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バイオディーゼル-自産自消の有力エネルギー(竹内 智 氏 / 山梨大学大学院 医学工学総合研究部 教授)

2011.08.23

竹内 智 氏 / 山梨大学大学院 医学工学総合研究部 教授

山梨大学大学院 医学工学総合研究部 教授 竹内 智 氏
竹内 智 氏

 毎日の食卓に欠かせない食用油。日本で供給される植物油の供給量は日本植物油協会によると年間254万トン以上にもなるが、食物油の原料は、ほとんどが海外からの輸入に依存している。特に菜種はカナダや米国、大豆はアルゼンチンやブラジルなど広大な土地を有する国々から輸入されている。一方、使用済みの食用油(廃食用油)は廃棄物処理業者に引き取られて処分されるか、あるいは「燃えるゴミ」として焼却処理されている。昨今のエネルギー事情を考えるとあまりにも「もったいない」話である。そこで、廃食用油のリサイクル処理として、軽油の代替燃料となるバイオディーゼル燃料(bio-diesel fuel:BDF)の利活用を進めてゆくことを提案したい。

 BDFは、高校の化学テキストにも掲載されているエステル化反応に基づいて精製される。メタノールに触媒となる水酸化カリウム(KOH)を溶融し、廃食用油と混合させ約60度の温度で20分間ほど撹拌(かくはん)して静置させる。すると、混合溶液は2層に分離し、上層にはBDFが精製され、下層には廃グリセリンが沈殿する。このように簡単な実験でBDFが精製できる。

 このBDFは、他の燃料と混合させて利用する必要はない。ディーゼルエンジンであれば、発電機はもちろんのことトラクターや乗用車もBDFのみで動かすことができる。軽油に比べると、排気ガス中に含まれ大気汚染の原因となる硫黄酸化物(Sox)はほぼゼロで、窒素酸化物(NOx)も少ないことから、環境にも優しい燃料である。

 植物油は、使い切りの化石燃料とは違い、種をまくだけで何度も利用できる再生可能な燃料でもある。その上、植物由来なので大気中の二酸化炭素(CO2)を増加させないカーボンニュートラルな特徴を持っている。植物は光合成によって大気中のCO2を取り込む。植物は消費された後でバクテリアによって分解されたり焼却処理されるが、これによって同じ分量のCO2が大気中に放出される。従って、長期的にみるとCO2は植物と大気の間を循環するだけで正味の量は変わらないことになる。つまり、食用油は地球温暖化の原因とされている温室効果ガスのCO2を増やすことのない燃料である。

 バイオマス(植物性資源)は再生可能とカーボンニュートラルという魅力的な特徴を持っているが、そのエネルギー密度は低くかつ広く分布している。例えば、各家庭に存在する廃食用油はそれほど多くはなく、その量は一世帯につき年間数リットルである。その上一度回収すると次の回収までかなりの時間を要する。従って、大量の廃食用油を効率よく回収するためには、広範な地域住民の協力が必要である。これはデメリットとなるが、発想を変えると、地域密着の分散型エネルギーとして利用価値が高いことを意味している。

 実際に社会ではBDFがどのように利用されているのだろうか。海外の状況から見てゆくことにしよう。

 ヨーロッパでは昔からディーゼル車が普及していたこともあり、BDFの潜在的需要は大きかった。現在では、ドイツをはじめとしてフランス、イタリアの3カ国で世界のBDF生産量の8割以上を占めている。国によっては菜種などの燃料作物の作付けには国が補助金を充て、ガソリンスタンドに併設されたBDFスタンドではガソリンよりも低価格のBDFが販売されるなど、国策としてBDFの普及が推進されてきた。また、自動車メーカーがBDFに対応したディーゼル車の開発を行ってきたことも大きな要因であろう。

 日本では先進的な取り組みとして評価されている京都市の事例を見てみよう。京都は伝統的な日本文化が多く保存されている世界的な観光都市の一つである。ホテルや旅館、レストラン、食堂なども多く、日本の食文化である「てんぷら」には大量の食用油が使用されている。京都市廃食用油燃料化施設で一年間に回収される廃食用油は約19万リットルで、精製されるBDFは1日あたり5千リットルになる。市内のゴミ回収車147台にはB100(BDF100%)、市バス93台にはB20(BDF20%と軽油80%の混合)がそれぞれ燃料として使用されている。これにより、1年間に削減されるCO2量は約4千トンと見積もられている。

 山梨大学では全国の大学に先駆けてBDF精製装置の導入が行われてきた。大学内の廃食用油をリサイクルするシステムを構築し、低炭素社会に向けた取り組みが行われている。学生食堂や附属学校園の給食、大学病院の患者食やレストランから出てくる廃食用油を回収してBDFに精製し、大学のシャトルバスやトラックなどの燃料として提供している。教育面では、工学部における環境教育の導入としてBDF精製実験か取り入れられ、社会実験として、山梨交通の路線バスへの燃料供給も共同研究として行われている。

 自治体や大学が自らBDFを作って自らが消費するという「自産自消」の低炭素社会を展望した再生可能エネルギーへの取り組みの実例がここにある。

 しかしながら、日本全体を俯瞰(ふかん)すると、BDFの利活用は広がりを見せていない。海外の取り組みに比べると驚くべき遅さである。BDFの利活用にとって一番のネックとなっているのは制度的な課題である。国交省が定めた「揮発油等の品質の確保等に関する法律(品確法)」では、軽油に混合できるBDFの量は5%以下あるいはBDF100%の使用に限定されている。バイオ燃料による車両不具合の防止のために品確法が必要とされているが、この法律によってBDF普及への道はかなり閉ざされてしまったといえる。

 それ以外にも、軽油引取税や消防法(ガソリンスタンドではBDFと軽油を混合することができない)、廃棄物処理法(事業所から排出される廃食用油は産業廃棄物と認定される)などの課題をクリアしなければならない。さらに、BDFの品質そのものに関連した課題も抱えている。

 このような現状で日本におけるBDFの普及は不可能なのだろうか。輸入された食用油の原料から概算されるBDFの賦存量は、日本で消費される軽油の1%弱にしかならない。しかしながら、再生可能でカーボンニュートラル、地域密着型という特質を効率よく利用できるならば、EU諸国の取り組みが示すように、普及に向けた潜在的可能性は大きいといえる。少子高齢化による離農者の増加とともに増え続ける耕作放棄地や遊休農地などを有効に利用し、燃料作物を作付けできる環境を整えてゆくことによって地域の活性化が見えてくる。

 また、風力発電や太陽光を利用した新エネルギーと組み合わせることによって、リスク分散型電力供給システムへの移行が可能となる。これは未来型電力供給システムとして注目されているスマートグリッドと共通する考え方である。このように、地域の活性化や新エネルギーの技術を組み合わせて考えることによって、BDFの新しい可能性が浮かび上がってくる。

 経済産業省資源エネルギー庁の報告書(2007年7月)では、2030年までにエネルギー供給の3割を再生可能エネルギーで、約5割を原子力発電の推進でまかなう計画であった。しかしながら、3月11日の大震災と福島第一原発事故を境にして、その方向は大きく変わらざるを得ない状況となっている。いつ収束するのか予測もつかない放射能汚染と遅々として進まない震災復興、いまだに11万人もの被災者が日常生活を取り戻すことのできない現状を目の当たりにすると、莫大(ばくだい)な予算を必要とし、巨大なリスクを抱え込んだ原子力発電が将来のエネルギー政策の主役となることは不可能であろう。

 リスク分散型で自産自消、持続的な電力供給を目指す再生可能エネルギーの底力が、いま試されている。

実験で精製されたBDF山梨大学に導入されたBDF精製装置
実験で精製されたBDF
(上層の透明感ある液体。下層は廃グリセリン)
山梨大学に導入されたBDF精製装置
(100リットルの廃食用油からほぼ同じ量のBDFが精製される)

参考文献
竹内智「バイオディーゼル燃料の動向と今後の展望」『日本の科学者』42,204-209(2008)

山梨大学大学院 医学工学総合研究部 教授 竹内 智 氏
竹内 智 氏
(たけうち さとし)

竹内智(たけうち さとし)氏のプロフィール
秋田県立本荘高校卒。1977年慶應義塾大学工学部卒、山梨大学工学部助手、助教授を経て1999年同教授。2003年から現職。工学部循環システム工学科、大学院持続社会形成専攻、環境社会創生工学専攻教授も兼務。96-97年第38次日本南極地域観測隊(越冬:オーロラ観測)に参加。工学博士。専門分野は環境科学、プラズマ科学。バイオディーゼル燃料(BDF)の利活用やプラズマ衝撃波による宇宙線の加速機構の研究に取り組む。生まれた秋田県金浦町(現在、にかほ市金浦)は、日本人で初めて南極を探検した白瀬矗(しらせのぶ)陸軍中尉誕生の地。白瀬南極探検隊記念館参与、秋田県高等学校学術顧問、にかほ市ふるさと宣伝大使、全国大学高専教職員組合中央執行副委員長も。

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