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日本もコロナ禍からの「緑の復興」(グリーンリカバリー)を

2020.08.06

松下和夫 氏 / 京都大学名誉教授・地球環境戦略研究機関(IGES)シニアフェロー

松下和夫 氏
松下和夫 氏

コロナ禍から見えてきたもの

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によって多くの人命と健康が奪われ、世界大恐慌以来ともいわれるほどの深刻な打撃を経済に与えている。その結果私たちの生活は大きく変わってしまった。感染者は世界で1800万人を、死者は69万人をそれぞれ超えており、感染収束の兆しは見られない(2020年8月4日現在)。

 私たちの健康と安全な生活は健全な地球環境があってはじめて成り立っている。ところが、気候危機や森林減少によって生態系が破壊され、それが経済活動のグローバリゼーションによって加速されてきた。未知のウイルスの発生やまん延など、感染症リスクの高まりの背景にはこのような事情が指摘されている。国連環境計画(UNEP)は「4カ月ごとに新しい感染症が発生し、そのうち75パーセントが動物由来である。動物から人へ伝播する感染症は森林破壊、集約農業、違法動物取引、気候変動などに起因する。これらの要因が解決されなければ、新たな感染症は引き続き発生し続ける」と発表している。(注1)

 新型コロナウイルス禍(コロナ禍)は、自然喪失と人間生存の危機であり、こうした危機に対して社会と政府が適切に対応する準備ができていなかったことも露呈した。そしてそれらの危機が社会の不平等と格差によって増幅されている。

 コロナ禍に伴う危機(コロナ危機)は、科学の知見に基づき正確にリスクを把握し、それに備えることの重要性を示した。ところが新型コロナウイルスそのものについては、まだまだ科学的に未知なことも多い。

 他方、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)に代表される気候科学が伝えるところによれば、気候変動がもたらす被害は、コロナ危機の被害よりはるかに甚大かつ長期に及ぶ(注2)という。2つの危機を単純に比較してはいけないが、気候変動による被害を防ぐために今回の危機から学び、脱炭素でレジリアントな社会(自然災害などに対して回復力や抵抗力のある社会)への早期移行が必要だ。

 人類がコロナ禍にどう対峙するかは今の世界の重要課題だが、気候変動問題への取り組みが後回しにされることが危惧される。しかし、新型コロナウイルス感染症と気候変動問題はいずれも人類の生存に関わり、国際社会が協調して取り組むべき極めて重要な問題なのである。そして長期的視点からパンデミックが起こりにくく、気候変動の危機を回避できるような経済や社会のあり方を模索する必要がある。

世界の新型コロナ感染症の感染者の増加を示すグラフ。拡大の一途を示している(米ジョンズ・ホプキンズ大学提供)
世界の新型コロナ感染症の感染者の増加を示すグラフ。拡大の一途を示している(米ジョンズ・ホプキンズ大学提供)

新型コロナウイルス対策による経済活動と環境への影響

 新型コロナウイルス対策として各国で都市のロックダウンなど経済活動と人の移動を制約する措置が導入された。その結果、短期的には大気汚染物質や温室効果ガスの排出量が減少した。しかし、そのような環境改善は一時的で、パンデミック収束後に経済活動が元に戻ると、汚染物質や温室効果ガスの排出もリバウンドすることが過去の経験から明らかとなっている。過去の世界経済危機(第1次・第2次オイルショック、ソ連邦崩壊、アジア金融危機、リーマンショック)後に温室効果ガス排出量が減少したが、その後すぐに戻っている。

 気候変動の原因となる二酸化炭素(CO2)の中国の排出量をみると、本年2月初めから3月中旬の武漢のロックダウン中は昨年比25パーセント減少となっていた。ところが、5月には5パーセント増加となり、すでにリバウンドが起きている。(注3)石炭火力発電所の再稼働、セメントや鉄鋼などの炭素集約型産業の復活などの要因が指摘されている。

中国のCO2排出量:昨年と比べ2月はじめから3月中旬(ロックダウン中)は25パーセント減少、ところが5月は昨年比5パーセント増加した(英国カーボン・ブリーフ提供)
中国のCO2排出量:昨年と比べ2月はじめから3月中旬(ロックダウン中)は25パーセント減少、ところが5月は昨年比5パーセント増加した(英国カーボン・ブリーフ提供)

 新型コロナウイルス感染症の対策により在宅勤務、時差通勤、遠隔会議などが広がった。これらの変化は、環境負荷の少ない経済活動・ライフスタイル・ワークスタイルにつながる。また、一部の都市では自転車利用の拡大が進み、自転車道整備の機運が高まっている。さらに農産物などの食料をできるだけを地域の生産者と連携して地産地消と地域自立を目指す動きも広がっている。

「緑の復興」を求める世界の動き

 感染拡大が広がる中で、世界的にCO2排出量などが減少し、大気汚染も改善した。これを一時的現象で終わらせず、以前よりも持続可能で健全な経済につくり変えようという議論が世界的に広がっている。「グリーンリカバリー(緑の復興)」や「ビルドバック・ベター(より良い復興)」などと呼ばれるものである。

 現在、各国政府はコロナ危機からの回復に向け、所得補償や休業補償などの緊急対応策の実施と並行し、中長期的な経済対策の検討を進めている。コロナ禍不況から回復を目指す経済対策規模は過去最大級で、各国の今後の社会構造に大きく影響を与える。そのため経済復興策の内容が極めて重要となる。国連事務総長やグローバル企業のCEOなど各界リーダーは、「目指すべきは原状回復ではなく、より強靱で持続可能な“より良い状態”への回復である」と訴え、経済対策を脱炭素社会の実現に向けた契機とすべきと提言している。(注4)

 国際エネルギー機関(IEA)の事務局長は、3月に行った演説でコロナ危機からの復興の中心にクリーンエネルギーの拡充と移行を置くことが「歴史的な機会」であると述べ、7月には「クリーンエネルギーへの移行に関するサミット」(IEA Clean Energy Transitions Summit(注5)) を開催した。

 欧州連合(EU)はコロナ禍による景気後退にもかかわらず、「欧州グリーン・ディール」(注6)を堅持し、着実に推進することを明らかにしている。欧州グリーン・ディールとは、経済や生産・消費活動を地球と調和させ、人々のために機能させることで、温室効果ガス排出量の削減に努める一方、雇用創出とイノベーションを促進する成長戦略で、その実施のために1兆ユーロ(約120兆円)規模の持続可能な欧州投資計画を策定している。

欧州グリーン・ディール:主要施策と実施予定(Roadmap文書より筆者作成)
欧州グリーン・ディール:主要施策と実施予定(Roadmap文書より筆者作成)

 韓国与党は、2020年4月の総選挙で韓国版グリーンニューディール、アジアで最初の炭素中立、石炭火力からの撤退などをマニフェストで掲げて勝利した。

 米国では11月に大統領選挙が予定されている。米メディアによると、民主党バイデン候補は地球温暖化対策とインフラ投資に4年間で2兆ドルを投じる政策案を発表し、2035年までに電力部門からの温室効果ガス排出量をゼロに抑えるほか、交通網などインフラの刷新、電気自動車の普及促進などを掲げている。

 こうしたグリーンリカバリーを求める声の高まりに対して、各国は実際にどのような対応を取っているのだろうか。

 地球環境戦略研究機関(IGES)や持続可能な発展研究所(IISD)などにより、コロナ禍からの経済復興策をグリーンリカバリーの観点から各国のエネルギー関連支出を検証する「Energy Policy Tracker(注7)が7月15日に発足した。G20(先進国に新興国を加えた20カ国・地域)諸国に焦点を当てた最初の公表資料によると、グリーンリカバリーの掛け声にもかかわらず、G20諸国は合計で少なくとも1510億ドルを化石燃料の支援に費やしているのに対し、クリーンエネルギーへの支出は890億ドルにとどまっている。

グリーンな復興策とは

 本来気候変動対策は、持続可能なエネルギーへの転換、エネルギー・資源効率の改善、物的消費に依存しないライフスタイルへの転換など、より質の高い暮らしにつながり、人々の幸福に貢献する経済システムへの転換を目指すものだ。気候変動対策としての財政出動は、持続可能なインフラ整備や新技術開発など将来への投資と捉えられ、より大きな経済的リターンが期待できる。

 しかしコロナ禍からの復興策が、化石燃料集約型産業や航空業界への支援、建設事業の拡大などの従来型経済刺激策にとどまるならば、短期的経済回復は図られても、長期的な脱炭素社会への転換や構造変化は望めない。したがって新型コロナウイルス感染症による経済不況からの脱却を意図した長期的経済復興策は、同時に脱炭素社会への移行と転換、そしてSDGs(国連の持続可能な開発目標)の実現に寄与するものでなくてはならない。

SDGsの17のゴール(国連広報センター提供)
SDGsの17のゴール(国連広報センター提供)

 そして、それはお金と資源、人材を地域で循環させ、地域分散型で自立かつ安定した暮らしを実現することを目指すものであるべきだ。これには「地産地消」、地域自立分散型再生可能エネルギーインフラへの投資(送配電網の整備、EVステーションの整備など)も含まれる。加速する経済のグローバル化については、パンデミックを防ぎ、気候変動などの持続可能性への脅威を軽減し、地域社会や世界の耐性(レジリアンス)を高める観点からの見直しと一定の歯止めも必要になるだろう。

 今こそ、グリーンリカバリーの前提として国としての気候変動対策の方向性を明確に示す必要がある。日本政府はパリ協定に基づく温室効果ガス削減目標の強化(2030年までに40〜45パーセント削減、2050年までに炭素中立)、国内での石炭火力新設中止、海外の石炭火力に対する公的資金による支援の停止、再生可能エネルギー普及の加速を行うべきと考える。

 経済全体としてもCO2の排出削減を最も対費用効果的に可能とする本格的カーボンプライシング(炭素の価格付け:本格的炭素税など)の導入が望まれる。脱炭素社会 への目標達成に向け、段階的に炭素価格が上昇することにより、技術革新や低炭素インフラの開発が促進され、ゼロ炭素ないし低炭素の財やサービスへの移行が早まる。

 日本で導入している炭素税は、CO2排出量1トン当たりの税額が289円だ。炭素税を導入している他国と比べ著しく低く、CO2排出抑制に効果を上げていない。英国のニコラス・スターン卿と米国コロンビア大学のスティグリッツ教授が共同議長を務める「炭素価格ハイレベル委員会」の報告書(注8) は、「パリ協定の気温目標に一致する明示的な炭素価格の水準は、2020年までに少なくともCO2排出量1トン当たり40〜80ドル、2030年までに同50〜100ドルである」としている。日本の炭素税を現在の10倍以上の規模に引き上げ、それに伴う税収はコロナ禍対策の財源や社会保障費低減、低所得層に対する所得給付、 さらにエネルギー転換への投資などに用いるべきだろう。また、化石燃料への補助金や減税などの化石燃料優遇策をやめることにより、省エネルギーと再生可能エネルギーへの移行がさらに促進されるだろう。

おわりに

 コロナ禍から教訓をくみ取り、脱炭素で持続可能な社会への速やかな移行を進めることが日本や世界が目指すべき方向である。こうした移行は、 経済、社会、技術、制度、ライフスタイルを含む社会システム全体を、炭素中立で持続可能なかたちに転換することを意味する。そしてそれは、民主主義的でオープンなプロセスを経て着実に進められなければならない。

 この観点から示唆に富む取り組みが欧州で進められている。2019年10月からフランスで、2020年1月からは英国で、国レベルで脱炭素移行に向けた市民参加の熟議が行われた。無作為抽出のくじ引きで選ばれたそれぞれ150人、108人の市民が、専門家から知識を吸収しながら熟議を続け、それぞれ8カ月、4カ月に及ぶ討議を続けた。フランスで6月21日にまとめられた政策提言はマクロン大統領に提出され公表された。6月29日には大統領が提言を受けの基本姿勢を表明、その実現に向けた道筋を示した。一方英国では、6月23日に中間報告がジョンソン首相に提出された。最終報告書のとりまとめと公表は9月の予定だ。(注9)

 一方、日本のエネルギー・環境政策決定プロセスは、国民参加や情報公開が不十分なまま、行政サイドと一部の産業界主導で政策や予算が決定されている。決定内容は国民に一方的に伝えられる傾向が強い。このような政策決定プロセスを構造的に改革し、脱炭素で持続可能な社会へと移行することが何より求められている。

世界中で猛威をふるう新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の電子顕微鏡画像(米国立アレルギー感染症研究所(NIAID)提供)
世界中で猛威をふるう新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の電子顕微鏡画像(米国立アレルギー感染症研究所(NIAID)提供)

(注)

  1. https://www.unenvironment.org/news-and-stories/story/six-nature-facts-related-coronaviruses
  2. IPCC1.5度特別報告書など
  3. https://www.carbonbrief.org/analysis-chinas-co2-emissions-surged-past-pre-coronavirus-levels-in-may
  4. 国際マザーアース・デーに寄せるアントニオ・グテーレス国連事務総長ビデオ・メッセージ(ニューヨーク、2020年4月22日)
  5. https://www.iea.org/news/chair-s-summary-for-iea-clean-energy-transitions-summit
  6. https://ec.europa.eu/info/strategy/priorities-2019-2024/european-green-deal_en
  7. https://www.energypolicytracker.org/
  8. World Bank Group, “Report of the High-Level Commission on Carbon Prices,” May 2017
  9. 詳細な紹介は、環境政策対話研究所、「フランス及び英国の気候市民会議の最新動向」(2020年7月8日)

松下和夫 氏

松下和夫(まつした かずお)氏のプロフィール
京都大学名誉教授、(公財)地球環境戦略研究機関(IGES)シニアフェロー、「T20気候変動・環境タスクフォース」共同議長、国際アジア共同体学会理事長、日本GNH学会会長、国際協力機構(JICA)環境ガイドライン異議申立審査役。1972年に環境庁入庁後、大気規制課長、環境保全対策課長等を歴任。OECD環境局、国連地球サミット(UNCED)事務局(上級環境計画官)勤務。2001年から13年まで京都大学大学院地球環境学堂教授(地球環境政策論)。環境行政、特に地球環境・国際協力に長く関わり、国連気候変動枠組み条約や京都議定書の交渉に参画。持続可能な発展論、環境ガバナンス論、気候変動政策・生物多様性政策・地域環境政策などを研究。主要著書に、「東アジア連携の道をひらく:脱炭素・エネルギー・食料」(2017年)、「自分が変わった方がお得という考え方」(15年)、「地球環境学への旅」(11年)、「環境政策学のすすめ」(07年)、「環境ガバナンス論」(07年)、「環境ガバナンス」(市民、企業、自治体、政府の役割)(02年)、「環境政治入門」(2000年)、監訳にR.E.ソーニア/R.A.メガンツク編、「グローバル環境ガバナンス事典」(18年)、ロバート・ワトソン「環境と開発への提言」(15年)、レスター・R・ブラウン「地球白書」など。(個人ホームページ URL:http://48peacepine.wixsite.com/matsushitakazuo

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