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国内最大のバイオメディカルクラスター、神戸医療産業都市の一角を占める理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター(理研CDB)。ここ数年、ヒト多能性幹細胞の研究支援でも知られるようになった理研CDBに所属する3人の研究者が、「生命とは何か」という抽象的な問いから、さまざまな「時間」について分野横断的なクロストークを試みている。
鼎談(ていだん)者のひとりである倉谷滋氏(形態進化研究グループ)は、本書のあとがきの中で次のように述べている。「時間と情報。ううむ、参った、困った、専門外だ。しかし、他ならぬ西川さん(副センター長の西川伸一氏(幹細胞研究グループ))に誘われては受けないわけにもゆかない」と。同じ理研CDBの中にいる研究者同士といえども、これだけ専門分野に特化した生命科学の分野においては、それぞれがお互いに異分野で専門外なのだ。
倉谷氏にしてみれば、上田泰己氏(システムバイオロジー研究プロジェクト)の専門分野である、生命の概日時計に話題を持っていかれてはクロストークからひとり取り残されてしまうと思ったのだろう。まして、上田氏はテレビや講演会などへの引き合いも多く、研究者のみならず非研究者に対しても話し慣れている。倉谷氏が「対談は苦手、制御不能で予測不能な話では、人徳まで疑われかねない」とおびえたというのは、彼自身が話し慣れしていないことと同時に、発生生物学の領域をsolidな(堅い)サイエンスと捉えていたことの裏返しなのかも知れない。
倉谷氏の気苦労とは裏腹に、科学雑誌の編集長を務めたことのある司会者が鼎談のファシリテータとして拡散しがちな話をうまくつなげて収束することに成功しているように見える。倉谷、上田両氏自ら「読んで面白いと感じられる出来に仕上がっている」という意見を持ったことに対して、私自身も同意する。おそらく、実際に行われた鼎談を音声起こししたテキストを基にしながらも、相当手を加えて書籍化されたものと推察されるが、基となる鼎談の中身自体が面白くなければ、編集でいくらリライトしても面白い本に仕上がるとは思えない。有り体に、各研究グループ、チームにそれぞれの研究内容を書き下して本にするのも悪くはないが、むしろ研究の面白さを引き出し、当該分野の研究に直接関与しない読者層の琴線に触れるためには、研究者同士で異分野クロストークさせるのが一番ではないかと思わせる一冊と言える。