レポート

《JST共催》全国で「サイエンスアゴラ」連携企画を開催〜昨年11月には神戸で高校生と研究者らが科学と技術の未来について語り合う〜

2019.01.28

文・早野富美、写真・石井敬子 / 「科学と社会」推進部

 科学技術振興機構(JST)が主催する「サイエンスアゴラ」は、毎年お台場地域で開催される以外にも全国各地でさまざまな連携企画が催されている。この中で昨年11月23日には神戸市で対話イベント「サイエンスアゴラ in KOBE」が開かれた。3月には大阪市で「サイエンスアゴラ in 大阪」が開催される。

 「サイエンスアゴラ in KOBE」は、公益財団法人神戸医療産業都市推進機構と神戸市が主催し、理化学研究所、神戸大学、甲南大学、JSTが共催し、甲南大学ポートアイランドキャンパス(神戸市中央区)で神戸医療産業都市・京コンピュータ一般公開の特別企画として開催された。そこでは研究者と地元神戸市内の高等学校に通う生徒らによるトークセッションで「科学・技術って誰のもの?」をテーマに活発な議論が繰り広げられた。

「サイエンスアゴラ in KOBE」の案内板
「サイエンスアゴラ in KOBE」の案内板
約200人が参加した会場の様子
約200人が参加した会場の様子

自分の体を科学的に理解することが大切

 この対話イベントは、始めに理化学研究所生命機能科学研究センター・高次構造形成研究チーム・チームリーダーの竹市雅俊さんによる基調講演が行われた。

 「細胞がくっついたり離れたり —組織の維持と崩壊のしくみ」をテーマに、ご自身の研究を紹介した。竹市さんは細胞同士をくっつける(接着する)働きを持つタンパク質「カドヘリン」を発見したことで知られる。ヒトのような多細胞生物にとっては多くの細胞が接着して組織を形成するときに重要な役割を担うタンパク質。竹市さんはけがで傷ついた皮膚の細胞を例に、細胞が接着して傷が治る様子を動画で説明した。

基調講演する竹市雅俊さん
基調講演する竹市雅俊さん

 竹市さんが「どのようにして細胞が集まりくっついていくのか」という疑問を持ち、研究を始めたのは大学院生のころ。細胞の接着にはカルシウムイオンが必要なことを突き止めた。その後、米国のボルチモアにあるカーネギー研究所に留学。そこである仮説が浮かび、さらに研究を続けた。そして細胞同士を接着するタンパク質を発見し、「カドヘリン」と命名された。

 カドヘリンの発見はがんの浸潤・転移の抑制研究で大きく貢献することになる。がんには細胞が増殖して塊になるだけでなく、悪性化すると細胞が離れてばらばらになり、浸潤して他の臓器に転移する現象がある。がんでは細胞同士の接着が不安定な状態になっているという。竹市さんは「自分の体がどうやってできているかを科学的に理解することが、自分の健康や病気について正しく考えることにつながります」と講演を締めくくった。

知りたいこと、やりたいことを追求する

 次に4人の地元高校生と3人の研究者がステージに上りトークセッションが行われた。ステージに並んだのは兵庫県立神戸高等学校、神戸市立六甲アイランド高等学校、神戸大学附属中等教育学校、甲南高等学校のそれぞれ代表と、基調講演した竹市さん、甲南大学理工学部機能分子化学科教授の池田茂さん、神戸大学大学院システム情報学研究科助教の堀久美子さん。科学コミュニケーターの本田隆行さんがファシリテーターを務め、ステージだけでなく会場内の高校生からも広く意見を求めるなどしてトークセッションを大いに盛り上げた。

 セッションの冒頭、堀さんと池田さんがそれぞれの研究を紹介した。

 地球や太陽などの天体が持つ磁場などの天体磁場を研究しているという堀さんは、観測そのものではなく、惑星探査機などから送られてくるデータを基に理論的に考える手法を研究している。「磁場があることで宇宙からの有害物質などの影響から間接的に守ってくれている。このため私たちは安全に暮らせるのです。このような環境がどのようにつくられ、そして守られているのかを知りたい。それが(研究の)モチベーションの一つになっています」と堀さん。

天体磁場の研究をしていると話す堀久美子さん
天体磁場の研究をしていると話す堀久美子さん

 池田さんは、太陽光エネルギーを使って水を水素と酸素に分解することで高エネルギーを得るということを研究テーマにしている。水の分解は理科の教科書にも出てくる単純な反応だが、それを効率よく使えるようにするのは非常に難しい。池田さんは半導体が光を吸収すると水が分解されることを利用し、それが効率よく実現できる半導体の材料を開発することが現在の目標だという。「植物の光合成は自らが太陽光エネルギーを使って高エネルギーの有機化合物を合成できるとても素晴らしい機能を持っています。私も光合成のようなエネルギーシステムをつくる。そういう夢をもって研究しています」

植物の光合成のようなエネルギーシステムをつくるのが夢と語る池田茂さん
植物の光合成のようなエネルギーシステムをつくるのが夢と語る池田茂さん

 堀さんと池田さんは難しい専門的な研究の話を会場にいる高校生たちに向けて分かりやすく解説した。自身の研究を語るときは生き生きと楽しそうに語る2人の研究者。熱心に聞き入る高校生らにも研究の面白さが伝わったところで、本田さんから会場へ向けて、「将来研究者になりたい人?」と質問すると、ちらほらと高校生たちの手が挙がった。その時だった。会場から大学で研究をしているという人が「研究者の良いところは自分でテーマを決められるというところ。つまり自由を求めて研究者になった」と飛び入りで発言すると、会場は笑い声で包まれた。

科学・技術は身近になりすぎている?

 会場の雰囲気がなごやかになってきたところで、本田さんが「科学・技術に関係のある人はどのくらいいますか?」と問いかけた。本日のテーマである「科学・技術って誰のもの?」について考えていくための最初の質問だ。手を挙げたのは2割程度。本田さんが会場内の高校生に意見を求めると、「関係ないかもしれない」「意識したことがない」などの回答が返ってきた。一方でステージ上の高校生からは「スマートフォンなど身近で便利な物全てが科学・技術の結晶」「学校で勉強しているのは、偉人が積み上げてきた業績の数々」「学校では理科実験を行っている」などの意見が出された。誰もが科学・技術に関わっているという主張だ。

 一方、既に大人になった人たちの高校生時代は、科学・技術をどのように捉えていたのだろうか。竹市さんは「少年漫画の内容がロボットなど未来科学や宇宙などをテーマにした読み物が多く、いつの間にか科学・技術に触れていた。自然を見渡せば生き物の不思議に魅了された」と振り返った。池田さんの高校生時代は、ファミリーコンピューターが普及し始めたころで、家庭でもゲームができるようになったことが衝撃だったという。

 本田さんは科学・技術に関係があると思っている人が会場の2割程度だったことについて、(最近では)科学が当たり前になりすぎて深く考えたことがないのかもしれないと指摘。「ファミリーコンピューターがあることに慣れると、それがすごいことだとは思わないかもしれない。逆になくなる局面に直面した時に、『どうしよう』と初めて直面するものなのかもしれない」と語った。

トークセッションで登壇する高校生と研究者たち(左から本田隆行さん、4人の地元高校生、堀久美子さん、池田茂さん、竹市雅俊さん)
トークセッションで登壇する高校生と研究者たち(左から本田隆行さん、4人の地元高校生、堀久美子さん、池田茂さん、竹市雅俊さん)

科学・技術が発展するのは良いこと?悪いこと?

 科学・技術と私たちとの関わりについてのやり取りが一段落した。すると、会場のある高校生から「科学・技術」に対するイメージについて、同世代の高校生の考えを知りたい、との提案があった。これを受けてステージ上や会場の高校生たちから「科学は自然にある謎を解き明かし、技術はその解き明かされたものを具現化するイメージ」「科学や技術が発展しすぎると世の中を便利にもするし、だめにもする」「科学・技術は人間の生活を豊かにする一つの手段」といった意見が相次いで出された。するとステージ上の一人の高校生が「今の話は自然科学が前提となっている。人文科学なども忘れないで欲しい。広い意味では知識全般が基になってロジックを積み上げて、エビデンスを持って何かの結論を出すもの全てが科学になると思う」としっかりと指摘していた。

 次に科学・技術の持つ便利な側面とは反対の側面についての話題に移った。「人間の生活が豊かになる方向へは発展していいと思うが、人間に害を与える方向にも発展していくと思う」「科学や技術に人が支配された場合、人は生きる意味を失うのではないか」「科学・技術は発展して欲しいと思う一方で、危険ではないかという意見もある。それでも科学の進歩は止められない」。ステージ上の高校生からいずれも示唆に富む意見が続いた。

未来へ向けてどうあるべきか

 科学・技術が良い方向へ発展していく方向と、反対に人にとっては良くない方向に発展していくのではないかという議論になったところで、研究者の両親を持つという高校生が「研究者は真に探求したいものを求めるものだと思うが、私たちは社会としてそれを支えるべきだと思う。これからの社会に一番重要なことは科学に対してそれがどうあるべきかを考えること。例えば技術の危険さや、生命科学の倫理などを抜きには考えることができない。研究者はサイエンスリテラシーを持って研究を進めることが重要なのではないか」と指摘した。

 研究者を代表して竹市さんは「人は本質的に楽なことや便利さを望むもので、その方向性から後戻りすることはなかなかできない」と語った。例えば電気のない生活に戻ることはできないということで、科学・技術は人が望むような便利な方向に発展する一方、例えば核兵器などのように、間違った方向にも利用されてきたのは歴史的事実だ。その事実を踏まえて竹市さんは科学・技術が間違った方向に進まないよう、科学者や社会の人々がコントロールしていくことの重要性を強調していた。

 研究者は研究だけするのではなく、どのような研究をしているのか、またそれが社会にどういった影響を与えるかについても発信していく必要がありそうだ。一方これからどのような進路を選択するか迷う高校生にとっても、未来の社会人として、科学・技術がどのように発展していくかを意識し、考えていくことが大切なことをこの日の多くの参加者が共有したようだ。

ファシリテーターの本田隆行さん
ファシリテーターの本田隆行さん

 本田さんは、研究者と高校生を含めたさまざまな人々がつながるイベントがいろいろな場所で行われるようになってほしい、とイベントを締めくくった。

 次回のサイエンスアゴラ連携企画は2019年3月4日に大阪市中央公会堂(大阪市北区中之島)で「サイエンスアゴラ in 大阪」が開催される予定だ。「都市防災備災の現状と展望」と題し、都市防災について産官学ネットワークによる対話と共創の場をつくることを目指す。

(「科学と社会」推進部 文・早野富美、写真・石井敬子)

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