レポート

「人間が動物に対して抱くイメージは、社会の在り方を反映する鏡」—自然の話を聴く生態学者、高槻成紀さん

2018.10.11

西岡真由美 / ノンフィクションライター

 生態系や環境の保全、といった言葉に聞き馴染んで久しいが、「保全生態学」という学問の存在は初耳だった。あらためて考えると、生態系という言葉ひとつにも、漠然としたイメージしか持ち合わせていないことに気づく。

 「生態系とは、ある地域の生物群集とそれを取りまく環境要因とを一体として捉える用語で、それまでの自然よりも生き物の『生き様』、つまり『生態』が重視されています」

 手始めに調べた書籍の解説が、妙に気に入った。「生き物の生き様」という表現に、生命の息づかいを感じる。なるほど、と腑(ふ)に落ちた気がした。

 保全生態学とは、生物と環境との関係を解明し、野生動植物の減少や、人間の影響による攪乱(かくらん)といった問題の解決に取り組む学問で、保全生物学のひとつだ。生物の絶滅の最も深刻な原因が、生息地の消失であることからしても、保全生態学は今では保全生物学の中心的な学問になっている。

 今回は、そんな保全生態学の研究者、高槻成紀(たかつき せいき)さんのユニークな活動を、ご本人の言葉とともに紹介したい。

「骨たちの展覧会」との出会い

 神奈川県相模原市にある麻布大学には、「いのちの博物館」という展示施設がある。動物の骨格標本や病理標本、牛の飲み込んだ異物など、獣医大学ならではの展示物が並ぶ空間だ。

写真1 ロードキル展。数十もの頭蓋骨たちが迎える(高槻成紀さん提供)
写真1 ロードキル展。数十もの頭蓋骨たちが迎える(高槻成紀さん提供)

 数年前、ここでユニークな企画展に出会った。タイトルは「ロードキル —モータリゼーションの犠牲者を直視する」。そこでまず目に飛び込んできたのは、動物の頭蓋骨で、それも一つや二つではない。数十もの頭蓋骨がガラスケースに整然と並んでいる様に、目がくぎ付けになった。壁には、道路に横たわるタヌキの写真。そこにあるのはみなロードキル、つまり交通事故にあった野生動物たちの頭蓋骨だった。一部が砕け、細かい骨片となったものもあり、事故の衝撃を物語っている。白い骨が整然と並ぶ空間が、何か強いメッセージを放っていた。この展示の企画者が高槻さんだった。

 「ごみとして処分するのは、いたたまれない。事故が起きたということを物として残したいと思った」

 交通事故死した動物の遺体は、東京都町田市と神奈川県相模原市の清掃局から提供してもらったという。この2市では、動物の死骸を回収した後、1か月の保管期間を設け、回収場所や状況を記録に残している。飼い主がいる動物だった場合のトラブルを防止するためだ。この保存期間の存在が、ただ捨てられるだけの死骸に、展示物という新たな運命を与えることになった。

 「タヌキ メス、体重4.2kg、胃内容あり、死因 頭部骨折、腹腔内出血……」

写真2 ロードキルの犠牲となったタヌキを解剖する様子。声をかければすぐに学生たちが集まり、夜遅くまで作業に没頭していた(高槻成紀さん提供)
写真2 ロードキルの犠牲となったタヌキを解剖する様子。声をかければすぐに学生たちが集まり、夜遅くまで作業に没頭していた(高槻成紀さん提供)

 続いて腹囲、耳や尾、四肢のサイズ、皮下脂肪の厚みや内臓の長さなど。データベースには、一頭、一匹ごとに詳しい情報が残されている。どのくらいの動物が、どのような状況でロードキルの被害に遭っているのか、事実を調べ、データを集めることは、生態学の基本のひとつでもある。運び込まれた死骸が解剖場に所狭しと並ぶ中、研究室の学生とともに、詳細な記録をとることから、高槻さんの研究活動はスタートした。

 サンプル数は、2008年1月から12月までの1年間で315体。タヌキ、ハクビシン、イノシシやアライグマまで、2都市におけるロードキルの現状が浮き彫りになった。

 高速道路上で起こる野生動物のロードキルのうち、約40パーセントの犠牲がタヌキであり、全国での数は、年間約1万と言われている。さらに一般道も含めると、約11から34万匹ものタヌキが犠牲になっていると推測されており(高槻成紀 著「タヌキ学入門」誠文堂新光社)、人里にも暮らすタヌキの生態が思いやられた。

 人と動物の活動が交差する場所では、いつから、なぜそのような状況が生じたのか、その理由が双方の生活に、どのような側面を持っているのかを、見極めることが重要となる。モータリゼーションの発達を、動物の立場から批判することはたやすいが、それだけでは何も導き出せない。

 ロードキル展の解説シートには、こう綴(つづ)られていた。

 「野生動物と真に共存するためにはロードキルの問題は重要であり、その解決までの道のりは遥かなものに違いないが、私たちはロードキルの事実を正確に記録することから始めた」

 技術は絶えず発展し、拡大を続ける。それは、これからも変わることはないだろう。科学者の役割は、その流れの中で起こっている事実を、客観的に示していくことだろう。示された事実をもとに、技術の使い道や、さらなる発展を支持するか否かを判断するのは私たちなのだ。

 ロードキルという事実を示した学術展示には違いないが、この企画展から研究者の想いとエネルギーまでもが感じられた。

生きものの生き様を追いつづける

 多い時には週に3通。メールの受信ボックスには、高槻さんの名前が並ぶ。センサーカメラに映った野生動物の姿や、植物の種子の形状、時にはタヌキのフンの内容物といった情報まで、生態学者である高槻さん自身が「面白い、これは珍しい」と感じた日々の発見が共有される。

 この「報告メール」が届くようになったのは、5月に開催された自然観察会に参加した翌日からだ。玉川上水の土手に茂る草木の植生を高槻さんの解説で調べ、記録していく観察会は、20人近くが参加して大盛況だった。

 「初めての人は、これに名前を書いて」

 高槻さんから手渡されたノートに名前を書いて回したが、他の参加者が連絡先を書き添えているのを見て「しまった……」と思ったときには、既に遅かった。ノートは、あっという間に高槻さんのジャケットのポケットに消えていた。ところが翌日、しっかり観察会の成果報告を受け取ることができた。ノートに残った名前と、メール履歴を照らし合わせ、わざわざ送ってくれたと分かったとき、観察成果は全員で共有する、という高槻さんのスタンスを垣間見ることができた。

写真3 植物の群落調査の様子。折り畳み式の「方形枠」は必需品。1メートル四方の枠内に生えている、植物の種類と比率を調べる。高槻さんの研究者としてのスタートは、植物生態学者で、それを背景にシカの研究を展開させた
写真3 植物の群落調査の様子。折り畳み式の「方形枠」は必需品。1メートル四方の枠内に生えている、植物の種類と比率を調べる。高槻さんの研究者としてのスタートは、植物生態学者で、それを背景にシカの研究を展開させた

 高槻さんの専門は、生態学、保全生態学で、40年にわたり研究を続けてきた。東北地方の山間部に生息するニホンジカを中心に、ニホンザル、ヒグマやツキノワグマ、モウコガゼルなど、広く国内外の野生動物を研究対象にしている。シカによる農作物の食害が発生していた岩手県の五葉山では、シカと植物のバランスが崩れていることを明らかにした。増えすぎたシカは、いずれ山を荒廃させる原因となる。研究結果をもとに、県の行政と地元のハンターと協働し、シカを減らす対応を行ったこともあった。

 「自分が住んでいる土地の生きもののことを知ることは、人の本能的な喜びだと思う。自分が一生のうちに、自然をどれだけ引っ張り出せたかということが大切なんです」

 高槻さんが大学に進学する頃は、自然をひたすら観察して記述していく活動が、仕事として成り立つということを教えてくれる大人はいなかった。それでも生態学者になりたい、その可能性を求めたい。そんな希望を抱き、模索する中で、幸運にも夢をつかむことができた。

それから40年余り。東北から東京へと拠点を移しながらも、変わらずそこにある自然と寄り添い、研究を続けてきた。

写真4 自然観察会にて、樹木の年輪を読む様子(高槻成紀さん提供)
写真4 自然観察会にて、樹木の年輪を読む様子(高槻成紀さん提供)

 高槻さんが案内役となる玉川上水の自然観察会では、自生する植物の種類と特徴や、見分け方を教わる。そして、どのような植物集団が、どのくらいの比率で存在するのかを調べる群落調査などを体験する。珍しい昆虫がいれば立ち止まり、ヘビを見つけると姿が消えるまで見守ることもあった。野生動物のフンが見つかればもうけものだ。そうこうするうちに、高槻さんは植物の専門家なのか、動物の専門家なのか、と不思議に感じることさえあったが、それは生態学というものを理解していなかったためだと、後に合点がいった。

 生態学では、その土地に住む生きもの全体を研究することになる。つまり、ある動物の生態を研究するためには、餌となる植物や昆虫、小動物の分布や、隠れ家となる森や林、天敵の存在までもが重要な要素となり、研究対象となる。そしてそれらは、互いに生き延びるための実に多様で巧妙なつながりを持っている。人は、このつながりの存在を忘れがちだ。

 「観察を始めて半年、一年経ってから、見てきたものをつなげて話す。参加者の中には、そうすることで初めて、ああ、そういうことだったのか、と理解できる人もいます」

 研究者にとっては当たり前のことでも、一般の人が生きもののつながりを理解するためには、それを実感するだけの、時間をかけた体験が必要であることが分かった。一回の観察会では見えなかったものが、年間を通じた実体験、さらに研究者や参加者同士のやり取りを通じて見えてくる。そして、自然に対する漠然とした興味が、一人一人の中で、生態系というつながりの理解へと変わっていく。そこに教える側にも教わる側にも、楽しさや発見が生まれる。

 「大勢では、消えてしまうものがあると思っています」

 観察会という少人数を対象とした取り組みへの想いを尋ねたとき、高槻さんはそう答えた。

 講演会やシンポジウム、大規模なコミュニティを活用した伝え方もあるが、一方的な知識のサービスではなく、一人一人との確かな「手応え」にこだわっていきたい、というのが、高槻さんの考えだ。

 「研究者が来れば、それまで分からなかったものを、魔法のように解決してくれると思っている人が多い。でもそうではない。研究者にも分からないことがあるから研究を続けている。ここまでは分かっていて、まだ分からないことにはこういう理由がある、ということを科学的に話す。そうしてはじめて理解してもらえる」

 研究の世界と、人びとをつなぐことも、この観察会の成果かも知れない。

あふれだす好奇心、そしてメッセージ

 高槻さんには、多数の著作があり、どれも視点が面白い。人が動物に持つイメージをテーマとした著作の一部を紹介しよう。

 例えば、キツネやタヌキは人を化かすと言われてきたが、高槻さんの見解はこうだ。

 彼らは夜行性で慎重な仕草を見せ、暗い夜道で用心深く振り返りながら追手の動きを確認する。街灯もない時代、その時光る眼は、出会った人間にどこか怪しげな印象を与えただろう。それが「化かす」というイメージにつながったのではないだろうか。

 西洋では悪役にされるのに対し、日本では信仰の対象であるオオカミ。オオカミは西洋では家畜を襲う害獣であり、日本では田畑の農作物を荒らす草食獣を駆除するありがたい存在だ。西洋の牧畜文化と日本の農耕文化という社会的背景の違いが、人びとがオオカミに持つイメージを違える原因となったのではないだろうか。

 こんな具合で、どれも「なるほど……」と唸らされてしまう。

 「人間が動物に対して抱くイメージは、社会の在り方を反映する鏡であると言えるように思う」

 これは、著作の随所で用いられる高槻さんの言葉だ。

 人が動物に対して抱くイメージは、その時代の背景や文化、時に人びとの心のありようから大きな影響を受ける。その結果、動物が生き延びられるか否かにつながることも度々起きてきた。

写真5 5月の自然観察会は、盛りだくさんの内容だった。採取したタヌキのフンを洗い、内容を確認する様子。タヌキの移動経路を推測するために、プラスチックマーカーを仕込んだソーセージを配置し、フンに含まれるマーカーと照らし合わせる。現在行っている調査活動のひとつ
写真5 5月の自然観察会は、盛りだくさんの内容だった。採取したタヌキのフンを洗い、内容を確認する様子。タヌキの移動経路を推測するために、プラスチックマーカーを仕込んだソーセージを配置し、フンに含まれるマーカーと照らし合わせる。現在行っている調査活動のひとつ

 時には高槻さんの鋭い筆致に驚かされたこともある。

 著書『タヌキ学入門』の中で、「タヌキに出会ったらどうすればいいですか?」 という質問に答える部分がある。回答の冒頭は、「私はこの質問自体に人の身勝手と一方的な態度を感じます」というものだった。質問は、タヌキを怖がらせないために、どんな身のこなしをすればいいか、という優しさから出たのではないだろうか。そう擁護したい気持ちにもなったが、回答は直截(ちょくさい)だった。

 自然に対する鋭い洞察力もさることながら、書籍や展示活動のどれからも、生態学研究から見えてきた「人と動物、自然のつながり」という視点のメッセージが含まれているように感じる。

 そこには、主観をそぎ落す研究論文には表現できない、どういうことを考えながら調査しているのか、その調査にはどういう意味があるのか、ということを示しておきたいという、高槻さんの想いがある。

 自然を客観的に捉え、確認された事実を記述する研究活動。その枠には収まり切らない、研究対象、人と社会、そして自然と向き合い続ける自らに対する想いが、そこには込められているのだと思う。そして、それらを多くの人びとと共有することは、研究者として、自然を見つめてきた者としての、第二の使命でもあるのだろう。

 「余計なことにいろいろと関心があるんです。私の話は、どうもあちこちに飛ぶので、聞いている人も大変だと思いますよ」

 高槻さん自身は、次々と湧き出す想いや好奇心を「あふれだすもの」と表現する。めったに笑うことがない(と私は思っている)高槻さんは相変わらずの表情だが、淡々と紡がれる言葉の中に、生きものに対する想い、未知なるものへの好奇心とともに、子どもの日のままの無邪気さが見え隠れする。

 生きものを知りたいという好奇心は、周りの人びとを巻き込みながら、これから先も続いていくのだろう。そんな高槻さんの活動に、これからも注目していきたいと思う。

高槻成紀 氏

高槻成紀 氏のプロフィール
1949年鳥取県生まれ。理学博士。専門は生態学、保全生態学。
東京大学総合研究博物館教授、麻布大学獣医学部教授を歴任。長年、シカと植物群落の関係など野生動物の研究を続ける。近年は、玉川上水の動植物の観察会なども行っている。著書は『野生動物と共存できるか』『動物を守りたい君へ』(ともに岩波ジュニア新書)や『タヌキ学入門』(誠文堂新光社)『都会の自然の話を聴く 玉川上水のタヌキと動植物のつながり』(彩流社)など多数。

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