レポート

より良い「Life」へ「対話」を重視し、未来の社会像描く 閉幕したサイエンスアゴラ2021から

2021.11.08

内城喜貴 / サイエンスポータル編集部

 よりよい未来社会のあり方を科学者と市民がともに考える国内最大級の科学イベント「サイエンスアゴラ2021」が11月7日午後、「プレアゴラ」を含めて予定された全日程を終えて閉幕した。16回目の今回は新型コロナウイルス感染症の拡大予防のため、昨年に続きオンライン形式となった。期間中、地域や世代を超えた多くの人が103の多彩な企画に参加し、科学技術の役割や社会の未来像を描く場となった。いくつかの企画や議論をレポートする。

 科学技術振興機構(JST)が主催するサイエンスアゴラ2021は、10月10・11日に行われたプレアゴラに続き、11月3日に開幕して本格的に始まった。昨年は「Life」がテーマになったが、主催者側はコロナ禍が長引く中、世界で、日本で「科学技術への人々の期待や不安を受け止めるための対話が欠かせない」として「対話」を重視。今年は「Dialogue for Life(ダイアログ・フォー・ライフ、Dialogueは対話の意)」をメーンテーマに据えた。

今年のテーマは「Dialogue for Life」だった

「孤立」など大きな社会課題と向き合う

 サイエンスアゴラ2021推進委員会(委員長・駒井章治東京国際工科専門職大学教授)は100を超える企画の中から注目企画を選定した。これらの企画には期待通り、多くの人が参加したが、これ以外にも世界や日本が直面する大きな社会課題と正面から向き合い、課題解決の方策を探った企画が注目を集めた。

 5日は午後5時から「『つくりたい未来』―社会不安の根源を問い直す」が行われた。社会の発展、成長にともなって「負」の側面として同時に生じる「社会の分断」「社会的孤立」や「将来への不安」をテーマに取り上げた。コロナ禍の雇用への影響もあって職を失い、周囲から支援がないまま絶望感から自殺する例が増えている。

 企画の背景にはこうした問題は日本だけでなく、各国共通の問題との認識があった。このため、この企画には日本と海外から4人が登壇した。

 議論のまとめ役でもあった日本福祉大学の藤森克彦教授は「日本における『社会的孤立』の現状と求められる対策」と題して、日本は家族以外の人との交流が少ない割合が調査対象約20カ国の中で最も高く、60歳以上の単身高齢者の13%が頼れる人がいないと答えている実態を紹介した。そして高齢化などによる単身世帯の増加や若い人の未婚化の進展などにより「社会的孤立」が増えている日本の現状に懸念を示した。

 藤森氏はさらに、こうした「社会的孤立」の背景に血縁、地縁、職縁(職場での人間関係)といった関係性の脆弱化があると指摘。地域住民による「緩やかな関係性」、専門家による支援や、家族が担ってきた機能の見直し(家族機能の社会化)などが必要だとした。

 英国のデジタル・文化・メディア・スポーツ省の孤独対策チーム長を務めるラブニート・ブィルディさんは、「孤独」は感じ方の問題で社会からの「孤立」とは明らかに異なると前置きし、2018年に策定された英国政府の孤独対策戦略の内容を説明した。そして「高齢者の孤立、孤独は病気のリスクを高める。人々の孤立は社会にとってマイナス」とした上で、貧困や周囲の偏見、ソーシャルメディアの発達といった要因が大きいと指摘。政府関与による長期的対策の重要性を訴えている。ソーシャルメディアの「若者の孤独」への影響についてはプラスとマイナスの両方があるとした。

 またNPO法人「育て上げネット」を2001年に立ち上げ、現在理事長として若者の就労支援に携わる工藤啓さんは、若者と社会をつなぐことが自分たちの団体の使命と紹介。「全ての若者が社会的所属を獲得し、『働く』と『働き続ける』を実現することが目標だ」と説明した。そして課題解決のためには、この問題の実態をまず「知る」ことから始まると述べ、現場の活動や行政、企業などが結集して「政策化」することが大切と強調している。

 国連で「ICT災害リスク軽減局長」を務めるティツィアナ・ボナパーチェさんはデジタル社会の進展に伴う「格差」が社会的孤立のリスクを高めるとし、「情報・デジタルリテラシー」を高める教育や各国政府間協力の重要性を指摘していた。

5日午後行われた「『つくりたい未来』―社会不安の根源を問い直す」で議論する4人の登壇者(左上から時計回りでブィルディさん、藤森教授、工藤さん、ボナパーチェさん)

「動物」「脱炭素」「研究・産業力の低下」「ジェンダー」などでも議論

 5日の午後7時から「どうぶつたちの眠れない夜にスペシャル 実験動物編」があった。癒やしの対象になるペットや愛くるしい動物の話ではない。医学など幅広い研究に欠かせない動物実験に数多く使われる動物たちに焦点を置いたユニークな企画だった。「動物の福祉」の問題に関心がある2人の女性が進行役。実験動物についての多様なアンケート回答を基に企画は進んだ。研究成果の社会貢献を目指して動物実験に関わる研究者には「心の負担」があることなど生々しい声が紹介された。

 6日午前10時からは「大学をコアとしたイノベーション・システム再興」。低下傾向が指摘されて久しい日本の研究力や産業競争力を今後どう高め、日本が再びイノベーションを生み出すためには何が必要か。この重要な課題についてノーベル物理学賞受賞者の天野浩名古屋大学教授やJSTの濵口道成理事長らによる議論が続けられた。

 この中では日本の科学技術の現在の「実力」が以前より低下しているデータなど示された。一方、ドイツの好事例も紹介されて、重大な課題を解決する方策について2時間にわたり突っ込んだやり取りが続いた。

 同じ時間帯にはジェンダーの問題を正面から取り上げた「ジェンダーの視点から『生き方』を語り合おう」も展開した。ここでは、誰もが自分らしく生きられる「しんどくない社会」実現の可能性とその方策などについて熱い議論が行われた。

 英国・グラスゴーでは10月31日から11月12日までの予定で国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)が開催中。温室効果ガスを出さない「脱炭素社会」の実現に向けて各国がどこまで共通の目標を掲げて協調できるか激しい議論が続いている。

 6日の午後3時からは「みんなで語ろうカーボンニュートラルの社会と暮らし」があった。ここでは未来を担う高校生を代表して、九里学園高等学校(山形県米沢市)、灘高等学校(兵庫県神戸市)、芝浦工業大学附属中学高等学校(東京都江東区)の生徒が参加。脱炭素の目標年になっている2050年の社会像の予想や、科学技術が果たす役割、可能性などについて大人世代との「対話」が行われた。

 忘れてはならない重要な環境問題としては生物多様性の保護や生態系の保全の課題もある。7日午前に行われたのが「命のつながりと生物多様性 ~陸と海の豊かさを守ろう~」だ。同じ動物なのに「在来種」「外来種」として区分けして保全したり、逆に駆除したりするという具体的な事例について人間と野生動物との関係・共生の在り方を探った。

「睡眠負債」抱える人が増加

 ストレス社会といわれる現在、「良質な睡眠」をいかに確保するかが大切な課題になっているこのテーマを取り上げたのが、7日午後の「ヒトの睡眠・人間の睡眠 ―眠らぬ社会の未来を考える」だ。

 この中で登壇者の一人である明治薬科大学リベラルアーツの准教授で、人間の睡眠の在り方について精神生理学の立場から探求を進めている駒田陽子さんは、「眠りたいのに眠れない」という「不眠」のほかに、「眠れるけど眠らない」という「睡眠負債」があると指摘した。睡眠負債とは睡眠不足が借金のように積み上がってなかなか返済できない状態だという。

 そして日本が24時間社会、夜型社会になるにつれてこの睡眠負債を抱える人が増加していることが大きな社会問題だとした。特に「夜間勤務を含めた交代制職場の人が社会の重要な場面を支えながら、生体リズムに逆らって働くことで病気リスクが高まるのは問題」と指摘し、こうした人たちへの対策を考える必要があると述べた。

 この企画では駒田さんら3人がそれぞれの研究分野の知見を基に講演した後、約60人の企画参加者も混じって質疑や議論を行った。ここでは参加者の「眠り」にまつわる悩みが語られたほか、ある研究者は「子供の時に睡眠に問題があると心身の成長にさまざまな影響が出る可能性がある」と問題提起していた。

企画「ヒトの睡眠・人間の睡眠-眠らぬ社会の未来を考える」で駒田陽子さんが説明に使った図(駒田陽子さん提供)
駒田陽子さん(「ヒトの睡眠・人間の睡眠-眠らぬ社会の未来を考える」の動画から)

 このほか、6日午後の同じ時間に展開した「立場を超えて対話する~新しい科学コミュニティの挑戦」「対話、たりてますか? ―コロナとこれから―」は今回のサイエンスアゴラのキーワードの「対話」が具体的な社会課題解決にいかに大切かを正面から考える内容だった。

今年も多くの若い人向け企画

 2回目のオンライン形式だった今年も、長い間のサイエンスアゴラの伝統とも言える若い人に考えてほしい多くの企画が展開した。実際に小、中学性から大学生まで多くの若い人が参加した。

 いくつかを例示する。「もし『未来』という教科があったら、どんな授業??」(3日午後)、「ナショナルジオグラフィック-科学を伝える」(3日午後)、「がん教育の現状とこれから~理想のがん教育を目指して」(4日午後)、「中学生達のチャレンジ~京都の里山から、持続可能な未来に向けて~」(5日午後)、「マンガで話すみんなのリアル―中高生のSNS編―」(6日午後)、「絵本で科学実験 ストローハウスで耐震技術に挑戦」(6日午後)、「2035年のありたい未来社会とは~科学技術×エンパワーメント~」(7日午前)などだ。

3日午後の「ナショナルジオグラフィック-科学を伝える」の一場面(ナショナルジオグラフィック提供)

 「マンガで話す~」では、中高生にとって友達などとのやり取りに欠かせないSNSとコミュニケーション・感情の問題を取り上げた。SNSとマンガという中高生に身近な存在に着眼。吹奏楽部の女子中学生の「りこ」の目から見た人間関係をリアルに描いたマンガを閲覧してもらい、全国の中高生に感じ方、考え方をオンライン投票してもらった。関東学院大学准教授の折田明子さんがファシリテーターとなって若い世代の「気持ち」「感情」に焦点を当てながら「つくりたい未来」は自分たちでつくり、変えることができることを伝えていた。

6日午後の「マンガで話すみんなのリアル-中高生のSNS編」の動画から

ノーベル賞の有力候補者に注目

 また、日程を問わず録画済み動画をオンデマンドで参加できる企画は「想像力と創造力~オンラインで見えた? 今と未来~」「めざそう、科学のオリンピアン!」など中学生、高校生を対象にした内容を含めて14件を数えた。

 この中では在日ハンガリー大使館とハンガリー科学アカデミーが企画した「カリコー・カタリン博士のmRNAワクチン開発研究」が注目された。カタリン博士は、世界中の多くの人に接種された新型コロナウイルスワクチン誕生につながる技術を開発したことで知られ、ノーベル賞の有力候補者とされている。どのようにしてその技術が開発できたのか、その経緯や乗り越えた課題などについて約40分にわたって詳述。専門用語も頻発するが、開発者自身による説明と解説は極めて貴重な資料になっている。

mRNAワクチン開発の経緯を語るカタリン博士(ハンガリー大使館/ハンガリー科学アカデミーによるオンデマンド動画から)

議論のきっかけとなる貴重な資料

 7日午後7時からの「サイエンスアゴラ2021を振り返る」が最後の企画となった。ここでは事前登録が多かった企画などが紹介され、今後も続く予定のサイエンアゴラの課題などが話し合われた。この中で「企画での対話を通じてつながった人たちを引き続きつなげて継続的に対話を続ける仕組みが必要だ」と言った意見が出されていた。

 サイエンスアゴラ2021推進委員会委員長の駒井さんは「コアの研究の話から身近な話までさまざまな視点で議論してもらえた。アゴラは対話の場としてのきっかけでしかない。参加を足掛かりにして日常的にいろいろなことに興味を持ってもらい、議論したり、何か形にしたり、コミットしてもらうきっかけになればいいと思う」などと述べた。

 また主催者側としてJST「科学と社会」推進部部長の荒川敦史さんは「(今年のアゴラは終わったが)アーカイブ動画が宝の山になると思うので、次の議論のきっかけに使ってほしい」などと振り返っている。

 それぞれの企画はJSTの「サイエンスアゴラ2021特設サイト」から閲覧できるほか、YouTube動画は検索により閲覧可能だ。自分たちの今を、これからを、社会課題を考える上で一つ一つが実に多様で貴重な「資料」となるだろう。

7日夜、最後の企画として行われた「サイエンアゴラ2021を振り返る」の一場面(公開動画から)

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