レポート

研究開発戦略ローンチアウトー第88回「パリ協定実現に向けた大気中CO2の回収技術」

2018.12.06

尾山宏次氏 / 科学技術振興機構 研究開発戦略センター 環境・エネルギーユニットフェロー

尾山宏次氏
尾山宏次氏

 2015年に開かれたCOP21でのパリ協定合意(※1)は、ニュースでも大々的に報道されました。この合意の骨子は、地球温暖化による気温の上昇を、産業革命前と比べて2℃より十分に低く抑えることです(2℃目標)。努力目標としては「1.5℃」が掲げられました。その実現のため、参加各国が提出した自国が決定する貢献(NDCs)に基づき、二酸化炭素(CO2)の排出削減が進められている状況です。

 しかし、このNDCsを積み上げた排出削減では、「2℃目標」を達成できないと予想されています(※2)。そのため、さらなる追加の対策が必要になるわけです。

回収・再利用で大気中CO2の収支を実質ゼロにする

 これまで一般にあまり馴染みのなかった技術も注目されるようになってきています。例えば、気候を人為的に操作する気候工学(ジオエンジニアリング)の一つとして、大気中に微粒子(エーロゾル)を散布し、太陽光を反射させて温暖化を防止する方法なども提案されています。しかし、この方法は、地球の環境に何らかの悪影響を与える可能性も考えられますし、現在の科学ではその効果や悪影響を正確に予測することも困難です。そのため、社会に受け入れられにくく、また実施に向けた国際的合意も難しいと考えられています。

 そのようななかで、大気中のCO2を回収し、それを地下に埋めて貯留する、あるいは燃料や化学品の原料として利用しようとする動きもみられます。DAC(Direct Air Capture)と呼ばれるこのCO2の回収技術は、植物が自然にしていることを人為的に行おうとするものであり、社会も受け入れやすいと考えられます。

 DACで大量のCO2を回収し、地下貯留などでCO2がふたたび大気に出てこないようにできれば、大気中のCO2濃度を下げることができます。これをネガティブエミッション技術と呼んでいます。また、DACにより回収されたCO2を原料として、再生可能エネルギーを用いて炭化水素を製造することができれば、バイオマス燃料と同様、燃焼の際は前もって回収しておいたCO2を排出する「カーボンニュートラル」の非化石燃料になります。この燃料を使うことで、炭素の循環利用が可能になり、既存のエネルギーシステムを大きく変えなくても、正味でCO2排出ゼロを達成できることになります。

実現には膨大な量の空気を集める必要がある

 これだけを聞けば、すぐにでもやるべしという感じはするのですが、問題はその規模です。エネルギーの使用で排出される年間のCO2量は、世界で約300億トン以上にもなります。地球温暖化対策として、かりにその1%程度を回収しようとするだけでも3億トンです。大気中のCO2濃度は400ppm程度であり、1トンのCO2を大気中から集めるためには、最低でも140万立方メートルの空気が必要になります。東京ドームの容積が124万立方メートルであることを考えると、3億トンのCO2を回収するには、膨大な量の空気を集める必要があることがわかります。

 このように大気にわずかしか含まれていないCO2を実現可能なコストで(しかもCO2排出を伴わずに)大量に回収することは、技術的なハードルが高いと考えられます。もちろん、植林や森林再生などによりバイオマスの活用を拡大する方がより現実的という考え方もありますが、それには広大な土地と多量の水が必要になります。そこで、こうした制約があまりないDACへの期待が高まってきているのです。最近、日本で開催されたICEF(Innovation for Cool Earth Forum)でも、ロードマップ案(※3)として公表されました。

 最近の文献で、DACによるCO2回収コストは、将来的に1トンあたり94〜232ドルとの試算例が報告されていますが、過去の試算例では1000ドルとの数字もあり、実現に向けては、研究開発による効率化、耐久性の向上、そしてコストの削減が非常に重要になります。また、DACの特徴として、CO2排出源のそばに施設を立地する必要がない一方で、CO2を回収する際にCO2を発生させることがないよう、回収のエネルギー源として太陽光・風力・地熱といった再生可能エネルギーなどが利用できる場所に設置する必要があります。

 欧米では、すでにいくつかのスタートアップ企業がDACの技術開発を行っています。主に、大気中のCO2をいったん化学物質に吸着・吸収させ、その後、熱を加えて放出させることで回収しています。今後は、大規模化、大幅なコスト削減のためのエンジニアリング的な研究開発に加え、吸着・吸収に用いる化学物質の開発とその最適化、制御技術を進化させ、実証を試みながら、さらに制度的、資金的な枠組みも見直しつつ、将来の大規模導入につなげていくことが必要になります。

DACの技術を開発するClimeworks社(スイス)のパイロットプラントの風景
写真 DACの技術を開発するClimeworks社(スイス)のパイロットプラント(900トン/年)(※3)

 DACおよびCO2からの炭化水素合成などが現実のものになれば、将来のエネルギーシステムおよびCO2削減策を考えるうえで、それは大きな可能性を秘めた選択肢になる可能性があります。我が国および世界が長期的に持続可能な社会に転換していくためにも、エネルギーの高効率化、CO2削減技術やバイオマス活用などに加えて、このような研究開発も今後推進していくことが重要と考えています。

  • (※1) http://www.env.go.jp/earth/cop/cop21/など
  • (※2) https://www.nies.go.jp/ica-rus/15workshop/pdf/2-4_Kato.pdf
  • (※3) https://www.icef-forum.org/pdf2018/roadmap/ICEF2018_Roadmap_Draft_for_Comment_20181012.pdf

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