レポート

動き出す国会議員とアカデミアの政策共創

2020.07.10

小岩井忠道 / JST「客観日本」編集部

 これまで全くと言ってよいほど協力関係がなかった立法府とアカデミアの間に対話の道が開き始めた。日本工学アカデミーが欧米主要国の現状を調査・研究した結果に基づく提言をまとめたのを機に、最初のワークショップが6月25日、衆議院議員会館の会議室で開かれた。参加した国会議員、科学者双方から政治家に対する適切な科学的助言の重要性が指摘され、今後、科学者を代表する機関と立法府の間に恒常的な対話ルートをつくりあげることで一致した。日本工学アカデミーは、「政策共創推進委員会」を7月中に立ち上げ、具体的な活動をスタートするとしている。

日本工学アカデミー主催ワークショップ(衆議院議員会館)
日本工学アカデミー主催ワークショップ(衆議院議員会館)

 ワークショップで公表された「国会議員と科学者の政策共創実現に向けた提言」の基になったのは、日本工学アカデミーの永野博顧問(前専務理事)がリーダーとなって行った調査「立法府とアカデミアの知的情報共有に関する調査・試行研究」。英国、ドイツ、フランス、スイス、オーストリアの科学アカデミーとその関連機関さらに議会関係者たちに面談し、米国、欧州連合(EU)に関する文献調査結果も合わせて日本との大きな違いを明らかにしている。

 欧米主要国においては、学問や芸術分野の指導的人物を会員とし、学問・芸術分野だけでなく社会のために活動する「アカデミー」の権威と影響力が大きい。学界(学究的世界)を構成する個人、団体を総称する「アカデミア」という言葉も定着している。昨年4月から1年余りかけて実施した調査・研究によってあらためて明らかにされたのは、科学アカデミーに相当する日本の機関が、欧米主要国と相当異なっていることだ。そもそもアカデミーもアカデミアという言葉も日本国内できちんと理解され、広く使われる表現とはなっていない現実がある。

 提言によると、日本政府が科学アカデミーと名付けている機関としては日本学士院(英語表記Japan Academy of Science)がある。特に優れた学術上の功績があると認められた科学者しか会員になれないという面に関しては、主要国の科学アカデミーと似ている。しかし、提言活動は全く行わず、立法府との接点もない。むしろ主要国の科学アカデミーに近いとみられ、実際に日本の科学者を代表する機関として活動しているのが日本学術会議(Science Council of Japan)だ。しかし、提言は「会員は必ずしも学界を代表する科学者とは言えない」としている。他の主要国科学アカデミーでは終身会員制が当たり前だが、6年という任期があることを挙げて、会員を「就任時点で選任要件を満たした専門家」とみなしている。

 日本学術会議は日本学士院と異なり、「政府に提言、勧告をする機関」と日本学術会議法によって定められている。しかし、政府から回答を依頼されること自体、年に1回あるかないという程度でしかない。多くの「提言」や「声明」を出してはいる。しかし、それらは一方的な発信であって、政府から「回答」を求められた科学的助言とはいえない。行政府から科学的助言機関としては大きな期待を持たれていないということだ。

 さらに立法府に対しては、何の任務も定められてなく、実際、接点もない。内閣府に属する行政機関的性格を持つことも「国際基準の科学アカデミーとは言い切れない」と提言は記している。欧米主要国の科学アカデミーは政府から独立した機関だからだ。こうした現実は、日本学術会議自体がよく承知していると思われ、「権限もなければ、(日本学士院のような)権威もない機関」という自嘲めいた言葉が役員から漏れることもあるという。

 「科学分野で日本を代表する機関である日本学士院、日本学術会議の双方とも議会との組織的関係を持たない。その結果、国会議員への科学情報提供は、個人としての科学者、専門家からか、もしくは行政府を通じてであり、学界に存在する多様な考え方が議会に対して学界から直接的、組織的に伝わるチャンネルがない」。提言はこのように記して、特に立法府つまり国会議員との対話・協働が全くないことを問題視している。

 では調査の対象となった欧米主要国の状況はどうか。世界で最も長い歴史を持つ科学アカデミーである英国の王立協会は、さまざまな任務の一つに「政策立案者への科学助言の提供」を持つ。ドイツを代表するアカデミーの国家科学アカデミー・レオポルディーナも、政策提言を行うことが任務の一つとなっている。フランス、スイス、オーストリアも同じようにそれぞれ科学アカデミーが政策提言を行う仕組みができている。

 米国もまた科学アカデミー、工学アカデミー、医学アカデミーがナショナルアカデミーズとして連合体を構成し、精力的な政策提言を行っている。いずれも提言先は行政府に限らず、立法府(議会)でもあるところが特徴だ。政府から独立した機関であるのも欧米主要国の科学アカデミーが持つ重要な共通点で、調査研究に基づく科学的助言も政府、議会からも独立した中立的な立場からの提言として、国民からの信頼も大きい。

伊佐進一衆議院議員
伊佐進一衆議院議員

 6月25日衆議院議員会館で開かれた「政治家と研究者を混ぜると何が起きるか?(国会議員とアカデミアの関係構築)」と題する日本工学アカデミー主催のワークショップには、伊佐進一衆議院議員(公明党)、大野敬太郎衆議院議員(自民党)の2国会議員が参加した。2人とも大学は工学部卒で、国会議員と科学者団体との対話・協働の必要を強く感じているという共通点を持つ。伊佐議員は大学を卒業した後、科学技術庁と文部科学省で科学技術政策を担当し、大野議員は、富士通研究所、米カリフォルニア大学バークレー校客員フェローを経た後、伊佐議員と同じ2012年に衆議院議員に転じた。

 ワークショップでは、伊佐議員が「あらゆる事象にかかわっているのが科学で、世の中のすべての事象に関係しているのが政治。科学者と政治家の対話がないのは由々しいことだ」と、政治とアカデミアの距離を縮めていく必要を強調した。大野議員は「企業で研究開発をしているときは、政治を使うことはやってはいけないことと思っていた。研究の中身で勝負したいと思っている科学者は多いだろう。しかし、科学者が政治リテラシーを持つことは極めて重要」と科学者が政治とかかわることに大きな期待を示した。

大野敬太郎衆議院議員
大野敬太郎衆議院議員

 「行政府とかかわっている科学者は、何となく政府が求めている人が多いと感じている。この構図も変えていくべきだ」。伊佐議員はこのようにも語り、行政府と科学者との関係も行政府とアカデミアとの連携にはなっていない日本独特の構造を変える必要を指摘した。この指摘は現在、立法府がアカデミアとの接点がないため、科学的助言が必要な場合、行政府に助言してもらう科学者の推薦を依頼せざるを得ない現状から出ている。政府に推薦を頼むと、政府好みの科学者の名前しか挙がらないからだ。

 この点に関しては、大野議員も同意見。「アカデミアがこの人なら、という科学者を選んでくれるとありがたい。現状は、それぞれの分野を代表する科学者がだれなのか、立法府にはわからない」と、行政府が選ぶ科学者だけが行政府に助言活動を行っている現状とは異なる関係を、立法府とアカデミアの間でつくり上げる必要を強調した。

 科学者側から科学技術政策の司令塔とされる総合科学技術・イノベーション会議で常勤の有識者議員を務めたことがある相澤益男科学技術振興機構顧問・元東京工業大学学長と久間和生農業・食品産業技術総合研究機構理事長・元三菱電機株式会社副社長が、それぞれ科学技術政策のかじ取りが難しかったことを振り返る発言をした。久間氏は、研究者の政策リテラシー、国会議員の科学リテラシーを向上させる必要が両議員から指摘されたのを受けて、科学技術に関する日本国民のリテラシーが低いことに懸念を示し、いかにして国民のリテラシー向上を図るかという課題があることにも注意を促した。

永野博日本工学アカデミー顧問(右端)
永野博日本工学アカデミー顧問(右端)

 ワークショップの後、主催者を代表して永野博日本工学アカデミー顧問は、次のように語った。「若い理系の国会議員の方々と問題意識を共有していることが分かり、うれしい。研究者の政策リテラシー、国会議員の科学リテラシーを高めることは容易ではないが、気候変動や感染症への対応、あるいはIT(情報技術)やAI(人工知能)を使った社会の課題解決には不可欠。国会議員の5パーセントでも10パーセントでもそのようなことに理解を示してくれれば、日本の政策立案システムも変わっていくに違いない」

 さらに永野氏は、日本工学アカデミーが「政策共創推進委員会」を立ち上げ、科学者と政治家が相互に助言しあい、政策を共創して立案していくというモデルの実現に向けた活動をしていくことを明らかにした。

 日本工学アカデミーは、日本学士院や日本学術会議と異なり、政府から完全に独立した団体。「広く学界、産業界および国の機関などにおいて、工学および科学技術ならびにこれらと密接に関連する分野に関し顕著な貢献をなし、広範な識見を有する指導的人材」である会員(正会員821人、客員会員31人、賛助会員47人)で構成されている。会長は日本化学会会長や政府の規制改革推進会議の議長なども務める小林喜光三菱ケミカルホールディングス会長。「工学および科学技術全般の進歩およびこれらと人間および社会との関係の維持向上を図り、わが国ひいては世界の持続的発展に資する」ことを使命に掲げる。

柴山昌彦文部科学相(右から2人目)に緊急提言の内容を説明する阿部博之日本工学アカデミー会長(左から2人目)。左端は永野博専務理事(いずれも肩書きは当時。2019年5月7日、文部科学省)
柴山昌彦文部科学相(右から2人目)に緊急提言の内容を説明する阿部博之日本工学アカデミー会長(左から2人目)。左端は永野博専務理事(いずれも肩書きは当時。2019年5月7日、文部科学省)

 現名誉会長の阿部博之前会長(元総合科学技術会議有識者議員、元東北大学総長)時代の2017年5月と2019年4月の2度にわたり「わが国の工学と科学技術力の凋落を食い止めるために」と題する緊急提言をまとめ、文部科学相や内閣府特命(科学技術政策)担当相に提出、意見交換をするなど政府に対する積極的な助言活動も行っている。

(JST「客観日本」編集部 小岩井忠道)

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