レポート

「SDGs×福岡市科学館—みんなで考える未来のくらしのつくり方—」-SDGsについて参加者全員で考えるシンポジウムを開催

2019.04.04

渡部博之 / 「科学と社会」推進部

 「課題先進国」と呼ばれる日本は地方都市でも少子高齢化・人口減少、地域間格差の拡大、自然災害への対応など、さまざまな課題が山積している。国際社会が「持続可能な開発のための目標(Sustainable Development Goals:SDGs)」という共通の目標を達成に向けてかじを切る中で、私たちはどのように考えて行く必要があるのか、そして科学技術はどのように役立っていくのか—。

 こうした疑問を参加者全員で考える参加型シンポジウム「SDGs×福岡市科学館—みんなで考える未来のくらしのつくり方—」が、2019年2月9日の土曜日に福岡市科学館(福岡県福岡市)で開催された。このシンポジウムは、科学技術振興機構(JST)の科学技術コミュニケーション推進事業・問題解決型科学技術コミュニケーション支援「福岡市科学館を核としたくらしと科学の共創ネットワーク拠点づくり」の取り組みの一環として福岡市科学館が主催した。

 この企画は参加募集を始めて間もなく定員が埋まるなど多くの関心が寄せられた。そして多様性に富んだ参加者が集まったこのシンポジウムの様子をレポートする。

シンポジウム「SDGs×福岡市科学館—みんなで考える未来のくらしのつくり方—」の案内板
シンポジウム「SDGs×福岡市科学館—みんなで考える未来のくらしのつくり方—」の案内板

 シンポジウムは午後1時30分に始まった。まず、全体の司会進行を務めるサイエンスコミュニケーターの本田隆行さんが登壇。「SDGsのことをどれだけ知っていますか?」。本田さんは約150人の参加者たちと早速対話を始めた。参加者の緊張をほぐすと、福岡市科学館のこれまでの取り組みや本シンポジウムの狙いなどを説明した。「今日はSDGsを軸に皆さんの生活と地球の話しをまぜこぜにして進めていく。今日集まった皆さんで今何が求められているのかを考えて行きたい」。

 続いて登壇したのは、このプロジェクトのコーディネーターで、この日のシンポジウムのファシリテーターを務めるNPO法人福岡テンジン大学学長の岩永真一さんだ。岩永さんは「SDGsは2030年までに人類が目指すべき方向。これに向かって行くためには(この時点で)まだ座学をやっていては遅い。今日は一言でもみなさんが思ったことを言葉にして欲しい」と参加者も登壇者と一緒に考えていくことを提案した。

総合司会の本田隆行さん
総合司会の本田隆行さん
ファシリテーターの岩永真一さん
ファシリテーターの岩永真一さん

「SDGsは人間にとって大切な文書」

 「持続可能なまちづくりに向けてSDGsを実装しよう」と題した基調講演を務めたのはSDGパートナーズ有限会社代表取締役の田瀬和夫さんだ。

 田瀬さんはまず「これからSDGsについて話しますが、私の役目はみなさんに納得してもらうこと。今までとは違うということをみなさんに持って帰ってもらいたい」。田瀬さんは、自分自身の経験談や、持続可能な開発目標ができるまでの経緯や背景を説明した。「SDGsは193の加盟国の全ての首脳が全会一致で決めた。誰ひとり反対する人はいなかった」「共存ということが我々の生存戦略であるということを人類全体75億人で合意するまで20万年かかった。そういう意味でほんとうに人間にとって大切な文書だ」。田瀬さんはSDGsの重要性をこう強調した。

基調講演を行う田瀬和夫さん
基調講演を行う田瀬和夫さん

 世界にはSDGsをベースとしてビジネスに踏み出す動きがある。「SDGsをビジネスに取り込むことの必要性は『時間的逆算思考』『論理的逆算思考』、『リンケージ思考』にある」と田瀬さん。

 一つ目の「時間的逆算思考」とは、月に到達した「アポロ計画」のように高い目標を掲げ、それに向かってアクションプランの立案・実施を行う「ムーンショット」とも呼ばれる考え方だ。2030年にあるべき姿を文書化したSDGsの中には「目標3.3 エイズ、結核、マラリアの根絶」、「目標5.1 女性および女子に対する差別の撤廃」、「目標8.5 世界中の失業率の0」のようにムーンショット的な目標が含まれている。(SDGsの問題に取り組むことにより)経営やビジネスに目標年の2030年を起点とする「逆算的思考」が得られるという。一方、日本では、経営者は持っている技術・資金力をベースに考える「積み上げ型」で、時間的逆算思考ができていない、と田瀬さんは日本の現状を危惧した。

 二つ目に挙げたのが「論理的逆算思考」だ。「今やイノベーションという言葉がはんらんしているがその半分は対症療法で、それだけでは物事は解決しない」。“人間はこうありたい、という姿”から逆算してイノベーションを起こすこと(演繹法的イノベーション)は、SDGsが与えてくれる大きな転換点で、ビジネスに生かせるのだという。

 田瀬さんがその例として挙げたのが「目標3.6 交通事故による死者数を半減させる」だ。現状では「車に乗ることを前提とした解決方法」が模索されているが、論理的逆算思考では「車に乗らないことを考える」ことになるという。こうした考え方は、“デザイン思考”という形で徐々に浸透し始めている。視点を変えていくことで、これまでとは全く違うビジネスのソリューションが生まれることが期待される。

 三つ目に挙げたのは「リンケージ思考」。SDGsの目標は全てが結び付いており、因果関係があるという捉え方だ。因果関係の中では問題を解決することでどんどん連鎖反応が起きる「レバレッジポイント(てこの力点)」があり、その考えをビジネスに反映できる、という。この観点からの取り組み例として、リクルート社が作成した「SDGsドミノ」の概念を入れた「価値創造モデル」が紹介された。同社は「目標10. 人や国の不平等をなくそう」を軸にビジネスを展開することにより、ドミノのような連鎖反応が起きて「目標4. 質の高い教育」、「目標8. 働きがいも経済成長も」、「目標5. ジェンダー平等」などの実現に貢献するという。田瀬さんは「利益も生むし、社会貢献にもつながる取り組みだ」と期待を寄せた。

 次に議論のポイントになったのが地域。多くの自治体でSDGsに取り組む動きがあるが、「経済」と「社会」と「環境」をどうつなぐかに力点が置かれている。しかし、地方創生を推進する上で真のレバレッジポイントは“ジェンダー平等”にあるという。日本のジェンダー平等指数は低く(世界で114位)、ほぼ全てのことがこの問題につながっている。「ここを解決することで経済も社会も環境も格段に良くなる」と田瀬さんは“ジェンダー平等”の重要性を強調した。

 基調講演もいよいよまとめに入った。「SDGsの17ゴール169の目標は達成すればそれでよいのか?一体人間は何のために生きているのか。実はそれがSDGsに触れられている」と田瀬さん。SDGsの序文の第一文には「in larger freedom」という言葉が使われている。これは、“世界の全ての人がより多くの選択肢を持てるような社会にしよう”ということを意味している。SDGsが目指す最も重要な部分だ。SDGsが追求する数値目標はSDGsの求める世界観のほんの一部であり、その先にある自由や幸福を追求できる社会というのが、我々の目指すべき社会だという。

 最後に田瀬さんは「単に目標を追うだけではだめだ。2030年に子供たちに渡したい理想的な社会や世界という視点で考えれば、SDGsが私たちの人生にもっと関係してくるのではないか」。田瀬さんはこのように最後に会場に呼びかけて基調講演を終えた。

 休憩をはさんでパネルディスカッションが始まった。パネリストとして本田さん、田瀬さん、そして福津市副市長の松田美幸さん、福岡市科学館館長 伊藤久徳さんが登壇した。ファシリテーターは岩永さんが務めた。パネルディスカッションは田瀬さんの基調講演の話を踏まえて進行した。

パネルディスカッションの様子:左から岩永さん、伊藤さん、松田さん、田瀬さん、本田さん
パネルディスカッションの様子:左から岩永さん、伊藤さん、松田さん、田瀬さん、本田さん

より多くの選択肢を持てるような社会に向けて

 パネルディスカッションで最初の論点となったのが、「in larger freedom」「世界の全ての人がより多くの選択肢を持てるような社会」に関連する話だ。松田さんは「今どこの自治体も一人一人がいかにウェルビーイング(幸福)であるかを観点に街づくりをしている。そのためにも自分らしい生活を実現することが重要。責任ある立場の人は自覚していかなければならない」と述べると、田瀬さんも「今、企業でも労働生産性の根源が自分らしさにあるということが急速に認知され始めた。グーグル社では自分らしくいられることが高い労働生産性の根源であると結論付けている」と指摘。伊藤さんは「in larger freedom、選択肢の話しは多様性が重要。意識的に多様性を認め合う社会を作らなければならない。」と別の角度から考えを述べた。

 続いて議論になったのは、リンケージ(連携思考・因果関係)についてだ。岩永さんが、参加したセミナーでの経験を踏まえ「仏教界は宗派を超えてつながり始めている」と切り出すと、「学問の領域でも関係が無さそうな研究者同士が融合している」と本田さん。伊藤さんは「21世紀は全てがつながる時代。科学の世界でいうと自然科学と人文学・社会科学が一体になること。そうしなければ我々の課題は克服できない時代だ。SDGsを考える場合、そういう面からもう一度いろいろと考えて行くことが重要だ」とコメント。田瀬さんは「リンケージ(因果関係)は間接的な関係だと行政の施策などの仕掛けがないと連鎖反応は起きない。また、持続可能な取り組みにするためには、“物そのものの持続可能性”、“担い手の持続可能性”、“マーケットの持続可能性”、この3つが重要だ」と解説している。

論理的逆算思考、多様性が重要

 議論の中で松田さんが「これからは(IQ、EQのような指数として)『DQ』の高い人が必要とされる。Dはデザインとデジタル。私はダイバーシティも必要だと考える」と持論を述べた。伊藤さんは「今の物の作り方のデザインを根本的に変えることが求められている。人の役に立つものができればよいという考えから、物を循環させるデザインへ移行することが必要だ」とデザイン思考の重要性に言及した。

 続いて岩永さんが「3つのDのうち、一番難しいのがダイバーシティ。どう普及させれば良いか」とパネリストに問いかける。松田さんは「一部の男性には、(夫婦の関係で)男性が社会で頑張ることが前提と考える人がいる。自ら選択肢を狭めてしまっている」とコメント。田瀬さんは「育児負担という言葉がある。男性が負担と考える思考が問題だが、自分らしさや自分の人生を求められる社会に日本はなっていない。日本のビジネスはマインドセットから大きな転換が必要だ」。松田さんは「想像力が大事。ジェンダーの問題もそこが一番重要だと感じた。このままの世界を未来の世代に本当に渡せるかということを考え、自分事として捉えていくことが必要」と述べ、私たち自身の姿勢を見つめ直す必要性を強調した。

 パネルディスカッションもいよいよ終盤に突入し、岩永さんがパネリストにひと言ずつコメントを促した。

 田瀬さんは「自分事にしてコツコツというのが日本人は好きだが、それだけでは何も変わらないということもある。ビッグピクチャーの中で物事の背景を知ること。積み上げてやっていけることと根本的にやらなければいけないことの関係が何かを知ること。世界の中で自分がどういう位置にあるかを知ることが自分事ということだと思う。そういう意味でSDGsをやろうということは知ることだと思う」と語った。

 松田さんは「私が今の立場で最も影響が与えられるのは、市役所の全員がSDGsの実現に向けて取り組むためのチームを作っていくということ」と抱負を述べると会場からは大きな拍手が沸いた。

 伊藤さんは「本日の議論は人間社会中心だったが、SDGsで一番私が感銘を受けたのが、地球ということが表に出てきたということ。今、地球は本当に危機に瀕している。人間が大きくなり過ぎて、地球の有限性が目の前に現れた。地球はどのようにすれば生き延びられるかということが問われている。今までずっと考えてきたが、これからもそれに答えることが、人類の未来を切り開く一つの大きな鍵だと引き続き考えていきたい。科学館の中にも何らかの形で人々に伝えていきたい」と締めた。

<参加者も交えた対話カフェ>

 今回の企画は、参加者全員で考える「参加型シンポジウム」と銘打たれていたとおり、基調講演終了後、パネルディスカッション終了後に各テーブルで議論する時間が持たれた。参加者への問いは以下の三つ。
未来に向けた問い(1):SDGsの達成に向けて、今私たちに求められているのは何でしょうか?
未来に向けた問い(2):SDGsの目標と現実(自分や組織や地域)が目指す方向との間にあるギャップとは?
未来に向けた問い(3):SDGsの達成に向け私たちの壁はなんだろうか?必要な武器は何だろうか?

 対話カフェが開始された時点では参加者たちはやや緊張した面持ちだったが、それもつかの間で、参加者はすぐに打ち解け合い、与えられた題(問い)に対して、自分のこれまでの経験や抱えている問題などを軸に、活発な議論を繰り広げた。

対話カフェ 会場内の様子
対話カフェ 会場内の様子

 最後にシンポジウムを通じて自身が感じ取ったことを「未来づくりに向けてリフレクション」とし、明日からできる一歩(行動・意識)として各自が記載し、閉会した。記載の一例を紹介する。

  • SDGsに合わせて自分のムーンショットマップを作る。それに向け何が出来るか、自分や自分の役割が何かを考える
  • 親・友達・仕事以外の多様な価値観に触れ、「みんなちがってみんないい」の幅を増やす
  • ボーダーを融かしに行く時に生じる恐怖を乗り越える
  • SDGsを知り、伝えていく。自分の仕事、子育ての中でNo1〜17のいずれかに繋がっていることを自覚する
  • 今日の学びを外にOutputする
  • 地球市民の一員であるということへの自覚を持って、自分至上主義にはならず、人のため社会のために行動する

 SDGsがなぜ必要なのか、そしてその達成に向けて何をすればよいか—。そのことを多くの参加者が自分事として捉え、持ち帰ったようだ。身近なところから実践することがSDGsの達成に向けた大事な一歩になる。参加者の言葉にあるようにこの日のシンポジウムをきっかけにSDGsに対する理解が周囲に広がり、行動の輪が広がっていくことを期待したい。

シンポジウム終了後、笑顔を見せる登壇者
シンポジウム終了後、笑顔を見せる登壇者

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