レポート

3.8万人が科学に触れた 知恵と工夫と信念で成し遂げたNIMSの挑戦の舞台裏

2020.08.13

関本一樹 / JST「科学と社会」推進部

 初めてのライブ配信。7時間にも及ぶ長時間。無謀とも思える番組を、延べ3万8000人がリアルタイムで視聴した——6月7日(日)に物質・材料研究機構(NIMS)が開催した「ウェブde一般公開」の実績だ。

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が私たちの暮らしや働き方に困難を突き付け、イベントや興行などのあり方も問われている今、科学の世界も例外なく影響を受けている。この状況下、科学の価値をどう示し、人々に実感を得てもらうのか。

 科学に関わる次世代を増やしたい——コロナ禍でも揺るがぬ信念で、NIMSは確かな一歩を示してみせた。

「ウェブde一般公開」特設ページ。番組は現在もアーカイブ視聴できる(NIMS提供)
「ウェブde一般公開」特設ページ。番組は現在もアーカイブ視聴できる(NIMS提供)

科学技術週間を襲ったコロナ禍

 一般公開とは、NIMSなどの研究機関が施設や研究室を開放し、市民が最先端研究の裏側に触れることのできるイベントだ。一般公開の多くは、4月18日の「発明の日」を含む1週間「科学技術週間」の中で行われ、科学技術への関心を全国的に盛り上げることを狙いとしている。NIMSの一般公開も、例年は科学技術週間中に開催されており、実験ショーなどの体験型企画を売りとして高い人気を得ていた。

 だが、新型コロナウイルスの感染拡大が、今年の科学技術週間を襲った。右肩上がりで増え続ける新規感染者数、4月5日に出された国の緊急事態宣言——刻々と変化する状況が、一般公開を目前に控えた各研究機関を混乱に陥れた。NIMSは、一般公開をウェブ上で行う方針を3月上旬に決定し、4月19日の開催を目指して準備を進めていた。

 しかし、この計画すら断念せざるを得ない状況に追い込んだのが、4月9日に茨城県から出された出勤自粛要請。開催予定日のわずか10日前のことだ。広報室長の小林隆司さんは、直前での延期が決まったときのことを振り返って「ウェブに切り替えた矢先の出勤停止。泣きっ面に蜂で内心困りましたが、メンバーには各自の自宅での準備期間が増える分、確実に視聴者の心を捉えるイベントに高めてやろうと伝えました」と話す。

昨年の一般公開の様子(NIMS提供、一部画像処理しています)
昨年の一般公開の様子(NIMS提供、一部画像処理しています)

成功の裏にある一貫した信念

 近年、NIMSの広報室が残してきた実績は実に輝かしい。昨年までの5年間で、一般公開の来場者数は約650人から6000人近くまで約9倍に跳ね上がった。ユーチューブのチャンネル「まてりある’s eye」は、16万人を超える登録者数を誇り、科学的なバックグラウンドの有無を問わず、多くの視聴者から支持を集めている。科学技術の魅力を一般の人々にも分かりやすく伝える手法は、硬いイメージがつきまとう国の研究機関にあって、お手本のような存在として認知されている。

 このように多角的な実績を残してきた広報室のメンバーは、わずか9人と実は小所帯。映像番組の制作経験を持つのも、かつてテレビ局の番組ディレクターだった、室長の小林さんのみだ。それにもかかわらず、彼らはなぜ自ら「無謀」と語る7時間もの生放送に挑んだのか。そこには、非常事態下でも一貫した小林さんの信念があった。

 「材料分野は、日本の輸出品目第1位を占める非常に重要な産業です。しかし近年、日本の優秀な若手で材料研究の道を志す学生が少ないことをとても危惧しています。そこで私たちは、最先端の研究所で日々起きている新たな発見のわくわく感、研究そのものの魅力を積極的に伝えていくことで、優秀な若者に材料研究への関心を抱いてもらうことを目指しています。世界でしのぎを削る研究所だからこそ、果たすべき役割はとても大きいと感じています」

 小林さんの揺るがぬ信念に支えられて決行された生放送は、リアルタイムで延べ3万8000人(ユーチューブライブとニコニコ生放送の合計)にものぼる人々の目に触れ、大きく実を結んだ。小林さんは自ら司会としてカメラの前に立ち続け、7時間を走り切った。だがその裏側には、たくさんの苦労があった。

司会で一般公開を盛り上げた「大学の先生芸人」黒ラブ教授さん(左、吉本興業所属、国立科学博物館認定サイエンスコミュニケーター、東京大学大学院情報学環客員研究員)と、小林さん(NIMS提供)
司会で一般公開を盛り上げた「大学の先生芸人」黒ラブ教授さん(左、吉本興業所属、国立科学博物館認定サイエンスコミュニケーター、東京大学大学院情報学環客員研究員)と、小林さん(NIMS提供)

あらゆるものが十分ではない状況で

 「全てが手探りでした」と小林さんが振り返る通り、未経験のスタッフばかりで長時間の生放送に挑む苦労は、並大抵のものではなかったという。十分でなかったのは、経験だけではない。限られた予算では専門業者を頼ることもできず、生放送のほとんどはNIMSのスタッフによる手作りだった。足りない機材の一部は、周辺の研究機関などから借用し、何とか間に合わせた。

 人員もギリギリだった。司会の小林さんだけでなく、スイッチャーやミキサーなどの重要なポジションも、7時間を交代なしで乗り切った。小林さんは「スタッフの意気込みだけが、無謀な挑戦を成功させる力でした」と振り返る。

 計画を具体化する中で、小さな問題も次々と浮上した。その1つが食事。長丁場で司会者が集中力を維持するためには、欠かすことのできない要素だ。そこで、「NIMS\たぶん/3分クッキング」と題したコーナーを充てた。

 毎年、NIMSの一般公開では「世界の屋台村」という企画に長蛇の列ができる。NIMSの材料研究が国際的に繰り広げられていることを示すため、各国の研究者が故郷自慢のグルメを振る舞う名物企画だ。「NIMS\たぶん/3分クッキング」は、これを料理番組としてアレンジしたもの。研究者たちが、研究紹介も交えながら懸命に調理する姿をユーモラスに演出したことで、視聴者の目には長丁場の箸休めのように映ったかもしれないが、試食を兼ねて司会者2人の胃袋を満たすという重要な目的も有していたのだ。

「NIMS\たぶん/3分クッキング」の様子。料理が焦げそうになり、慌てて研究紹介を切り上げるなど、生放送らしいドタバタ感がユーモラスだった(NIMS提供)
「NIMS\たぶん/3分クッキング」の様子。料理が焦げそうになり、慌てて研究紹介を切り上げるなど、生放送らしいドタバタ感がユーモラスだった(NIMS提供)

ウェブ開催が生み出した視聴者の「共感」

 ウェブならではの取り組みも見逃せない。その1つが、VR(バーチャルリアリティー、仮想現実)を用いて、灼熱の合金開発現場を見学する「360°ド迫力VR大作戦」だ。施設の見学ツアーは、通常の一般公開でも不動の人気企画。しかし、参加者の安全に配慮するためには十分な距離を取ることが必要で、迫力を十分に伝えきれないジレンマもあった。そこでNIMSは、ウェブ開催になったことを逆手に取った。煌々(こうこう)と熱せられた合金に極限までカメラで迫り、通常の一般公開では味わうことのできない距離感を演出。これを360度見渡すことのできるVR映像として公開したことで、まるで現場にいるような臨場感も確保した。

 また、上記のような迫力ある映像が流れたり、ユーモアたっぷりに裏話が語られたりするたびに、動画のコメント欄は大きなにぎわいを見せていた。番組の流れに呼応して視聴者の反応が飛び交う一面は、生放送ならではの新たな魅力と言えるだろう。

 これを象徴していたのが、「材料なんでも相談室」のコーナー。視聴者が「材料」に関する素朴な疑問を投稿し、カメラの前のトップ研究者たちがリアルタイムで回答するというもの。このコーナーで質問を寄せた親子が、ユーチューブライブのコメント欄へ謝意を投稿したところ、他の視聴者からたたえる声が相次いだ。顔の見えない関係ながら、ウェブ上でのコミュニケーションによって共感が生まれ、とても心温まるシーンだった。質問をした子どもたちの記憶には、きっと思い出深い体験として刻まれたことだろう。

 「材料なんでも相談室」の予定調和を排したやり取りは、生放送ならではの緊張感も漂わせていた。緊張した面持ちの研究者を見て、身近に感じた人も多かったのではないだろうか。研究者の素顔に触れることは一般公開の本質的な価値の一つであり、ウェブ開催においても見事に実現されていた。

「360°ド迫力VR大作戦」では、まるでその場にいるような臨場感が味わえた(NIMS提供)
「360°ド迫力VR大作戦」では、まるでその場にいるような臨場感が味わえた(NIMS提供)

逆境でも感じてもらいたい科学の価値や驚き

 「体験型・参加型」を意識した工夫は他にもある。物質の様々な特性を生かし、NIMSのロゴを浮かび上がらせるアイデアを競う「“NIMS”ロゴ★コンテスト」だ。参加者にツイッターでの投稿を呼び掛けたことで、開催前のムード醸成にも一役買っていた。独創的な着眼点の数々には研究者も舌を巻くほどで、材料が持つ性質の面白さや不思議さを通じて、「真理の探究」という科学の根源的な価値に魅せられた人が多くいたことは、ツイッターのコメント欄からもうかがえた。

 他にも、過去の一般公開で来場者を驚かせてきた「実験ショー」などの人気企画は、場所をウェブに変えても変わらぬ驚きをもって実施され、長時間にわたって視聴者を楽しまる工夫が多数盛り込まれていた。

「“NIMS”ロゴ★コンテスト」には80件を超える応募があり、開催前からSNSをにぎわせた(NIMS提供)
「“NIMS”ロゴ★コンテスト」には80件を超える応募があり、開催前からSNSをにぎわせた(NIMS提供)

知恵と工夫が日本の科学技術の未来を拓く

 こうした一つ一つの工夫は、全てが広報室メンバーのアイデアによって生み出された。小林さんは今回の生放送を「テレビ局時代の5倍は大変でした」と振り返る。だが、経験や予算、人員などが足りない中でも、3万8000人を科学の魅力に触れさせることができた。

 結果は他の数字にも表れている。ニコニコ生放送の終了直後に行われたアンケートでは、87パーセントが「とても良かった」と回答した。また、ユーチューブライブ視聴者の年齢層は18〜24歳が最も多く、NIMSが目的としてきた「若年層に材料研究の魅力を伝える」ミッションは、十分に達成できたと言えるだろう(調査結果はいずれもNIMS調べ)。

 近年、国の科学技術関係予算は横ばいに近い状態にあり、とりわけ広報に費やせる予算は多いと言えない状況だ。人口減少によりそもそもの学生数が減る中で、いかに科学技術の魅力を伝え、将来の研究人材を確保していくのか。大学や企業の国際競争力低下が指摘されて久しいわが国にとって極めて重要な課題であり、各研究機関にも一層の努力が求められている。コロナ禍は、子どもたちが科学に触れる機会を残酷にも奪い、彼らの未来にも大きな不安を突き付けた。だが、子どもたちを導くべき側の人間には、知恵と工夫を駆使してできることがたくさんある。NIMSの一般公開は、その一つのあり方を示してくれたのではないだろうか。

(JST「科学と社会」推進部 関本一樹)

関連記事

ページトップへ