「分かっちゃいるけどやめられない」。酒席などで冗談を言っても、まず真顔で注意するような人はいまい。大体が個人の不摂生のような話でしかないからだろう。しかし、社会の基本的なありように関して、となれば事情は異なる。どうしてこれが是正できないのか、と文句の一つも言いたくなることもしばしばあるのではないだろうか。
大学生、修士課程大学院生に対する採用選考活動を卒業・修了学年の夏季休暇(8月ごろ)以降に遅らせる—。貿易商社・団体でつくる社団法人日本貿易会が、そんな見解を発表した時は、「よくぞ言ってくれた」という思いだった。その前段として、「卒業および修了学年当初およびそれ以前の学生に対する実質的な選考を厳に慎み、採用活動を早期に開始しないこと」という要望を日本学術会議が公表している。日本貿易会は、自分たちだけでなく全産業界が同様の見直しをするよう日本経団連などに提言もした。立派な行動として当サイトもニュースとして紹介したものだ(2010年11月19日「日本貿易会が採用活動後ろ倒し表明 卒業・修了学年の夏以降に」参照)。
ボールを投げられた日本経団連はどう対応したか。米倉弘昌会長は年明けの1月に記者会見し、大学新卒者、大学院修士課程修了者の採用活動について見解を述べた。しかし、内容は日本貿易会に比べると、格段に見劣りする。「企業の『広報活動』開始時期を学部3年次・修士1年次の12月1日としたい」。日本貿易会の「卒業・修了学年の夏季休暇(8月ごろ)以降に」に比べると、約8カ月も早い。これじゃあ大学生は依然、3年生の12月から就職活動のため勉強どころではない日々が、へたすると卒業までズルズルと続くことになってしまう。
日経新聞夕刊の人間発見欄に連載(7月25-29日)されていた槍田松瑩・三井物産会長のインタビュー記事「自由闊達な会社をつくる」が面白かった。社長秘書時代、「これを調べさせろ」という社長の指示に、社長が知っても1銭にもならないと思ったことは「私が調べて後で知らせるから下にはつながない」と言って、従わなかった。広報担当の専務だった時、不祥事が発覚、記者会見を開きちゃんと説明するよう社長に迫った…などなど。つい忘れそうになっている日本人の潔さを示す挿話が次々に出てくる。
最終回の最後になって初めて気づく。大学生、修士課程大学院生の採用時期を遅らせよう、と産業界として真っ先に意志表明した日本貿易会の会長がこの人だったのか、と。記事のこのくだりにもすっかり感服した。
「次代を担う学生たちを早くから就職活動に走らせて、勉強を阻害するのはいけないと考えたからです。優秀な学生をよそより早くから抱え込んで自社の利益を図ろうなんて、卑しいと心底思います」
先日までインタビュー欄に登場願っていた阿部博之氏(元東北大学総長、元総合科学技術会議議員)は、次のように言っている。「エンジニアはわからず屋の上司とやり合うくらいの気構えで、専門性を踏まえつつ、安全確保の雰囲気をつくることが課題です。会社などの組織は、安全にかかわる科学者や技術者をブレルことなく評価する仕組みをつくるとともに、科学者、技術者も安全上の大事な問題にはひるむことなく主張し説得し続ける信念を持たないと、無作為責任が生じるということを肝に銘ずるべきです」(「科学者よ、国家的な危機克服の牽引車たれ」)
槍田会長は東京大学工学部精密機械工学部卒で、商社を就職先に選んだのは、ただ外国に行ってみたいという思いからだという。阿部氏が科学者、技術者に期待する同様の能力、心意気を、槍田氏は商社や貿易団体という組織の中でたまたま存分に発揮した、ということだろうか。