レビュー

編集だよりー 2009年4月4日編集だより

2009.04.04

小岩井忠道

 クリント・イーストウッド監督・主演の最新作「グラン・トリノ」の試写を日本記者クラブで観た。昨年12月に米国で公開されたばかりだが、イーストウッドが監督、主演したすべての映画の中で最高の興行成績を挙げている、という作品だ。78歳になるのに休む間もなく次々に話題作を作り続けるパワーと才能にあらためて驚嘆する。

 作品は朝鮮戦争にも従軍した、元フォード社員の主人公(イーストウッド)が、妻の葬儀で弔問者のあいさつを受けている教会の場面から始まる。なぜその場面から始まるかは、最後になると分かる細かい仕掛けも施されている。

 すぐに荒々しいシーンに代わり、息子一家とも合わない孤独な主人公が吐く台詞は侮蔑(べつ)語、差別語の連発だ。

 隣に越してきたのがモン族の一家。無論、最初は主人公にとっては憎悪の対象である。もっとも主人公もポーランド人という設定だから、エリート階級と最下層階級といった単純な設定ではない。編集者は、モン族というのを初めて知った。米国に10数万人いるそうだ。主人公と親しくなる姉弟の姉に映画の中で説明させているから、主人公に限らず知らない米国人も多いのではないか。中国とラオス、タイに住んでおり、ベトナム戦争で米国に協力したので米国移住を許された、という。さらに元をたどると、中国南部に住んでいたのが漢民族に追われ南下したという。これは編集者が後でウェブサイトから仕入れた知識だ。弟の方は日本人にもよくいそうな顔立ちだし、姉の容貌、言動も最近の元気がよい若い日本人女性を思わせる。映画では、モン族の歴史について前述の姉の台詞以外、何の説明もないが、ベトナム戦争では米国の先兵として利用された悲惨な過去を持つということも、後で知った。 

 もう一つの主人公が映画の題名にもなっているピカピカに磨き上げられた「グラン・トリノ」だ。これも知らなかったが、フォードの1972年製ビンテージカーだそうだ。冒頭、仲の悪い息子一家が帰る際、主人公が不快な表情を示す理由もすぐ後で分かる。息子一家の車は日本製だからだ。

 妻に先立たれ、子どもたちとはうまく行っていない老人。妻の残した遺言。周囲の暴力的な若者たちと、それに力で対抗することも辞さない老主人公。その中でひょんなきっかけから心が通うようになった若い男女…。最近読んだ米国の小説を思い出す。シチュエーションが似ている。違うところで言えば「グラン・トリノ」の方が、社会性がより盛り込まれているところだろうか。主人公自身は、助けを乞う若者を含め、10数人のベトナム人を戦場で殺した記憶を引きずる。

 妻が残し、最後まで主人公が実行に抵抗した遺言は、教会で懺悔(ざんげ)をすることだった。衝撃的な結末を見て思う。これは主人公というより米国人の謝罪ではないのか、と。ウェブサイトを見ると、「古き時代の名残を惜しむアメリカの鎮魂歌的作品」という評があった。

 それにしてもイーストウッド以外、これといった著名な俳優は登場しない。さらに米国社会の底辺で生きていると思われる少数民族に重要な役割を与えている。こうした映画が、記録的な興行収入を挙げるということはどういうことなのだろうか。米国人の大半が、モン族のような少数民族に完全に無関心だったら、この映画がこれほど多くの観客を集めただろうか。

 米映画産業の底力のようなものを感じる。

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