目の一番』にファン落胆」(朝日新聞記事の見出し)」をはじめとして、把瑠都に対する観客の「帰れコール」が大きな扱いだったことを田中氏はまずやり玉に挙げている。結びの一番で日馬富士が立ち合いに飛んで白鵬に勝った相撲が続いたことで「『注文相撲はひどい』という主張が当日の『空気』になった」という指摘が鋭い。「記者たちにとって、注文相撲批判は一段とやり易い」から、空気を読んだ運動記者の似たような記事のオンパレードになった、という見立てだ。

 批判の矛先は記者だけではない。「注目の相撲があれじゃあ、お客さんも興ざめなんじゃないの」(放駒理事長)、「綱獲りに響く。正々堂々いかないと。日本の心を忘れている」(鶴田卓彦・横綱審議委員会委員長)という発言も、田中氏によると「自分たちまで批判されることを避けた「『空気を読んだ』発言にすぎない」となる。「把瑠都はエストニア人。『エストニアの心』を持っているはずだ。10年足らずの相撲部屋生活で『日本の心』に変わるものなのか? 心とか文化というものについて、あまりにも軽く見ているのではないか。こういう軽い人間だからこそ、日経の社長になれたのだろう」。編集者の郷里の大先輩でもある鶴田氏も、くそみそだ。

 立ち合い変化して、相手を土俵にはわせる。そんな相撲は昔からあった。現役時代、人気抜群だった初代若乃花(後の二子山理事長も、当時、上り坂だった柏戸(後の鏡山親方)との対戦で立ち合いに変化して上手出し投げで勝ったことが、確かある。わが家は1紙しか新聞を取っていなかったが、若乃花を批判した記事を読んだ記憶はない。

 22日の初場所千秋楽後、江東区清澄の北の湖部屋で行われた打ち上げの宴席に出席する幸運に恵まれた。けいこ場にたたみを敷き詰めた宴席は、150人を超すと思われる後援会関係者たちでいっぱい。後援者であるふぐ料理店からの差し入れらしい豪勢なふぐ料理が振る舞われた。部屋が近所の錣山親方(元寺尾)があいさつに来たほか、優勝した把瑠都も途中から参加する。把瑠都が所属する尾上部屋が同じ出羽の海一門という関係からだが、北の湖親方の相撲協会内における実力、人望が相当なものであることが分かる。

 宴席の間を縫って料理、飲み物などを出し入れする若手力士の中に、まだまげが結えない大型力士がいた。初土俵以来、27連勝の新記録を挙げ、幕下で優勝した佐久間だ。学生横綱にもなった日大相撲部時代は威張っていられただろうが、部屋ではまだ上に何人もいる。後援者たちの接待役に徹している姿を見て、スポーツの世界のよさをあらためて考えた。上には上がいることを、子供のころから嫌でも知らされるから、自分は特別、有能な人間だなどと間違っても勘違いしない。そうでない独りよがりの人間は、途中で辞め(させられ)てしまう。

 「なぜ、今、企業などでスポーツ選手経験者が歓迎されるのか。ペーパーテストの成績がよくても、自立心や人間関係をつくる力が低下している若者が増えているからだ」。21日、日本学術会議で行われた「科学技術人材育成シンポジウム」で、阿部博之・元東北大学総長が基調講演で話すのを聞いて驚いた。企業の採用担当者や、スポーツ経験者たちが、スポーツ体験の長所を強調するのは分かる。しかし、学界の重鎮がスポーツ経験者の利点をこのように端的に評価するのは聞いたことがない。

 「先生ご自身は何かスポーツをされたのですか」。後日、阿部氏に尋ねてみた。「エイトのコックスをやった」との返事。氏は大学を卒業後、3年間、NECで企業生活を送っている。「同期入社の技術系は70人ほどいたが、3年以内で数人が辞めた。しかし、全てより大きな目的を持って辞めたのであって、今のように企業で勤まらなくなって辞めた人間はいない。今は社会が企業でやっていけないような人間を育てている…

 スポーツというのは、魅力を知る人ほど特に説明はせず、むしろ報道などを通じて、誤解している人が多いような気がしてならない。「相手の動作が始まったとたん、すぐに反発する動きを実行しなければならない。つまり身体が勝手に動く境地に至ってはじめて強い関取となる」。田中良太氏の指摘に編集者は同感だ。

 頭の中で四の五の考えることは、スポーツのほんの一面に過ぎず、体自体が自然にかつ合理的に動いてしまう境地に達した人の動きこそ一番価値がある、という…。

   メルマガ「大気圏外」筆者、田中良太氏 連絡先:gebata@nifty.com

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