レビュー

編集だよりー 2008年3月1日編集だより

2008.03.01

小岩井忠道

 この日から公開された小泉堯史監督作品「明日への遺言」を、渋谷東急で観た。この作品は試写会で既に3回観ている。この日は、監督、俳優陣の舞台あいさつを聞くのがもう一つの楽しみだった。「きょうの舞台あいさつは写真を自由に撮ってくださって結構です」。司会者が冒頭、珍しいことを言う。肖像権がどうのというより、この映画をとにかく多くの人に知ってもらうことの方が大事ということだろう。

 ぜひ感想を家族や友人、知人に話してほしい、だからむしろ携帯で写真もどんどん撮って、多くの人に見せてください…。監督、藤田まこと、富司純子ら俳優陣の気持ちが伝わってくる。

 舞台あいさつでも言っていたが、小泉監督にとっては「この日を迎えるのは、まさに映画の原作である「ながい旅」(大岡昇平著)そのもの」だった。ちょっと前まで、とても映画化など無理とみなされていた作品である。

 監督とは、高校の同級生同士だ。デビュー作である「雨あがる」(2000年)を撮る前、世の中には全く知られていなかった時代から、同級生数人で盆と暮れに郷里で一杯やるのが通例になっていた。そのとき「ながい旅」の脚本を既に書き上げている、という話を聞いていたが、仮に映画化が実現しても客を呼べるだろうか、と思ったものだ。あれから10年以上たつ。「次はあれを撮る」と聞いたときは、驚き、いまそう思ったことを恥じる。

 作品は、名古屋地区の米軍の空爆に対し「国際法に違反した無差別爆撃」という主張を貫いて、結局はB級戦犯として絞首刑に処せられた第十三方面軍兼東海軍司令官、岡田資・中将の生き方を正面からとらえたものだ。

 「サンタバーバラ国際映画祭に出かける際は、帰って来られないかもしれない、と言って出かけた」。舞台あいさつで、小泉監督が珍しく冗談を言っていた。2月2,3日、米国カリフォルニア州サンタバーバラの国際映画祭で米国プレミアムショーとして上映されたときの話である。途中で席を立って帰ってしまう客などいなかった、という。

 作品の中で、岡田中将と米国人の主任検察官が激しくやりあう場面がある。

 「無差別爆撃について、そこに2つか3つの軍事目標が含まれていれば、無差別とはいえないのではないか」
「それは勝手な理屈だ。住宅地域、商業地域が広く含まれていれば、無差別爆撃である」
「戦争の終結を早めたハンブルク、ドレスデンの爆撃を知っているか」
「忙しくて気にかけなかった」
「広島、長崎も無差別爆撃だと思うか」
「もっと悪い」
「誰がそれを命令したか、知っているか」

そこで横浜法廷の裁判委員席後方のかけられているトルーマン米大統領の写真が大写しになる。それをしばし見つめた後で、岡田中将が答える。

 「知らない」

 この後2,3のやりとりがあり、弁護人の異議申し立てに対し、主任検察官が次のように言う。

 「この質問はむしろ証人をたすけているのですよ。証人は、無差別爆撃の命令者は戦争犯罪人で、捕らえたら略式裁判で処罰すると言っている。原爆を落としたことには大統領に責任があると、実質的に答えている」

 原爆投下については、昨夏、「世界を不幸にする原爆カード—ヒロシマ・ナガサキが歴史を変えた」(明石書店)という本が刊行されている。当サイトは、当時、著者である金子敦郎氏(元大阪国際大学学長、元共同通信記者)のインタビュー記事を掲載した。この中で金子氏は、次のように言っている。

 「原爆を投下した米政府部内にも賢い人はたくさんいた。しかし愚かな人が物事を決めてしまった」(2007年8月1日インタビュー・金子敦郎氏第1回「愚かな決定」)

 愚かな人というのは、トルーマン米大統領とその片腕となったバーンズ国務長官のことである。賢い人たちというのは、太平洋戦争終結間際の1945年4月に病死してしまうルーズベルト大統領の側近だった陸軍長官のスティムソンや、陸軍参謀総長のマーシャル、駐日大使を10年務めた国務長官代行のグルーたちだ、と金子氏は言っている。

 「明日への遺言」を見て、あらためて金子氏の言葉を、思い出す。

 「日本においては、被爆国でありながら、原爆の問題を追究すると米国が困る。体制側にとってはまさにそうしたテーマだったし、他方、原水爆禁止運動のような反体制側においても同様に追究しにくい特有の状況があった。『米帝国主義が核を持って社会主義国を脅すのはいかん』ということは言うものの、クレージーな軍部指導者によって一億玉砕まで引きずり込まれかねなかった、という軍国主義批判の思いが根底にある。原爆のおかげでそこまで行かなかったのでは、という深層心理があるからだ。これは左翼にかかわらず保守派にも見られる」(2007年8月13日インタビュー・金子敦郎氏第4回「真実の追究を阻んだのは」)

 「明日への遺言」は、きっと多くの観客に観られる、と確信する。

関連記事

ページトップへ