国内最大級の科学フォーラム「サイエンスアゴラ2018」(科学技術振興機構〈JST〉主催)の出展特別企画として、内閣府男女共同参画局とJSTダイバーシティ推進室が主催したトークセッション「理系で広がる私の未来 STEM Girls Ambassadors」が11月10日午前、約1時間半にわたって繰り広げられた。
内閣府は理工系女子の進路選択を支援し今後の活躍を応援するために、「STEM Girls Ambassadors(理工系女子応援大使)」による活動を展開している。理工系分野で活躍する7人の女性がイベントや講演などを通して、理工系女子たちの選択肢が未来へ向けてさらに広がるよう活動をしている。トークセッションには東京大学工学部4年生の杉本雛乃さん、日本マクドナルド・上席執行役員CMOのズナイデン房子さん、宇宙飛行士の山崎直子さん、JST副理事の渡辺美代子さんの4人が登壇した。進行役は内閣府男女共同参画局の小林美紀さんが務め、セッション全体の流れを上手に導いた。会場は小学生から大学院生までの児童、生徒、学生や理系だけでなく文系に進んだ男性、女性ら多様な人たちが参加し、立ち見も出るほどの盛況ぶりで、この企画への関心の高さがうかがえた。
面白さに気づいた時が好きになるきっかけ
日本では研究者に占める女性の割合が15.7%(総務省「科学技術研究調査」平成29年)で、先進国の中では依然低い水準だ。今は男性か、女性かは関係なく、自由に進路や職業を選択できる時代だ。だがなぜ理工系に進む女性が少ないのか。そうした現状の背景には未だに男性中心の職場が多いことや、結婚・出産に対する誤解、休職後の職場復帰に対する不安といったさまざまな要素があるようだ。
セッションは最初に小林さんが来場者に向かって「理系のイメージ」「理系の仕事のイメージ」をたずねた。「生活に役立つ」「仕事に役立つ」「やりがいがある」「研究者のイメージ」と答えた人が比較的多かった。
会場の雰囲気がなごんだところで、次に4人の登壇者がそれぞれ理工系に進んだきっかけやエピソードなどを披露した。
杉本さんは東大工学部でMRIやリニアモーターカーなどに幅広く使われている超電導の勉強をしている。両親は文系で理系のことには何も言われなかった。小学1年生から始めたそろばんを通じて数字に興味を持ったことや、家族や友人とプラネタリウムや科学館によく行ったことが理系を好きになったきっかけだという。本格的に理系に進もうと思い始めたのは小学4年生の時に行った塾の体験授業から。「計算の面白さを意識した時、算数を学問として好きになった」。
企業の研究所で半導体物理の研究者としての経歴を持つ渡辺さんは、小さいときはバレーとピアノの練習に励む少女だったが、高校1、2年のころ、物理の授業での重力の実験がひとつの転機になったようだ。「自然現象は公式で書ける規則性があることに気づいた。その時、その面白さが分かった」。
企業のマーケティング分野で活躍しているズナイデンさんは、大学では生命科学分野に進学した。中学の理科の授業でミドリムシなどの微生物を知った。そして分子や原子を学んでいた時、「なぜ、突然生命ができるのだろう」という疑問が浮かび、それを知りたかったことが生命科学の専攻につながったという。しかし社会に出るに当たっては、人の心をつかむこと、そうした仕事に興味があったという。
宇宙飛行士の山崎さんは、宇宙が好きになったのは兄の影響が大きかったと振り返った。きっかけはテレビ番組のチャンネル権争い。いつもお兄さんに負けた。そして「宇宙戦艦ヤマト」を一緒に見ることに。いつの間にかそのアニメに引き込まれてしまった。小学4年生の時だった。理科の授業で「星を作っているのは、ビッグバンから生まれた宇宙に散らばっているかけら。地球も私たちの体もそのかけらからできていることを知った。素敵だなと思った」。だが、当時は宇宙を職業としてイメージすることはできなかった。中学、高校では文系理系に限らずいろいろな進路に悩む時期があった。結果的に大学では工学部宇宙工学科に進んだという。
どんな環境下でもポジティブ思考で前進
4人の「大使」は理工系への道を順調に進んだように見えるが実際に大学に進学した後や、働き始めた時には女性としての苦労も多かったようだ。渡辺さんは「大学時代、ロールモデルがなく将来へのイメージを持ちにくかった」と述べている。渡辺さんの大学生時代と比べると、現在の理系女子の選択肢はかなり広がっているものの、選択肢が多いためにかえって「選べない」「どう進めばいいか分からない」といった悩みもあるようだ。山崎さんは「一人で悩んでいても解決しないので、とにかく動きましょう」と提案。「動く」とは「本を読む」「話を聞く」「資料を集める」「見学に行く」などのこと。自分の足を動かして目で見て、「ピン」ときた感覚を大切にすることが進路選択には重要だとアドバイスしている。
一方、就職は文系職を選択したというズナイデンさん。大学時代は顕微鏡をのぞくだけの日々に、もっと広い世界を知りたいと思ったという。そこからマーケティングの道を進むことになる。「理系だからこういうふうに進まなければならないわけではない。既成概念から離れて自分の将来をオープンに見直すと、もしかしたら良いチャンスがあるかもしれない」とアドバイスした。
杉本さんは現在、周囲は男性ばかりの環境だが、自分のスタイルで大学生活を送っているので、あまり苦労は感じないという。「(周りが想像する以上に)いろいろなことができる」。杉本さんは学業のかたわらミス・インターナショナルにもチャレンジ。日本代表として世界大会でベスト8に選ばれた。「参加者には起業している人もいます。みんなバランスをとりながらしっかり(チャレンジと)両立しています」と杉本さんが紹介した。
4人の「大使」の話を聞くとどんな環境下でもそれぞれにポジティブに捉えて前に進む強さを持つことが成功につながる共通ポイントのようだ。
生活面で考えすぎないことが大切
仕事以外の、例えば育児といった生活面に話が進んだ。「ママ友」がとても大事だと指摘したのは渡辺さん。同じ研究所のママ友は子どものことで悩んだときも同じ境遇を理解してくれる、そしてちょっと背中を押してくれる存在。また近所のママ友は「専業主婦の人もいて、子どものことで本当に困ったときに助けてくれた」「研究者だけの狭い世界から離れていろいろな話ができることもいいことだ」などと渡辺さん。
ズナイデンさんは「じゃまいか戦略」がいいとユニークなネーミングの考え方を紹介した。「じゃあ、まっいいか」と日々の生活をやりすごす戦略だという。「仕事も子育ても生活も完璧主義になりがちなときに有効」と話すと、多くの来場者が「なるほど」という面持ちでうなずいていた。
山崎さんは子どもや親のことで、保育園や学童、親戚、近所の人にお世話になっていることを明かした。そして「一人だけではできないこともいろいろな人にお世話になりながら何とかやることができている」。
英語は下手でもいい、どんどん使うことが大切
話題は英語に及んだ。4人とも英語は熟達者だが、来場者にとって気になるのは英語のことではないだろうか。英語は文系の受験科目として配点が高いため高校生は英語は文系の職業に必要な科目と認識しがちだ。しかし、文系理系に関係なく英語圏に留学する機会が増えており、理系では論文を英語で書かなくてはいけないことが多い。このため理系でも英語は必須だ。
杉本さんはミス・インターナショナルの世界大会の様子を紹介した。出場者は77の国と地域から集まってくるために共通言語は英語だが、中には英語がほとんどできない人もいたという。そうした中で、かたことの単語とジェスチャーと表情で何とかコミュニケーションをとろうとする人と、なるべくしゃべらないようにする人がいるという。しかし3週間も経つと前者のほうが多くの友だちを作れるという。こうした態度はどんな場面でも言える、つまり英語の上手下手に関わらず何でも積極的になることの大切さを杉本さんは強調していた。
ズナイデンさんは「ことばは伝える手段」「日本人は完璧に話さないと恥ずかしいと思っている人がいるが、母国語が英語以外の海外の人たちは、めちゃくちゃな英語でもどんどんしゃべっている。しゃべりながら英語を覚えるという姿勢でいいのではないか」と述べている。
とにかくどんどんコミュニケーションをとることが上達への近道のようだ。
理系女子の未来へ向けて
今回のトークセッションの参加者の中には、「将来の進路選択をどのようにしたらいいか」「理系に進むことに不安がある」などの悩みや迷いを抱えている人が少なからずいたのではないだろうか。最後にそうした人に向けて4人の「大使」から頼もしいメッセージが送られた。
杉本さんは、小さい頃からいろいろなことを見て試すことが良かったという経験から、会場に向け「いろんな経験をしてください」。ズナイデンさんは「人生は一生をかけて自己実現をしていく旅だと思う。そこにはいろいろな岐路があって、決めなければならないことがある。そのための自己投資を続けて欲しい」とエールを送った。山崎さんは理系女子に対してはまだまだバイアスや偏見があり、そうした実態が理系女子の選択肢の幅を狭くしていると指摘。その上でバイアスや偏見を減らすのが4人が務める「STEM Girls Ambassadors」の役割であると力強く語った。最後に渡辺さんは「自分の良さは自分では意外と分からないもの。他の人の素晴らしさが分かるあなたも、実は素晴らしいものを持っていると思う」と締めくくった。
関連リンク
- JST「サイエンスアゴラ専用サイト
- 科学技術振興機構「ダイバーシティ推進」