求められる理系と文系の連携
人工知能(AI)が人間を超えるのではないか。人間への遺伝子操作は許されるのか—。
科学技術の飛躍的な進歩は社会に大きな恩恵をもたらす一方で、人間とは何なのか、あるいは生命とは何なのか、といった根本的な問いをわれわれに突きつけます。これらの問いに答えるには、科学技術(理系)の知識だけでなく、哲学や法律などの文系の知識が不可欠であることは確かです。また、気候変動や感染症など地球規模課題の解決には文化的背景や価値判断を踏まえた対応が必要であり、文系と理系の双方の知識を統合的に活用することが求められています。
このような認識は、理系の研究を推進してきた科学技術イノベーション政策(STI政策)においても示されており、例えば、第5期の「科学技術基本計画」(2014〜2019年度を対象)では、自然科学(理系)と人文・社会科学(文系)との連携が必要であることが複数の箇所で書かれています。また、民間企業と大学との共同研究に、大学の人文・社会科学系研究者が参加する事例も見られるようになっています。
連携の困難さと課題
ところが、高校での進路選択にも見られるように、私たちはさまざまな形で文系と理系に区分された社会の中で暮らしています。特に大学教育や研究の世界では近年、文系・理系の枠に収まらない新しい領域も生まれていますが、基本的には文系か理系かの区分が根強く残っています※1。
こうした状況の中で、文系と理系との連携は容易なことではありません。
まず、研究方法や専門用語の違いが連携を難しいものにしていることを、多くの研究者が指摘しています。異なる分野間でのコミュニケーション不足も課題となっています。AIや遺伝子操作などの先端技術の利用については多くの場合、理系側から問題提起され、文系はその“答え”だけを求められる形になってしまいがちです。こうしたこともしばしば課題として挙げられています。また、連携を実際にどのように具体化するのかについて、これまでのSTI政策では十分に検討されてきませんでした。
多様な連携の姿
文系と理系の連携は研究活動だけではなく、社会的な課題の検討や将来の社会ビジョンの描出、新しい技術を実用化していくプロセスなど、さまざまな場面で求められます。また、「連携する」と言っても必ずしも文系と理系が新しい領域を創り出すような研究をする必要はなく、異分野の研究方法を利用することや、共通の目的に向かって文理双方の知識を活かし合う取り組みなども、連携の一つの姿といえるでしょう。
効果的な連携のために
以上を踏まえた上で、科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)では、戦略プロポーザル「自然科学と人文・社会科学との連携を具体化するために※2」を取りまとめ、6項目の連携方策を提案しました。これらの中で、特に「提案2」は、双方の連携を難しくしている原因である「異なる分野間でのコミュニケーション不足」などへの対応策として重要であり、異なる分野の研究者がお互いの問題意識や研究について、研究プロセスを早い段階から知ることができるイベントなどを盛んにしようというものです。
このような考え方は、文部科学省に設置された「人文学・社会科学特別委員会※3」で検討中の「共創型プロジェクト」にも反映されていると言えそうです。このプロジェクトは、文系の側が「本質的・根源的な問いに基づく大きなテーマを設定」し、理系も含む分野を超えた研究者が「参画する共同研究を実施」するという構想で、実際にどのような形で運営されていくのかが注目されます。
- 参考資料
- ※1 隠岐さや香(2018). 文系と理系はなぜ分かれたのか 星海社
- ※2 JST CRDS戦略プロポーザル「自然科学と人文・社会科学との連携を具体化するために—連携方策と先行事例—」(2018年10月)
- ※3 文部科学省 科学技術・学術審議会 学術分科会「人文学・社会科学特別委員会」
関連リンク
- JST CRDS戦略プロポーザル「自然科学と人文・社会科学との連携を具体化するために—連携方策と先行事例—」(2018年10月)
- 文部科学省 科学技術・学術審議会 学術分科会「人文学・社会科学特別委員会」