レビュー

編集だよりー 2011年11月9日編集だより

2011.11.09

小岩井忠道

 朝、家を出る前に9つ数える。何年も前からの習慣だ。番号を唱えながらスーツのポケットを順番に確かめる。「1、キーホルダー、2、小銭入れ、3、ハンカチ、4、財布、5、ボールペン…」と。最近、8つに減った。小銭入れをどこかでなくしてしまい、以来小銭入れは持たないためだ。

 今朝は、いつも起床してすぐにやることにしている携帯の充電を始めるのをうっかりして遅れた。身支度が調ったのに、まだ充電中を示す赤いランプが消えない。メールをチェックする間に、少しでも充電を、と思って、何のことはない。パソコンを閉じる時に忘れてしまう。夜中に帰宅すると、家に忘れた携帯に案の定、数人から数本の電話とメールが送りつけられていた。

 この日は、もう一つ失態を演じる。こちらの実害はもっと大きい。日本学術会議のシンポジウムで7日、基調講演されたジェーン・ルブチェンコ・米海洋大気局(NOAA) 局長・米商務省次官の話をまとめた原稿を再チェックして掲載しよう。と作業にとりかかりがくぜんとする。前日、夕方までかかって書き上げた原稿が保存されていなかったのだ。記事を書いた後、別の用件をこなしたのがまずかった。原稿を保存していないことをすっかり忘れて、退出時にコンピュータを閉じてしまった、と気付く。一から書き直したら2時間以上かかってしまった。

 ルブチェンコ博士のプロフィールに付け加えようと思っていたのに、時間に追われ、結局、触れなかったことがある。こちらは、旭硝子財団のホームページから知った情報だ。博士は、今年のブループラネット賞を受賞している。授賞記念講演会のために来日したのを機に、シンポジウムでも基調講演したというわけだ。

 博士の夫、ブルース・メンゲ氏も生態学者である。ルブチェンコ博士が30歳のころ、お子さん2人とともに夫妻はオレゴン州立大学でジョイントキャリアー(ワークシェアリング)という生活を選択した。子育てと仕事を二人で行いたいという夫妻の希望による。1988年子供たちが成長すると仕事をフルタイムに戻し、オレゴン州立大学の動物学教授に昇進したというから、夫妻のワークシェアリング生活は10年ほど続いたことになる。

 この間に、米国生態学会(ESA)から生態学の最高論文に与えられる賞を受賞し、さらにチリのアントファガスタ大学、中国・青島の海洋研究所で生態学の客員教授、ESAの評議会メンバーや受賞者選考委員なども務めた、というから驚く。

 小川 眞里子・三重大学 人文学部 教授に3年前、「Dual-Career Academic Couples - 研究者同士カップル問題」という原稿を書いていただいたことがある。ここに仰天するようなことが紹介されていた。

 1920年ころから米国に「縁故雇用nepotism禁止規程」という妙な決まりがあり、「1947年ガーティ・コリは夫カールとともにノーベル賞を受賞し、米国初の受賞女性となったが、いくつもの有名大学が彼女の雇用を見送った経緯がある。また原子核の殻模型の研究で1963年にノーベル賞を受賞することになったマリア・G・メイヤーも、30年近く正式な職を得ることなく夫の職場を転々とし、53歳にしてようやく正規のポストを得た」というのだ。

 小川教授によると、米国の大学は今、夫妻とも研究者というカップルに対し、さまざまな支援策をとっている。その中に「終身雇用の1ポストを給料半分の2ポストに分割して、子育て期の若いカップルの誘致を進める場合もある」という。ルブチェンコ博士夫妻の10年にわたる「ワークシェアリング生活」は、このケースだったのだろうか。

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