レポート

学術集会もVR空間で―コロナ禍にあっても「身体と精神の制約を解き放つ」意欲的な試みで実現

2020.08.17

嶋田一義 / JST国際部ワシントン事務所

 バーチャル・リアリティ(VR)の技術を使った仮想空間のユニークな学術集会「Japan XR Science Forum 2020 in US Midwest」が7月に開かれた。

 開催したのは海外の日本人研究者を支援する「一般社団法人・米国NPO法人海外日本人研究者ネットワーク」(佐々木敦朗会長)と海外の日本人研究者の家族を支援する「NPO法人ケイロン・イニシアチブ」(足立春那理事長)。日本時間の7月12日(日)の午前7時から12時までの5時間という約半日のこの集会に1000人以上が参加した。参加者は自分の“分身”となるキャラクターである「アバター」を使って仮想空間上に構築された学会の会場を移動しながら講演を聴講し交流した。

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で、学術集会のオンライン化が各地で進んでいる。オンライン会議ツールは、科学コミュニティの中でも一般的になってきている。しかし、VR技術を使った仮想空間での学術集会は、パソコン画面から参加できる手軽さのほか、一つの空間を共有する臨場感や会場での“おしゃべり”を通じた出会いの要素も加わり、オンライン集会をより充実したものにする。海外の日本人研究者とその家族が、こうした試みを先導し、このコロナ危機の中で身体と精神の制約を解き放つ新しい努力を始めている。

プレナリーセッションやポスターセッションが行われた会場の様子(仮想空間)。アバターを使って自分の好きな場所に移動してステージを見たり、ポスターを見たり、来場者と会話を楽しんだりできる。

シカゴで開催予定の学術集会をコロナ禍でリニューアル

 米国中西部の日本人研究者と家族が定期的に集い交流する学術集会で定期的に開催されてきた「Midwest Conference」は、今年在シカゴ日本国総領事館での開催が予定されていた。

 しかし、新型コロナウィルス感染症が拡大して開催方法の再検討が迫られた。キャンセル・延期という選択肢もあったが、主催チームは一丸となって新しい挑戦に向けて大きく舵を切った。仮想空間の中に、現実に近い形の会場を設営し、そこに世界中から参加者を招くという企画への変更だった。

 この挑戦は、「海外日本人研究者ネットワーク」と「ケイロン・イニシアチブ」が、世界各地で開催されているさまざまな日本人研究者の学術集会をつなぎ、「Japan X Science Forumシリーズ」としてグローバルな交流基盤に発展させていく活動の一環に組み込もうというもの。それが「Japan XR Science Forum 2020 in US Midwest」として開催されることになったのだ。

 大会長を務めた高田望さん(ノースウェスタン大学日本人研究者の会幹事)によると、「With-COVID-19時代のサイエンスフォーラムの新機軸」の提案だという。「Japan X Science Forumシリーズ」は、米国のボストンや中西部在住の日本人研究者と海外日本人研究者ネットワークのメンバーによって作り上げられてきたサイエンスフォーラムだ。

 その源流は、2016年に、米国ボストンのハーバード大学にて開催された「Japan-US Science Forum」と、米国シンシナティで開催された「Midwest Conference」にさかのぼる。

 「Changing the World through Japan’s Scientific Endeavors(日本の科学分野での努力により世界を変えていこう)」をビジョンに、年々減少する在米日本人研究者が逆風に負けず、世界に日本の研究者のレベルの高さを示す。さらに世界における日本の科学技術のプレゼンスを上げるという使命を果たすことを目指し、さまざまな垣根を超えて集まったメンバーがこのサイエンスフォーラムを発展させてきた。その活動は欧州や中国にも広げていく予定だ。

プレナリー、パラレル両セッションで効果的に構成

 今回の学術集会は、設計面で多くの工夫が見られた。通常のサイエンスフォーラムと同様に、参加者全員が集うプレナリーセッションと、テーマごとに分かれて議論をするパラレルセッションで構成された。また、専門的な議論の合間に親子で参加できる科学教室「うつくしさのひみつ」も開催され、家族ぐるみの参加も実現した。

 プレナリーセッションは、開幕セッション(40分)と閉幕セッション(30分)の2つ。開幕セッションでは来賓や主催者のあいさつのほか、海外の研究者に同伴して渡航する家族の新しい挑戦に授与される助成金「研究者家族留学支援イニシアチブ:Cheiron-GIFTS 2020」の授賞式が行われた。

 閉幕セッションは、パラレルセッションの発表者から投票などで選ばれた人に授与される賞の授賞式で始まり、大隅良典さん(2016年ノーベル生理学・医学賞受賞者)のほか、来賓のビデオメッセージなど。このプレナリーセッションはすべて仮想空間上で展開された。

大隅良典さん(2016年ノーベル生理学・医学賞受賞者)によるビデオメッセージ上映の様子。通常のシンポジウムと同様に舞台のスクリーンにメッセージが映し出され、好きな角度から見ることができる。

 こうしたユニークな学術集会の基本的な仕組みはこうだ。立体的な会場が仮想空間内に設営されている。パソコンから「VR Chat(Windows用)」や「Hubs(Windows、Macの両方が使用可能)」という仮想空間を体験するためのオンラインプラットフォームを通じてログインする。その際、自分の分身となる仮想空間上のキャラクターである「アバター」を選び、そのアバターを使って会場内を自由に移動することができる。

 「アバター」の語源は神の化身を意味するサンスクリット語のようだ。まさに自分の化身を操り、会場で出会った人と立ち話もできるのだ。

 筆者も、この仕組みを使って会場を見て回った。その最中に司会の北原秀治さん(海外日本人研究者ネットワーク理事、東京女子医科大学講師)と出会った。そこで川上聡経さん(米国ハーバード医学大学院/マサチューセッツ総合病院講師)を紹介してもらった。通常の学会でもよくある経験だ。

 お互いにアバターを操作して参加しているが、画面上で出会うとお互いの顔を見ながら会話ができる。「あ、嶋田さん、ご参加ありがとうございます。ボストンの川上さんを紹介しますよ。あれ、どこだっけ。あっ、いたいた、川上さーん、こっち、こっち」「はじめまして、こんにちは」。文章ではなかなか説明しがたいが、ざっとこのような感じだ。

プレナリーセッション会場での一コマ。筆者(中央左)が操作するPCで、北原さん(右)と川上さん(左)と会場内で偶然出会い、会話した。

 開幕セッションと閉幕セッションの間に80分のパラレルセッションがあった。「細胞 X 最新研究」「異分野交流 X 留学後のキャリア 」「留学のすゝめX Japan XR Science Forum」「免疫・アレルギー X 皮膚」「異分野融合 X HFSP(国際ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム)」。これらはオンライン会議ツール「Zoom」を使って行われた。

 研究の話題、留学の話題、異分野交流の話題など、テーマも多岐に渡った。パラレルセッション開催と同時にプレナリーセッションの会場ではポスターセッションが開催され、ポスターをめぐるツアーも企画されていた。

仮想空間を使ったポスターセッションの様子。自分の好きなポスターの前に行き、発表者や周囲の参加者と会話をすることができる。ポスターの前にいるのは、参加者のアバターたち。

 盛りだくさんの企画が5時間のプログラムに効果的に配置されていて、どこをのぞいたら良いか迷うことはなかった。今回が仮想空間を活用する初めての試みということもあり、準備はたいへんだったと思われるが、実によく考えられた構成になっていた。

 プレナリーセッションとパラレルセッションは「YouTube」で中継されており、パソコンから「VR Chat」や「Hubs」にログインしなくても、仮想空間で開催されている学会を聴講できるようになっていた。ソフトのセットアップに不慣れな人はこちらから参加できる。いろいろな参加形態に対応でき、よく工夫された構成だった。

伝わる日本人研究者の意志と危機感

 単なるオンライン会議ソフトの利用ではなく、仮想空間で開催する。その試みは目新しく挑戦的だった。それだけでなく、こうした会議を企画・実行する日本人研究者の努力からは、海外で奮闘する日本人研究者と家族が互いに支え合い、人と人、国と国をつなぎながら社会を変えていきたいという強い意志が感じられた。

 このフォーラムの共同主催者である「ケイロン・イニシアチブ」は、日本人研究者とその家族を支援している。新しく始めた助成金制度の今年の支援テーマは「研究者の家族の海外でのキャリアパス問題」。日本人研究者の家族は200万人とも言われる。世界に飛び出す研究者が活躍するだけでなく、その配偶者、子どもたち、介護も必要になる親世代を含めた家族が一丸となって活躍することがこれから必ず必要になる。そんなメッセージがこの賞には込められている。

 最優秀賞を受賞した高田千明さんは、日本で看護師をしていたが、退職して配偶者とともに米国に渡った。コロナ禍の中で、自分も現地で少しでも役に立ちたいという思いから、米国で看護助手の資格取得に挑戦しようと思い立ったという。

 このように新しいキャリア形成の道が生まれる。日本人研究者が世界に飛び立つ時、生み出される連携の機会はラボの中だけではない。家族も貴重な“大使”なのだ。支援者は、研究者の家族の人生にも寄り添う必要があるというメッセージに共感を覚える。

 ビデオメッセージを寄せた大隅良典さんは「現在、コロナウイルスの問題で世界中が内向きになっているが、若い人たちはどんどん海外に出て、直接異文化に触れて欲しい。一度しかない人生、チャレンジしてみようという精神が重要だ」「セーフティネットも必要であり、海外の研究者、そしてその家族を支援する海外日本人研究者ネットワークやケイロン・イニシアチブのような活動が、益々活発になって欲しい」などと述べた。

 チャレンジ精神を社会に広げるためには、新しい挑戦を支え合う基盤が必要だ。そうした基盤を草の根で自主的に作り上げてきた研究者たちの強い意志や危機感が伝わる。そしてさまざまな努力には頭が下がる。

 今回の挑戦は、「VR法人HIKKY(東京都渋谷区)」との連携で実現した。「HIKKY」は「人の創造性を既存の価値観から解き放つ」をビジョンに掲げる。今回の新型コロナウイルスによる危機を、私たちがさまざまな既成概念から解き放たれるきっかけとして活用していけるか。研究者や関係企業が力を合わせて取り組む姿を見て、自分もそういう心意気を持ちたいと思った。

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