レポート

《JST主催》国際協調と信頼の大切さ確認 アゴラ2020で「危機対応における科学コミュニティの役割」探る

2020.12.14

内城喜貴 / サイエンスポータル編集部

 「サイエンスアゴラ2020」=科学技術振興機構(JST)主催=は「Life」を全体テーマに11月、10日間にわたりオンライン形式で開催された。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界中のあらゆるLife(生命、生活、人生)を大きく変容させたことを受けてのテーマ設定で、何らかの形でコロナ禍を扱った企画は多かった。その中でも、この世界的なパンデミックと向き合う科学の役割を考える国際セッションでのやり取りが注目された。その企画は11月20日午後に行われた「危機対応における科学コミュニティの役割とは~COVID-19パンデミックの教訓から~」とのタイトルで行われた。

 オンラインで参加した日本を含む7カ国の多彩な9人が、それぞれの国のコロナ禍の現状や各国政府の対応、科学界の関わり方などを紹介。パンデミックを含めた災害・危機が起きた際の科学と政策の役割や必要な国際協調、科学コミュニケーションのあり方などについて熱心に語り合った。約1時間半にわたる議論を通じてデータ共有や国際協力、そして関係者間の信頼関係の大切さを確認した。そのセッションのポイントをレポートする。

オンライン形式で行われた「危機対応における科学コミュニティの役割とは~COVID-19パンデミックの教訓から~」の一場面
オンライン形式で行われた「危機対応における科学コミュニティの役割とは~COVID-19パンデミックの教訓から~」の一場面
「アゴラ2020」はLifeを全体テーマに据えた
「アゴラ2020」はLifeを全体テーマに据えた

 ファシリテーターを務めたJSTの渡辺美代子副理事は「科学は新型コロナの脅威に対してエビデンスを提供し、貢献してきたが、まだやるべきことはたくさん残っている。この問題を解決するためには国際的な連携が必要だ。オープンサイエンスが大事でデータの共有が世界レベルで必要だ」などと述べて国際セッションが始まった。

 最初のスピーカーは南アフリカ科学技術イノベーション省国際協力資源部のダン・デュトワ部長。約76万人が感染し、約2万人が死亡したという南アフリカのコロナ禍の実態とロックダウンも行われた対策をまず紹介した。そして災害管理法という法律に基づいて対策が進められたが、経済は大打撃を受けて社会は貧困、失業、不平等という3つの問題に直面している、などと現状を説明した。その上で「科学がこれほど国民の命に触れることはなかった。科学の世界にとってこれはある意味チャンスだ」、「私たちがさまざまなデータを集め、分析し、政策に生かしていくための助言をしていくことが重要だ」などと述べた。

 デュトワ氏は、政府関係機関相互の調整、中央政府と地方政府の連携、国際協力が重要だ、と指摘。こうした連携や協力を進めるためには、科学的な取り組みを広く国民に広めるための科学コミュニケーションが大切だと強調している。

ダン・デュトワ氏
ダン・デュトワ氏

互いの信頼のために透明性、公平性、包摂性の重視を

 次にJSTの佐伯浩治理事が発言した。佐伯氏は新型コロナ感染症に対するJSTの取り組みなどを紹介。昨年11月にブダペストで開かれた世界科学フォーラムで採択された宣言を引用し、世界の幸福に貢献する科学の重要性を指摘しながら、グローバルな連帯、国際協力が不可欠なことを強調した。そして「市民と政策立案者、科学者との間の信頼が重要で、互いの信頼感が(コロナ禍に向き合うための)人々の行動変容を後押しすることになる」などと述べた。互いに信頼し合うためには透明性と公平性、そして包摂性の3つを重視する姿勢が求められるという。

左は佐伯浩治氏。右は渡辺美代子氏と佐伯氏
左は佐伯浩治氏。右は渡辺美代子氏と佐伯氏

 3番目はマレーシアのジェミラー・マハムッド首相特別顧問だ。マハムッド氏は、気候変動の影響とみられる洪水被害を例に危機対応における科学コミュニティのあり方について語り始めた。やはり関係者間の信頼が大切とした上で、自然災害や感染症など、公衆衛生が関係する問題が起きた場合は、きちんと検証された透明性の高いデータをシンプルなメッセージの形で国民、市民に伝えることが大切だ、としている。

 そして強調している。「これまでは関係者が縦割りでやってきたが、新型コロナを経験してより大きな観点から見ていかなければならないことが分かった。科学についても関連するさまざまな分野がどうつながっているかを見て、そのつながりの中から解決策が得られることが分かった」

ジェミラー・マハムッド氏
ジェミラー・マハムッド氏

「データ共有、国際協力、信頼関係が大切」「コロナ禍は災害」との認識で一致

 続いて欧州委員会とつながりがあり、欧州全体の事情にも詳しいフランス国立科学研究センター(CNRS)のアン・カンボン-トムセン名誉研究部長が発言した。まず、同国で2回経験したロックダウンの厳しい現実について「現在の状況も深刻だ」としながら「貴重な教訓も学んだ」と述べた。さらに欧州委員会にできたワーキンググループの好事例を紹介し、これまでの発言者同様、パンデミックに当たってのデータ共有の重要性を強調している。データ管理に必要なソフトウエアの確保も忘れてはいけないという。

 4人の発言が終わったところでファシリテーターの渡辺氏が「これまでの発言は、データ共有、国際協力、信頼関係がそれぞれ大切であることと、コロナ禍が自然災害と同様の災害であることで共通していた」とまとめた。国を問わず一致したようだ。

アン・カンボン-トムセン氏
アン・カンボン-トムセン氏

4人の発言に続いてさらに4人がコメントした。

 まず、ウガンダで科学データのファシリテーターのほか、サイエンスライターなど幅広い活躍をしているコニー・シェメリウエ氏が「新型コロナによる死者が初めて出たのは7月終わりで、死者はそれほど多くはないが、(少ないのは死者数に関する)データ収集の仕方に問題があるとの事情があるかもしれない」、「(感染者、死亡者の)報告数が少ないために国民に気の緩みが出ている」と話した。そして情報発信が大統領経由であると説明して、国民に正確な情報を伝える科学コミュニケーションの大切さを指摘している。

 デンマークのオールボー大学でコミュニケーション心理学に取り組むデビッド・ブッツ・ペンーセン教授も(政府機関から)独立した専門家によるエビデンスに基づいたアドバイスの大切さを強調。「スカンジナビアの国々ではそれまであった(関係者、関係分野の間の)信頼がこのパンデミックで崩れたが、これからも前に進んでいくためには公平性、透明性、包摂性、公開性、独立性が大切さだ」とコメントした。

コロナ禍で明らかになった能力不足-ないからこそ協力を

 続いて、哲学者で京都大学大学院文学研究科の出口康夫教授が傾聴に値する発言をした。出口氏によると、コロナ禍を経験して個人レベルでも、政府のレベルでも、科学界のレベルでも「能力不足」があることが分かったというのだ。人間はそもそも欠けている能力があるもので(1人では)一日も生きてはいけないことを自覚しながら、これからの危機対応を考える必要があるという。

 出口氏はさらに「できるだけ多くの取り組みを果敢にしていくことが求められる」、「私たちは本質的に能力がないわけだから互いに助け合う必要がある」と強調している。社会を生きていく中ではつい能力を強調しがちだが、実は能力がないことに目を向けて協力していくべき、という視点だ。

出口康夫氏(右)がオンライン画面に映した説明の一部(出口氏提供)
出口康夫氏(右)がオンライン画面に映した説明の一部(出口氏提供)

 最後に米科学振興協会(AAAS)のジュリアン・マッケンジーチーフプログラムオフィサーから寄せられたコメントを渡辺氏が代読した。マッケンジー氏はこの中で、コロナ禍を経験した科学者は、効率的なコミュニケーション、地域のつながり、国際協力のための強固なシステムづくり、という3つを確立するために努力しなければならない、と強調している。

 この時点で予定時間終了まで約15分しか残っていなかったが、マレーシアのマハムッド氏は追加の発言で情報の正しさがいかに大切かを強調した上で「誤った情報を防ぐために科学コミュニティが果たす役割は非常に大きく、発信情報についてはファクトチェックも大切だ」と語った。

 またフランスのトムセン氏はメディアの役割と責任について次のように述べている。「新しいパンデミックに不確実性はたくさんあり、コンセンサスはなかなか得られない。科学者の間でも、科学者とジャーナリストの間でも議論が起こる。メディアはそうした議論での意見の違いも一般の人に説明する責任がある。それが人々の(科学に対する)信頼につながる」

 渡辺氏が「科学コミュニティのあらゆるステークホルダーは新型コロナを含めた社会的危機に対応するために貢献できる。連携がキーワードだ。地域的な、国際的な協力が必要で、信頼は不可欠だと思う。科学者、政府関係者、一般の人々との間の、また多くのステークホルダーの間の信頼関係をこれからもしっかり構築していく努力をしていきたい」と結んで約1時間半にわたる国際セッションを終えた。

左から渡辺美代子氏、コニー・シェメリウエ氏、デビッド・ブッツ・ペダーセン氏
左から渡辺美代子氏、コニー・シェメリウエ氏、デビッド・ブッツ・ペダーセン氏

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