「『人がいい』と言われたら、茨城では『ばかだ』と言われたのと同じ」。海老沢勝二・茨城県人会連合会会長の言葉にドッと笑い声が起きる。日比谷の日本料理店で開いた茨城県人会連合会常任理事会は、ちょうど鳩山由紀夫首相の退陣表明の日にぶつかった。
この会合では毎回、元NHK会長で政治記者でもあった海老沢氏に、会長あいさつとは別に講話をお願いするのが慣例になっている。出席者は毎回、30人足らず。この程度の人数の集まりが一番話しやすいと思われるのに加え、鳩山首相、小沢幹事長の退任という大ニュースが流れたばかりだ。海老沢氏の口も一段となめらかに、というものだろう。
「人がいい」とやり玉に挙げられたのは、一人の政治家ではない。与野党の大物議員が何人か名指しされていた。そもそも政治家全体に対する評価が厳しく、与野党の2世議員から松下政経塾出身議員、さらには元官僚議員まで軒並み、氏から見れば口は達者でも政治家としてはもの足らない人物ばかり、ということらしい。
海老沢氏の話を聞く機会がこれまで何回かあるうちに、小さなくせに気づいた。「いずれにしても」という言葉が、よく出てくる。政治は正義とか理屈で動くものではない。そんな氏の基本的な見方に、非常にマッチした言葉のようにみえる。実は、編集者も似たようなところがあるのだろうか。話を転じるときに、「いずれにしても」という言葉で継がれることに特に違和感はない。それじゃあ、前の話と次の話のつながりがあいまいだ、などと渋い顔をする人もいるかもしれないが…。
水戸っぽの気質を表す表現に「3ぽい」というのがある。3つが何かについては人によってバリエーションがあるようだ。だが確実に3つのうちに入る「ぽい」は、「理屈っぽい」ではないだろうか。毎土曜の朝、日本テレビ系列で放送されている「ウェークアップ!ぷらす」のコメンテーター、岩田公雄・読売テレビ解説委員と昔、懇談して、大笑いしたことがある。編集者が「郷里は水戸」と言ったら、学生時代同じ下宿にいた水戸出身者2人をよく覚えている、という。この2人が議論を始めるととめどもなく続く。ようやく終わったと思ったら、しばらくたってから「おい、さっきの話だけどなあ。やっぱりあれは…」と突然、一方が話を蒸し返すことがしばしばあった、というのだ。自分でも思い当たることがあり、吹き出してしまった。
ついでだから「理屈っぽい」についてもう少し理屈をこねる。茨城出身の人間は、議論好きな面があるとはいえ、重要なこと、本質的なことは避けているふしがあるということだ。本当に気になること、大事だと思うことはむしろ意見を戦わさない。「そんなのは絶対に認めない」「それは許さん」と早々と、決めつけてしまう。逆に損得を深く吟味せずに「分かった」と言ってしまうことも。
「理屈っぽい」気質というのも、要するにどうでもいいことについては、あれこれ反論、異論をぶつけあってお互い楽しんでいるところもある、ということではないだろうか。
海老沢氏は、菅直人氏についても触れ、「東京工業大学を出て、市川房江氏の下で働いていた…」という言い方をしていた。前後の文脈から言うと、どちらも政治家としてプラスの経歴だとは評価していないように思える。
半年前、あるシンポジウム会場で顔を合わせた公益法人理事長の言葉を思い出す。政界、官界の主要な地位にある人々の中では圧倒的に少数である理系学部・大学院出身の官僚OBだ。「理系内閣とマスコミなどにもてはやされるのがかえって怖い。何かでつまずくと『それみろ。理系に任しておいたら何もできない』という理系出身に対する悪口が噴出する可能性がある。特に官僚の中にはそういうことを言いたがる人が多いから」
いずれにしろ、鳩山首相と同じ理系出身の菅氏が政治家としてさらに大きな力を発揮できるかどうかは、日本社会に顕著な理科離れの流れにも大きな影響を与えそう、ということだろうか。

