レポート

《JST主催》「SDGsは自分たちの問題。日本の足元の喫緊の課題」-公開シンポジウム「持続可能な開発目標(SDGs)と科学技術イノベーション」で多くの課題や問題点を共有

2017.09.15

サイエンスポータル編集部

 「持続可能な開発目標(SDGs)と科学技術イノベーション」と題した公開シンポジウムが9月5日、科学技術振興機構(JST)が主催して東京都渋谷区の国連大学ウ・タント国際会議場で開かれた。後援は内閣府や外務、経済産業、文部科学の3省のほか、日本経済団体連合会(経団連)、日本学術振興会など15団体に及んだ。このシンポジウムは、科学技術イノベーション(STI)がSDGs達成のためにどのような形で貢献できるのか、貢献すべきか、貢献するためにはどのような課題があるのか、どのような仕組みや政策が必要か、などについて討議するのが目的だ。科学技術イノベーションは、発展途上国、先進国を問わず世界が、また日本が直面している持続可能性に関する諸課題の解決の鍵を握ると期待される一方、社会・経済格差を広げると懸念する指摘もある。シンポジウムでは、行政、学術、経済各界や経済機関、国際機関の関係者、民間非営利団体(NPO)代表らがそれぞれの取り組み事例を紹介しながら現在抱える課題や課題解決の方策などについて熱い議論を続けた。約4時間にわたる公開シンポジウムを通じ参加者は、SDGsが日本の未来のための重い課題でもあることや、企業や一般の人らにとって自分たちの問題であることの認識を深めることが大切であることなど、多くの重要課題を共有したようだ。

写真1 9月5日に国連大学で開かれた公開シンポジウム。写真はパネルディスカッションが行なわれている会場の様子

 SDGsは150カ国以上の首脳が参加した2015年の国連サミットで採択された。2030年を達成時期に設定し、世界から貧困や飢餓、さらに人や国の間の不平等をなくすことを目指し、気候変動への具体的対策やジェンダーの平等実現のための施策を求めるなど、17分野で169の達成基準を定めている。「誰ひとり取り残さない」を目標理念に掲げ、目標のすべてが実現したらどれほど素晴らしい世界がなるだろう、と思わせる理想的な行動計画だ。しかし世界の現実は、貧困や不平等の根絶にはほど遠く、紛争やテロが頻発し「一国主義」「保護主義」が台頭している。そうした厳しい現実はあっても、世界の国々が地球に生きる一人一人の尊厳を重んじるSDGsという目標を掲げて合意した意義は極めて大きい。

 ことし7月にはSDGs達成を目指す閣僚級会合が開かれた。その場では温暖化防止の国際枠組み「パリ協定」の履行を促すことなどを盛り込んだ宣言を採択。各国はあらためてこの行動計画の持つ意義を確認し、各国内で関連施策を進めることなどを共有した。日本からは当時の岸田文雄外相が出席。発展途上国の次世代育成を重視して、教育、保険、防災などの分野を中心に2017、18年度で総額10億ドル規模の支援を実施すると表明した。日本政府主催のレセプションには歌手のピコ太郎さんも参加して日本国内でSDGsの認知度を高める方針をPRした。こうした国際社会や日本政府、関係機関の努力はあっても残念ながら日本国内でSDGsに対する理解、認知が十分とは言えない。

 今回開かれた公開シンポジウムは、こうした現状に対する危機感も企画の背景にあった。「議論の場を増やし、議論を活性化し、民間を含めてより多くの人がSDGs達成のための課題解決に参画してほしい」。JSTの担当者はこうした思いからシンポジウムを企画したという。

写真1 9月5日に国連大学で開かれた公開シンポジウム。写真はパネルディスカッションが行なわれている会場の様子
写真1 9月5日に国連大学で開かれた公開シンポジウム。写真はパネルディスカッションが行なわれている会場の様子

 5日のシンポジウムは、JST「STI for SDGsタスクチーム」の倉持隆雄チームリーダーが司会を務めて午後1時半に開会した。冒頭、総合科学技術・イノベーション会議の原山優子議員はSDGsができた経緯などを解説し、「人を中核にして考え、社会の在り方と向きあうことや豊かさを実感することが重要だ」「イノベーションは経済成長と同時に包摂性(インクルーシブネス)と持続可能性を担保することが望まれている。そのために重要なのは個々の人々の行動であり、科学技術の底力であり、多様性に対する社会的許容であり、社会的結束や東日本大震災時に言われた絆だと思う」などと語った。

写真2 総合科学技術・イノベーション会議の原山優子氏
写真2 総合科学技術・イノベーション会議の原山優子氏

 外務省の鈴木秀生・地球規模課題審議官は、SDGs推進本部や実施指針など、政府の取り組みを紹介しながら「日本は人間の安全保障という考え方を過去長い間推進してきたし、多様性と包摂性の社会の出現は日本が得意とするところではないか。日本を元気にする取り組みと位置付けてSDGs達成に向けて(諸政策を)進めているし、今後も推進していく。企業に参画してもらう試みもしている」と述べた。

 文部科学省の佐野太・科学技術・学術政策局長は、国家戦略としてのSDGs実施指針で科学技術イノベーションが優先的課題として位置付けられて政府全体でSDGs問題に取り組んでいることを紹介。文部科学省内でタスクフォースを設置して議論を進めていることを強調した。また今後は「社会的・経済的課題に向けた対応として、研究開発の開始段階から課題解決を見据えた取り組みをし、企業などの関係者とともにオープンイノベーションを推進する」「発展途上国の地球規模的課題を解決するために、途上国が抱える環境エネルギーや感染症、防災、食糧などの問題について国際機関と連携する」「分野横断的取り組みとして、ライフサイエンス、環境、エネルギー、宇宙、海洋などの分野での研究開発、科学技術イノベーションを結集する」という3点を重要方針とすることを明言。またJSTとしてもSDGs実施方針の下、分野横断的なチームで課題解決に向けさまざまな努力を続けていることなども紹介した。

 JSTでこの問題を担当する大竹暁・上席フェローは「SDGsとSTIを巡る動向」と題してSDGsのポイントや最近の動向を分かりやすく解説した。この中で大竹氏は、SDGsが多様な関与者からの提案に基づいてオープンかつボトムアップのプロセスで作成されたこと、目標を世界共通の枠組みとして提示し、多様な主体の取り組みをモニタリング、評価するバックキャスト方式であること、さらに17の目標は互いに複雑に関連しており、独立しては捉えられないこと、などの特長を説明した。

 また5月に国連本部で開催され、100カ国から約700人の行政、企業、大学、NGO(非政府組織)関係者が参加したフォーラムを紹介。このフォーラムの議長がまとめた「人材育成が必須」「企業による投資とビジネスの成立が必要」「既存の課題と既存の解決策のマッチングが必要」など8つの結論を説明し、別の共同議長のカマウ国連ケニア大使が「世界で科学に多くの投資がなされた。今や科学がSDGsのような世界共通の課題に解決策を提供することを期待する」と語ったメッセージを紹介している。

 その上で大竹氏は「科学に社会の期待が集まるという点では絶好の機会だが、ここで期待に応えられないと社会からの信頼を失いかねない」「SDGsへの科学の貢献が十分でないとされる原因に、多くの科学者がSDGsのことを知らない、また地球環境問題に限られていると思う人が多い。科学コミュニティでSDGsを周知していくことが必要だ」「科学だけでは社会に到達しないので社会と接している企業、公共機関、NGOなどとの連携が不可欠だ」などと強調した。

写真3 外務省・地球規模課題審議官の鈴木秀生氏
写真3 外務省・地球規模課題審議官の鈴木秀生氏
写真4文部科学省・科学技術・学術政策局長の佐野太氏
写真4 文部科学省・科学技術・学術政策局長の佐野太氏
写真5 JST上席フェローの大竹暁氏
写真5 JST上席フェローの大竹暁氏

 この後、各界の取り組みの紹介があった。

 学術界を代表して東京大学の五神真総長が登壇。まず『未来の人類社会づくりに貢献する「知の協創の世界拠点」の形成』と題して大学としての取り組みを紹介した。五神氏は「日本が人口減少を初めて迎える中でどういう形でよりよい未来に向かうべきかを考えなければならない。(私の任期の)6年間のアクションを考える中で大学はどう貢献できるかをまとめていこうと思っている」とし、大学として取り組む「東京大学が社会変革を駆動する仕組み」を説明した。この中で五神氏は「ここ1、2年加速度的、指数関数的に情報量が増えて、ICTの発達で人と人とのつながり方が大きく変わった。便利になった面もあるが、資本主義、民主主義が追いついていかない面がある。大きな変化にスピーディに対応しなければならないが、変化量は大きく長期の時間スケール(で考えること)も忘れてはいけない」「資本主義や民主主義を新たにチューニングすることが求められている。故宇沢弘文博士らの社会的共通資本の考え方などにも通じるが、SDGsは経済的な活動とリンクする、させることができる点が重要だ」などと述べた。

 五神氏は、東京大学のアクションがSDGs推進のための産官学同時改革の駆動起点になることを目標にしていると、し、特に産業界との具体的な連携や迅速なアクションの重要性を強調している。

写真6 東京大学総長の五神真氏
写真6 東京大学総長の五神真氏

 経団連の山西健一郎副会長は経済界を代表して登壇した。山西氏は新たな成長戦略としての「Socity5.0」の実現に向けた経団連の行動計画を紹介した。この中で山西氏は行動計画で定める「人口減をものともしないスマートな社会」「高齢者や女性等、あらゆる個人が活躍できる社会」「サイバー・フィジカルいずれも安全・安心な社会」「都市と地方がつながり、あらゆる場所で快適に暮らせる社会」「環境と経済が両立する持続可能な社会」といった国内の重要課題を解決することがSDGsの目標につながる、とした。最後に、こうした課題解決のためには省庁、法制度、技術、人材、社会受容それぞれの壁だけでなく、産業界自身の壁をなくすことも極めて重要であると力説。そのためには業種、業界を超えた企業間の協調や大学、研究開発法人との共創、ベンチャー企業との協調、共創が大切である、としている。

写真7 経団連副会長の山西健一郎氏
写真7 経団連副会長の山西健一郎氏

 研究機関を代表して報告したのは産業技術総合研究所(産総研)の中鉢良治理事長。中鉢氏は「今日(こんにち)の起点は産業革命にあった。産業革命はイギリスが『資本』『資源』『技術』の三つを上手に組み合わせてつくったビジネスモデルだった。このビジネスモデルがやがてベルギー、オランダ、フランスそしてアメリカに輸出されてアメリカでは植民地政策が始まった。このビジネスモデルで世界の発展、経済発展が始まった」と語り始めた。

 そして経済発展の結果として今日的な問題を抱えている現状に触れ「以前企業経営に携わっていた者として白状するが、イノベーションは利潤追求のためにあった。個人や企業の戦いや競争、国家間の競争に勝つための手段としてイノベーションは位置付けられてきた。格差の問題が生じているが格差はイノベーションに本質的に内在するものだった」と指摘した。その上で「資本と資源と技術によるビジネスモデルは資源が枯渇することで破綻する。よく『地球に優しく』と言うが、マラリアが広がろうが、公害、飢餓があろうが、ミサイルが飛ぼうが、炭酸ガスが増えようが地球はびくともしない。困るのは人間で、自分が困ると言わずに地球が危ないと言ったから危機感が共有できない」と強調し、地球規模の問題に対する基本的な姿勢の在り方に言及している。

 中鉢氏はSDGsに関する産総研の取り組みに関して「低炭素社会の実現」「資源循環型社会に資する」「自然をきちんと確保して持続していく自然共生」の三つの方針を定めていると紹介し、「この三つを基に『COMMON GOODS=共通善』としてその共通善を皆で共有していくことが必要だ」と結んだ。

写真8 産総研理事長の中鉢良治氏
写真8 産総研理事長の中鉢良治氏

 取り組み紹介の最後は国連広報センター所長の根本かおるさん。根本さんは国内外のさまざまな場でSDGsの認知度や問題意識を高める活動をしている。根本さんは「SDGsは私たちの暮らしや権利を360度から捉えて引っ張っていくマスタープランでこうしたプランは初めてだ。どの国も企業もSDGsという共通の言語、共通の物差しで評価される。SDGsを使いこなさないと将来生き残っていけない。そういうものだ」「SDGsには12兆ドルの経済効果と4億人の雇用効果がある。企業にとってもSDGsを経営の根幹に取り入れ推進することが大きなビジネスチャンスになる」「スローガンの『誰ひとり取り残さない』は日本が進めてきた人間の安全保障の考え方に通じ、自然との共生を前提にしている。日本の自然観、価値観とも深い関係がある」と指摘。「SDGsはさまざまな日本国内の課題を解決する上で上手に使っていける」と述べている。

写真9 国連広報センター所長の根本かおるさん
写真9 国連広報センター所長の根本かおるさん

 根本さんはさらに 「教育の現場に盛り込むこと、一般の人の認知度を高めて一般の人がそれぞれの持ち場で活用することが重要で、こうして進める『オールプラネット』『オールジャパン』の運動がなければSDGsは達成できない」「(今のまま進むと)『取り残される』のは若者で、さまざまな問題のしわ寄せの犠牲になるのは若者だ」。根本さんは、ノーベル平和賞受賞者で世界の子どもの惨状に対する各国のリーダーや大人の責任を問うマララ・ユスフザイさんの国連での名スピーチの動画を紹介しながらSDGsの意義を強く訴えた。

 最後に「日本の現状は胸を張れるものではない」と指摘し、「科学技術界の皆さんにはSDGs目標相互の相関関係を明らかにして効率的に推進する研究をしてほしい」「SDGsの敷居を下げて発信して一般の人に関心を持ってもらうことが大事だ」などと述べた。根本さんらはお笑い芸人の人たちの協力を得て地域で普及活動している。

 この後、午後3時半ごろから約1時間半にわたりパネルディスカッションが行なわれた。

 パネリストは産業競争力懇談会(COCN)実行委員の小豆畑茂氏、日本工学アカデミー・SDGsプロジェクトリーダーの武田晴夫氏、国連大学上級副学長の沖大幹氏、日本学術会議副会長の井野瀬久美惠氏(甲南大学教授)、SDGs市民社会ネットワーク代表理事の稲葉雅起氏。コメンテーターは日本学術会議若手アカデミー副代表の狩野光伸氏と慶應義塾大学大学院修士学生の和田恵さんが、また進行役のモデレーターはジャパン・イノベーション・ネットワーク(JIN)シニアマネージャーの小原愛氏が務めた。

写真10 熱い討議が行なわれたパネルディスカッションの様子
写真10 熱い討議が行なわれたパネルディスカッションの様子
写真11 パネルディスカッションで若手を代表して慶應義塾大学大学院修士学生の和田恵さんも発言した
写真11 パネルディスカッションで若手を代表して慶應義塾大学大学院修士学生の和田恵さんも発言した

 国連大学の沖氏はまず、5月に行なわれた、科学技術がSDGsにどう貢献するかを考える国連フォーラムの議論を紹介した。この中で「モニタリングのための統計データの収集や管理提供、科学的証拠に基づいた政策立案が重要だ」と指摘。時にSDGsの優先順位について議論したり、ある目標への行動が別の行動にネガティブな影響を与えることを研究する必要もある、と述べた。

 次に日本工学アカデミーの武田氏はSDGsに関する7つのゴールを説明し、産業界包摂のための経済指標や国際ルールの形成、新たな産学官連携や新しい国際連携、人材育成の実現に向けて努力している活動を紹介した。武田氏は特に国際標準となる国際ルールづくりとルールづくりに貢献できる人材の育成の重要性を強調している。

 日本学術会議は「科学と社会委員会」の下に分科会を設置してこれまでSDGsの問題に取り組んできた。井野瀬氏は現在の23期から10月から始まる次期24期への申し送り事項(プラットフォーム)として、学術会議の中でもSDGsとの関連が薄いと考えられてきた分野や若手アカデミーも巻き込んだ議論を行なうこと、学術会議の特徴である俯瞰(ふかん)的視点を重視すること、さらに学術会議以外の国内外の動きや議論の在り方について情報を集め、フィードバックすることなどを実施予定であることを紹介。「特に若い人たちをどう巻き込むか知恵を絞りたい」と語った。

 井野瀬氏はその上で「科学者や学者の世界ではまだ、SDGsのことは知らない、あるいは知っていても自分とは関係ない、自分の研究とは関係ないと思っている人が多い」とし、「そこのところの意識をどう変えるかがプラットフォームの大きな役割だ」「SDGsと関わることは学術界がどう自分たちを批判的に見直ししていくかという双方向性の問題でもある」などと問題提起している。

 産業競争力懇談会の小豆畑茂氏は、産業力を強化する組織の活動は104のテーマにわたり、それらは「資源・エネルギー・環境」「レジエントな社会」「超高齢化社会」などSDGsと関連するテーマが多いことを紹介した。

 SDGs市民社会ネットワーク代表理事の稲葉雅起氏は、自分たちの組織は国際協力に関わるNGOと国内のさまざまな課題に関わるNPOが連携してSDGs達成のためにできた約80の団体で構成されるプラットホームであることを紹介した。市民社会がSDGsにどう関わるかについて「市民社会はチェンジメーカー(変革主体)としての役割を果たすことが最大の使命」と指摘。「変革とは、方向性が定まっていないものついて市民社会の立場から方向性を提示し、取り残された問題や注目されていない問題について注意喚起し方向性を提示することだ」と定義した。「みなさんは『誰も取り残さない』というSDGsのスローガンは絵空事と思っていませんか」と会場に問いかけた上で「市民社会としては本気で『誰も取り残さない』SDGsをどうやってつくるか、をつかんでいかなければならない」と強調した。また、2012年から取り組んできた活動内容を説明し、政府のSDGs推進本部を含めた国内体制整備に尽力してきた実績などについても語った。

 進行役の小原氏も自ら関わるJINがイノベーションを継続的に起こす人材育成と経営の方法論を検討し、提言する実行部隊として発足した経緯を説明した。社会課題を解決するソリューションを提供するプラットフォームを世界のイノベーションコミュニティと日本を連結して実現することを目指している活動などを紹介。SDGsはなぜイノベーションの機会になるかについて、「SDGsはバックキャストを行なうためのハイ・インパクトの未来像を示す全世界の合意事項であり、SDGsは世界が注目している潜在マーケットであるからだ」と述べた。

 パネルディスカッションの後半は自由討議に移った。井野瀬氏は「研究者の評価がSDGsに関わることに対する評価と有機的に結びついていないことが課題だ」と発言した。

 また稲葉氏は「イノベーションをどう推進するか、の連携はかなりできていたり、市民社会は『取り残された人々』と協働していきたいということがあるが、どのセクターと仕事をするかを考えると、イノベーションの主体とイノベーションに付いていかなければならない人たち、あるいは現世代と次世代、こういう人たちの間をどういう形でどう埋めるかが大事な問題だ。それはイノベーションが格差拡大の半分の要因をなしているからだ。イノベーションはそれだけではSDGsに反する存在であると認識しなければならない。その上でこうした二つのセクター間でどういう形で埋め合わせできるか、イノベーションの中に格差拡大をしない方向性をどう入れるか、ここがないといけない。貧困のない、持続可能な世界をどうつくるか、という観点からダイナミックなパートナーシップが重要だ」などと問題提起している。その上でSDGsを評価する基本原則として「貧困・格差や失業を拡大しないか、再生不能資源やエネルギーの消費を拡大しないか、特定のジェンダー、地域、コミュニティに対する暴力、差別、抑圧しないか、責任ある透明な形で情報を公開し、民主的なコントロールの下に置かれているか」の四つを提案した。

 コメンテーターの狩野氏は、医師としての経験や日本学術会議若手アカデミーの活動、席を置く岡山大学などでの活動を紹介しながら、「気が付かないでSDGsに関わっている高校生や学生らも巻き込んでいき活動していくことも大切という話をしている」「東京、地方を問わず、また世代を問わず主役感を持てる場をどうつくるか問うこと、今困っていることに対してどう最適化して分類できるか問い直すことが大切だ」などと語った。

 パネリストの中でも「本当の若手」と小原氏に紹介された和田さんは大学院でSDGsの研究をしている。和田さんは「2030年のためにこうした場に集まる皆さんは皆若い」と語り始め、大学キャンパスのトイレなど多くの場所にSDGsの各目標のステッカーを貼る活動をした結果、キャンパス内の認知度は2割から8割に上がったことなどを紹介。「(17の)目標だけでなく169の課題ごとの指標で評価する仕組みに目を向けることが重要ではないか」などと述べた。

 フロアで議論を聞いていた岸輝雄・外務大臣科学技術顧問は「SDGsは美しすぎるというか誰も批判できないものなので喧々諤々(けんけんがくがく)の議論が出てこない。そのため、世の中ではあまり面白くなく認知も低く広がらないという面がある。国民的にどう認知してもらうか大きな課題だ」「イノベーションは前向きな感じだがインクルーシブ(包摂性)はどうしても地味で前を向くという感じになっているかと心配でもある」などと問題提起を含めてコメントした。

写真12 外務大臣科学技術顧問の岸輝雄氏
写真12 外務大臣科学技術顧問の岸輝雄氏
写真13 JST理事長の濵口道成氏
写真13 JST理事長の濵口道成氏

 最後にJSTの濵口道成理事長が閉会あいさつのために登壇した。濵口理事長はまず「先進国の日本はSDGsでもトップを走っていると思うかもしれないが、ドイツのある機関によると、OECD(経済協力開発機構)国の中でも17位か18位(と低い)。なぜ評価が低いかというと貧困とジェンダーの問題がある。この二つは今の日本社会で連携して起きている」と指摘。年収が低いシングルマザーなど若い女性を中心に貧困層が広がっており、貧困の影響が子どもに及ぶ「貧困の連鎖」の問題があると指摘した。この発言は、貧困の問題は発展途上国の問題ととらえられがちな傾向に対する問題提起とも言える。

 濵口理事長はまた、人工知能(AI)の普及により、20年以内に日本の勤労人口の49%が職を失うとする日米民間機関共同の分析結果を紹介。この数字がイギリスなどより目立って高い点に触れ、「日本はAIにぜい弱な社会構造になっていると指摘されているがそれに対する議論が足りない」「日本は社会が持続可能な形になっていないことに社会がほとんど気付いていない」と強調した。

 濵口理事長はさらに、日本特有の「サイロ社会」「縦割り社会」に触れ、SDGs達成に当たっては産学官がそれぞれの垣根を越えてさまざまな形でネットワーク化することの重要性を指摘した。そして最後に著しい少子高齢化が進む日本の今後について「これから日本は明治、戦後に続いて三度目の激動期に入る。日本が変わるためには若手が活動しなくてならない。そのためには古い世代が若手に権限委譲できるかにかかっている」と結んだ。SDGsは日本のまさに足元の喫緊の課題であることを強く訴えていた。

(サイエンスポータル編集長・内城喜貴、写真はサイエンスポータル編集部・腰高直樹)

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