日本で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行の影響を最も早くから受けたのは、教育現場だったのかもしれない。全国の小、中、高校、特別支援学校は、国の要請で3月2日から臨時休校に入った。オンライン授業を始めた学校も多く、突然の状況変化に教員は大いに戸惑ったに違いない。こうした中、休校中の授業に関する情報交換を図ろうと6月28日、「オンライン授業の課題とSTEM/STEAMを含めた探究学習の実現」をテーマとしたオンラインシンポジウムが開かれた。
オンラインでも慣れた様子
主催したのはNPO法人「理科カリキュラムを考える会」(東京都小金井市)。参加者は約70人で、小学校から大学までの教員、教育関係者、企業人など多彩な顔ぶれとなった。シンポジウムはウェブ会議ができるクラウドサービスのひとつ「Zoom」(ズーム)を使って行われた。スマートフォン、タブレット、パソコンなどの端末から複数人が同時につながってビデオ会議ができる。このようなサービスはコロナ禍を受け企業のリモートワークにも使われ、認知度が高まっている。
ほとんどの参加者が慣れている様子で、質問はチャットを利用するなどオンライン会議のルールを守りながら、シンポジウムはスムーズに進行した。途中、ブレイクアウトルームと呼ばれる少人数のグループに分かれ、STEM/STEAMについての意見交換が行われた。
新しい社会に求められる人材育成法
STEMとは「Science」「Technology」「Engineering」「Mathematics」の頭文字を並べたもの。STEAMには「Art」のAが加わる。発表の中でNPO法人「東京学芸大こども未来研究所」の木村優里さんは、これらの単語について、どのような日本語訳がよいかと参加者に問いかけた。
「Science」は科学、理科、理科教育、「Technology」は技術、工学、技、「Engineering」は科学技術、工学、エンジン、デザイン+技術、開発、「Mathematics」は数学、算数、「Art」は芸術、創造、デザイン、リベラルアーツ——と意見が出された。一般的な訳もあれば、「技」などの日本らしい訳し方もみられた。
STEM教育は、これからの時代に求められている新しい人材育成法だ。発祥はアメリカで、オバマ大統領時代に政策として打ち出された。日本でもSociety5.0でSTEM/STEAM教育が推進されている。Society5.0は狩猟社会(Society1.0)、農耕社会(Society2.0)、工業社会(Society3.0)、情報社会(Society4.0)の次に来る新しい社会のこと。IoT(Internet of Things)で人やモノがつながり、さまざまな情報が共有されて、今までにない新たな価値が生み出されると期待されている。
この社会では「AIなどの最先端技術を用いて、社会問題を解決できる人材が求められる」と木村さんは指摘。「領域や教科を横断し、総合的に活用しながら新たな価値を生み出す教育を考える必要がある」と述べた。
教室では味わえない新しい授業の形
コロナ禍で休校が長引く中、教育現場では活動を継続するためにさまざまな試みが行われてきた。その一つがオンライン授業だ。子どもたちはタブレットやパソコンを使って先生とつながり、自宅にいながら授業を受ける。教室の授業とは異なるさまざまな工夫が凝らされており、このシンポジウムでは次のような取り組みや状況が紹介された。
玉川大学教師教育リサーチセンターの門倉松雄さんが採り入れたのは、Zoomを利用した双方向型の講義。学生たちとパソコンなどでつながり、映像や音声でリアルタイムのやり取りをしている。一方、学生に他の講義の形態についてアンケートをしたところ、Zoomなど双方向型のサービスを利用しているものの一方向型の講義、YouTubeなど動画サイトを利用した収録配信型の講義、本や資料を基にレポートを書く講義——などがあることが分かった。そして過半数の学生が、リアルタイムの講義が分かりやすいと答えた。「収録配信型の講義は自由な時間に視聴できるのが良い」という意見もあったという。
3つの大学で非常勤講師を務める高城英子さんは、メールで講義を行っている。課題を出し、提出されたレポートに評価とコメントをつけて返却する。メールで行うのは、Zoomなどに対して技術的に慣れていないことが大きな要因のようで、個別対応でかなりの労力を要している。しかしこの方法により「普段はおとなしくて発言できず、埋もれがちな学生の声を拾えた」と、思いがけない効果があったことを明かした。
中学、高校、大学生を教える早稲田大学高等学院の小川慎二郎さんは、オンラインで最も重要なポイントは「深く学べて、広く学べて、大切に学べる」ことだと主張した。学校の種類によって効果的な授業法は異なるので、そのポイントに従って、双方向のリアルタイムと収録配信を織り交ぜながら取り組んでいる。さまざまなアプリケーションや教育ツールを使って、飽きないように工夫しているという。
この日披露した収録配信授業は、リズムの良い音楽に続いて実験映像が流れるなど、テレビのエンターテインメントのようだった。小川さんは「生徒が『これは面白い、今日学んだことは一生大事にしよう』と思ってくれたらいいなと、考えながら授業を作るべきだろう」と熱く語った。教室では味わえない新しい形の授業が、そこには存在した。
教科を超えた教員のコラボも
配信動画は自由に制作できるので、教員のカラーが最も出やすいのかもしれない。神奈川大学附属中学・高校の物理教諭、佐藤克行さんは「社会に出た後、どのように活躍できる人材をいかに育てるか」をテーマに、STEAMを取り入れているという。登校再開前の最後のオンライン授業では英語教諭とコラボし、自身が研究を手掛ける宇宙エレベータ—を題材にした。
佐藤さんが理科の授業で宇宙エレベータ—の解説を英語で行い、生徒はその原理を理解した上で課題に取り組む。課題は「あなたがツアー会社の社員として、宇宙エレベータ—ツアーを計画しなさい」だ。2人組で英語のプレゼンテーション資料を作成するほか、英語の発表音声も提出しなければならない。英語教諭が解説の原稿作成などで協力した。この授業には「Art」が含まれていることも特徴だ。佐藤さんはSTEAM教育について「まずは教員自身が楽しむことが大切。教科をまたいだ授業には教員同士をつなぐ土壌づくりが必要だ」と強調した。
他の教員からは「Googleフォーム」や「Microsoftホワイトボード」を利用した授業が紹介された。Googleフォームは無料のアンケート作成ツールで、動画も埋め込める。生徒はアンケートに答える感覚で授業を受け、途中で実験の動画を見ることもできる。Microsoftホワイトボードには、教室のホワイトボードのように絵や文字を書き込める。教員だけでなく生徒全員が書き込めるので、話し合いながら意見を集約するときなどに使っているという。さまざまなサービスを使って授業が行われているようだ。
どんな状況でも子どもたちと前へ進む
企業関係者からは、求められる人材についての意見が出た。「STEAMのA(アート)は感性のようなもの。それを含めた総合力があり、答えのない問題を楽しむスタンスを持って物事に向かっていける人がこれから活躍できる」と期待をにじませていた。
主催団体の理事長を務める滝川洋二さんは、オンラインシンポジウムの取り組みは時代の流れで必要なことだと説明。教育界では子どもたちと一緒に前へ進むことを考えていかなければならないと強調した。そして、「課題を見つけて解決する。そういう能力が僕らに試されてきている」と述べ、シンポジウムを締めくくった。
コロナの流行という未曽有の状況に悩む中、目の前の課題を、試行錯誤しながら解決していこうとする教員たちの姿勢が感じられた。子どもたちはSTEM/STEAMを実践する教員たちの姿を見ながら、未来へ向け、必要とされる人材に育っていくに違いない。
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