サイエンスクリップ

木の遺伝的な多様性が、樹上の生態系の多様性をつくっている

2018.03.23

腰高直樹 / サイエンスポータル編集部

 人間は皆同じ種だが、身長や顔つき、体質などは一人一人違う。これは同じ人間という種でも、少しずつ遺伝的な違いがあることが大きく関係しているため。木も同様だ。同種の木でも遺伝的には少しずつ違いがある。人が見たり触ったりしても差が分からないだけで、同種の木でも1つ1つの木には遺伝的な違いによる個性がある。この遺伝的な違いが、木に集まる虫の種類や数に強く影響を与えているという。北海道大学大学院環境科学院の博士課程・鍵谷進乃介(かぎや しんのすけ)さんと同大学准教授の内海俊介(うつみ しゅんすけ)さんたちの研究グループがこのほど明らかにした。

遺伝的な違いが生き物同士の関わりに影響を与えている

 木には虫がたくさん集まる。虫取り網で森の中の立木の枝葉をガサガサとすくい取ると、甲虫やハチ、カメムシ、クモなど、大小いろいろな虫を捕ることができる。その多くはその木に依存して生きている樹上生活者だ。木の葉を食べたり、幹の中を食べたり、樹液をすすったり、あるいは、集まってきた虫たちを食べたりしている。このように草木1本にも、そこをねぐらにする生き物たちが織りなす「小さな生態系」がある。

 同じ種の木であれば、そこにある小さな生態系も同じものであるはずだ。だが、実際には同じ種の木でも1本1本でそこにいる虫の種や数にばらつきがある。それはその木が生えている立地や周辺環境、受ける気象条件などの差によるものだと考えられてきたが、実は木の遺伝的な要素も関わっているというのだ。研究した鍵谷さんは「遺伝子解析技術の進歩で、遺伝子の小さな違いが生き物同士の関わりに影響を与えていることが近年分かってきた。これが、環境条件が複雑に混ざり合う野外の森でどのくらいの影響力を持っているのかを調べたかった」と話す。

2万5000ヘクタールの広大な森で

 鍵谷さんらは、北海道北部にある2万5000ヘクタールの広大な森「北海道大学 雨龍研究林(うりゅうけんきゅうりん)」で2年間にわたって、多くの木とそれぞれの木に集まる虫を調査した。対象とした木は、研究林の中に広く点在する落葉広葉樹の「ケヤマハンノキ」。川岸などの水辺に生える木で、日本全国に分布することから、どこでも通用しやすい普遍的なデータが得られる期待があった。

写真1 ケヤマハンノキなどが生える雨龍研究林の河畔林(北海道大学・内海俊介 提供)
写真1 ケヤマハンノキなどが生える雨龍研究林の河畔林(北海道大学・内海俊介 提供)

 研究グループはまず、研究林内に流れる4つの川に沿って生えるケヤマハンノキ85本の位置情報(GPS)と、木の周辺環境を調べた。周辺環境の調査では、それぞれの木の周囲にどのような木が何本生えているか、という情報を指標とした。また、それぞれのケヤマハンノキから葉を採集して、ゲノムのうちの1077箇所について変異を調べた。これによりケヤマハンノキ同士の遺伝的な違いの大きさを数値化した。

 次に、その85本の木にどのような虫が実際に生息しているかを調べた。ケヤマハンノキは大きくなると10メートルを超える高木になるため、竿が5メートルまで伸ばせる虫捕り網を用意した。この網で1本の木に対して2分間ずつ枝葉をすくって、網に入った虫の種と数を記録した。この中には草食の虫、肉食の虫の他、節足動物であるクモも含まれている。こうした観察研究を85本のケヤマハンノキに対して2年続けた。その結果を木から得たデータと合わせて解析した。

写真2 ケヤマハンノキで採集された虫の一部(北海道大学・内海俊介 提供)
写真2 ケヤマハンノキで採集された虫の一部(北海道大学・内海俊介 提供)

木の周辺環境よりも遺伝的な違いが「小さな生態系」を形づくる

 解析の結果、ケヤマハンノキの遺伝的な違いが、集まる虫の種の組み合わせに強く影響を与えていることが分かった。遺伝的な差が小さい木同士では集まる虫の組み合わせが似て、遺伝的な差が大きい木同士では集まる虫が違ってくるのだという。一本一本の木の遺伝的な違いがそれぞれの微妙な形や性質の違いをつくる。その違いに応じて虫が集まることで、その木独自の虫の組み合わせができる。木の遺伝的な多様性が、樹上の「小さな生態系」の多様性に関わっているというわけだ。

図1 木の遺伝的な違いが、集まる虫の種類や数に影響を与えている(北海道大学 提供)
図1 木の遺伝的な違いが、集まる虫の種類や数に影響を与えている(北海道大学 提供)

 また、こうした関係性は木の生える場所の環境条件よりも、虫の集まり方に強く影響していることも分かった。木同士が離れていても、遺伝的に近ければ集まっている虫も似てくるのだという。

図2 木が遺伝的に近いほど、そこに集まる虫の組み合わせである「小さな生態系」も似ている(北海道大学 提供)
図2 木が遺伝的に近いほど、そこに集まる虫の組み合わせである「小さな生態系」も似ている(北海道大学 提供)

肉食の虫の方が木の遺伝的な違いと強く結びついている

 鍵谷さんによると、さらに興味深いことがあった。「今回の研究で面白かったのは、葉などを直接食べている草食の虫よりも、それらの虫を食べる肉食の虫の方が、木の遺伝的な違いとの関係性が強く出た」というのだ。ここでいう肉食の虫には、草食の虫に寄生するハチの仲間が多く含まれている。

 植物は害虫に葉などを食べられると防御策として、匂い物質を出して害虫の天敵となる肉食の虫を呼び寄せることが知られている。木の遺伝的な差がこの匂い物質に微妙な違いを生み、呼び寄せられる肉食の虫の種類や数に影響を与えている可能性が考えられるという。

環境保全の現場への応用に期待

野外の環境で明らかになった今回の発見は、今後、環境調査や生物多様性保全の現場で応用される可能性がある。鍵谷さんは「生き物の群集がどのようにしてできあがっていくかを知ることは、生態系を知るための基盤的な知識になる。環境保全などに役に立ててもらえたら嬉しい」と話している。論文は、3月6日付の進化生物学・生態学の国際ジャーナル「モレキュラー・エコロジー」に掲載された。

(サイエンスポータル編集部 腰高直樹)

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