レビュー

編集だよりー 2011年11月12日編集だより

2011.11.12

小岩井忠道

 還暦フェスティバル2011「還暦世代のつどい」という催しが、静岡県の富士市で開かれた。会場となった富士常葉大学で、柄にもない講演をする。「東海大地震 報道の背景」というタイトルで、通信社記者時代の35年前に、石橋克彦・東京大学理学部助手(当時、現・神戸大学名誉教授)の「駿河湾巨大地震(東海地震)説」を記事にした経緯を話してほしいという注文だ。東海地震対策にどうつながったかも併せて、という…。

 パワーポイントはできないからただしゃべるだけ、ということで引き受けたのだが、日が近づくにつれ心配になってくる。とうとう静岡新聞社のデータベース部署に連絡し、この記事が載った1976年8月24日朝刊社会面のコピーを当日、聞いてくださる方々に配布することを許可してもらった。このくらい古い記事でも横浜の新聞博物館に行くと、マイクロフィルムから探し出してコピーできる。

 1976年8月24日といえば、田中角栄元首相がロッキード事件で逮捕されて1カ月もしない時だ。逮捕時に自民党も離党したその田中氏が、その後も長期にわたって政界に君臨したことは、よく知られている。東海地震対策を目的とする法律「大規模地震対策特別措置法」ができたのは、田中氏逮捕、「駿河湾巨大地震(東海地震)説」報道から、わずか1年半後のこと。「目白の先生(田中氏)に頼んだから実現した」と当時の静岡県知事が後年、静岡放送の特集番組の中で語っている。

 ところでこの記事は静岡新聞の社会面の半分を埋めるほど大きな扱いだった。記事が出た10日後に沼津市に本店を構える駿河銀行(現・スルガ銀行)が石橋氏を呼んで早速、講演会を開くなど、地元で大騒ぎになったのは当然である。しかし、東京をはじめ、他の地域の人たちはしばらく分からなかった。全国紙やNHKなどがすぐに報道しなかったためだ。ようやく全国的な関心時になった後、「朝日新聞がスクープした石橋説」と評論家の柳田邦男氏が文藝春秋に書いていた。ずっと無視し続けていたメディアの中で最初にきちんと後追いしたのが朝日新聞だったから、氏はてっきり朝日の特ダネと思い込んだらしい。

 「駿河湾巨大地震(東海地震)説」の根幹は、地殻変動がプレートの動きによって起きるというプレートテクトニクス理論に依っている。地球深部から海底までわき上がった物質が冷やされて板状(プレート)になり、水平に移動し、海溝部で再び潜り込む、というのを柱とする理論だ。しかし、当時は米ソ冷戦の時代。欧米の研究者によって発展したことが気に入らなかったのだろうか。ソ連の大物地質学者は反対していたし、日本にも「地殻変動が横からの力で起きるなんて考えられない」という“ソ連寄り”の研究者がいた。「プレートテクトニクス仮説」という言い方をしていた全国紙もある。

 「駿河湾巨大地震(東海地震)説」が世に出たのは、こんな時期だったのだが、その影響は大きかった。静岡県を中心に膨大な地震対策予算が投じられてきたのはよく知られている通り。さらに例えば気象庁では、元々天気予報が本流の機関だったのに、それまで地震予知に及び腰の発言が目についていた地震課長がその後、観測部長に昇格、とうとう気象庁長官まで上り詰めてしまった…。

 なんて話をつないでいったら、幸いなことに居眠りする聴衆もなく(パワーポイントを使わないし、原稿も用意しなかったから会場の様子はよく見えた)、予定時間通りに話を終えることができた。

 「還暦世代のつどい」は昨年に続き2回目ということで、初年度にはもらえた公的な補助金はない。大学から無償で借りた会場で、準備から後片付けまで全て実行委員が行う手作りの催しとなったという。実は編集者が講演などという慣れないことをしたのも、実行委員の1人で富士市に住む弟を介して頼まれたからだ。「講演料を払わなくて済む講師」というのが理由、とすぐ分かったので。

 事前に売りさばいた500円の入場券が、大学の食堂の昼食券付というのもよかったのだろう。参加者は600人を超えたという。講義室での講演に続き、場所を体育館に移して音楽演奏や、手工芸品などの出店、木工教室などが用意されていた。終了後、弟夫妻と弟宅に戻ると、家の前に親子連れがいる。

 弟は60歳を前にサラリーマン生活に終止符を打った男だ。好きな音楽を聴き、本でも読んで悠々と、と思っていたらしい。しかし、思い通りにはならないのが人生。数年もしないうちに暇をもてあますようになったようだ。「お父さん一緒に駄菓子屋でもやりましょう」。見かねたやさしい妻の提案で、自宅1階、吹き抜けの駐車スペース半分ほどを利用し、「駄菓子やこんぺいとう」を1年ほど前に開店している。もうけようという気など、はなからない。フリーペーパー、全国紙静岡支社、地元民放テレビ局、全国BS放送局が面白がって相次いで記事、番組で紹介してくれたため、今や地元ではちょっとした有名人のようだ。

 待っていた親子ずれのため急きょ、店を開けると小学生のグループや、親に連れられた小さな子どもたちが次から次へやってくる。単価が10円や20円のものが多いからだろう。楽しそうに時間をかけて商品を選んでいる子供たちの姿がほほえましい。家庭では無愛想なのに他人には愛想がよい典型的な茨城県人気質の弟が、小さな客たちと談笑しているのもまた…。

 日本は確かに、世界の先頭を走る高齢社会かも。納得、実感した1日だった。

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