レビュー

編集だよりー 2011年1月27日編集だより

2011.01.27

 

 クリント・イーストウッド監督(音楽も)の最新作「ヒアアフター」の試写を日本記者クラブで観る。最近は映画が始まる前に必ずチラシに目を通す。あらすじを読んでおかないと、途中で筋が分からなくなってしまう心配からだ。スクリーンを見ながら時々、全く別のことを考えてしまう悪い癖は、一向に直らない。

 当然、この日もその手でのぞんだが、チラシの文章だけではサンフランシスコ、パリ、ロンドンでそれぞれ暮らす3人の主要人物がどこでどのように絡み合うのかまるで見当が付かない。実際、終わり近くなるまで分からなかった。結末は、何ともあっさりとしており「後は自分で想像して」といった感じだ。

 どこに納得あるいは感動したものか。チラシを再読し、手がかりを探してみた。

 「スティーブン・スピルバーグが脚本に心を動かし製作総指揮に名乗り出て、監督はイーストウッドだ、と宣言した」「脚本のピーター・モーガンは、誰もが今まで出会ったことのないものがたりを書き上げた」「死によって生きることの素晴らしさを見いだす3人の男女の物語」…。

 パリでニュースキャスターとして活躍する女性主人公は、東南アジアに息抜きの旅行中、大津波に飲み込まれ一時仮死状態になる。サンフランシスコに住む男性主人公は、霊能者として異常な能力を持つが、今はそれを職業とすることに嫌悪感を持つ。ロンドンでアルコール依存症の母と双子の兄と暮らす少年は、突然、交通事故で兄を失い、かつ更正を図る母親とも引き離される。

 仲のよかった兄ともう一度話したいという思いにとらわれている少年は、逃げるようにロンドンに旅行してきた男性主人公に助けを求める。女主人公は、女性キャスターの仕事がうまくいかなくなった代わりに、なんとか著書の出版にこぎ着ける。大津波で危うく死にかけた体験から生まれた「ヒアアフター」というあの世とこの世をつなぐ話だ。大人の主人公2人が出会うのは、少年と男性主人公同様、映画の終わりごろ。ロンドンで開かれたブックフェアで、女性主人公が本の購入者にサインをする場面まで待たなければならない。

 少年の心遣いと機転により2人がロンドンの街角で2度目に会ったところで、映画は終わる。

 さて、クリント・イーストウッド監督はどう言っているか。「死後の世界があるかどうか、真実は誰にも分からない。ただ、人は誰も与えられた人生を精いっぱい生きるべきだと、僕は常に信じている」

 クリント・イーストウッドは、この数年、毎年、話題作を世に出している。その旺盛な製作意欲にはただ驚くばかりだ。家族を心配した福祉担当者が家を訪ねてきた際、兄弟が酔って寝込んでいる母親を起こし、買い物袋を持たせて窓から出すところがあった。酔いつぶれていたわけではなく、買い物から帰ってきたように装わせるためだ。兄弟と母親との関係を即座に分からせる優れた場面だと感服する。それにしてもイーストウッドも死後の世界が気になりだしたのだろうか。監督80歳、製作総指揮64歳、脚本37歳。これほど年齢が異なる3人の組み合わせでこうした作品がつくられるというのも不思議な感じがする。

 作品には、英国の作家、ディケンズが何度か出てくる。恐らく脚本を書いたピーター・モーガンが尊敬する作家なのだろう。そういえばディケンズの代表作に「二都物語」というのがあったのを思い出した。モーガンは現代の「二(三)都物語」を紡ごうとしたのだろうか。

 少年時代に読んだ「二都物語」の筋は全く忘れてしまったが、一つだけ思い出したことがある。最後に不気味な老女が出てきて、意外な役割を果たしていたことが確か明らかにされるのではなかっただろうか。

 多分死ぬまで再読することはないと思っていたこの小説を読み直してみたら、少しはこの映画を理解できるヒントがひょっとすると得られたりして…。

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