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「なんちゃってセメスター制」(日比谷潤子 氏 / 国際基督教大学 学長)

2012.04.05

日比谷潤子 氏 / 国際基督教大学 学長

国際基督教大学 学長 日比谷潤子 氏
日比谷潤子 氏

 3月はじめ、筆者は、ある大学関係者の集まる会合に出席した。話題は、専ら秋入学。どの大学も、東京大学が公表した「将来の入学時期の在り方について-よりグローバルに、よりタフに-(中間まとめ)」を受けて、議論百出のようである。

 長年にわたり秋入学を実施してきた国際基督教大学(ICU)への関心も高く、(1)1955年9月に第1回の9月入学式を行ったこと(開学は1953年4月)、(2)1960年に9月入学書類選考が制度化されたこと、(3)この制度は、日本以外の教育制度の下で高校最終学年を含み継続して2年以上教育を受け、当該教育制度で大学進学の資格(SAT、IB、DAADなど)を取得もしくは取得見込み、かつ、十分な英語能力(TOEFLなどで判定)を有する者を対象としていること、(4)合否は、出願書類(入学願書、志望動機、小論文、高校の成績証明書、学力証明試験結果、英語能力証明、推薦状)を基に、志願者の能力・適性を総合的に判断して決定すること-などをひとしきり説明した。

 東京大学の「中間まとめ」を読むと、秋入学導入の狙いは大学の国際化にあるようである。9月入学制度によりICUに入る留学生・帰国生・国内外のインターナショナルスクール出身者は、同じく9月から原則として1年間受け入れている海外協定校からの交換留学生とともに、本学がその使命の1つに掲げる国際性の進展に大きく寄与してきた。秋に入学可能な体制を整えることは、確かに日本以外の教育制度で学んできた学生の受け入れを促進する。秋入学は国際化の特効薬なのだろうか。ことは、それほど単純ではない。

 私は1983年から米国ペンシルベニア大学大学院の博士課程に在籍していたが、3年目にTeaching Fellowとして学部のコースを一部担当するようになった。そこで驚くと同時に感心したのは、全ての科目が学期ごとに完結し、かつ1つのコースが1週間に複数回開講されることである。学位取得後、日本に戻ってきて教え始めたところ、ほぼ全ての科目は、私の学部在籍時(1970年代後半)と変わらず、通年開講。当時、学会などに行くと、プログラム終了後、米国から帰国して間もない若手教員が集まって夜の町に繰り出しては、このような授業形態の非効率性を嘆いたものである。

 最近は日本でも、セメスター制(1学年複数学期制の授業形態。一つの授業を学期=セメスター=ごとに完結させる制度)を採用する大学が増えてきた。「毎週毎週、復習に手間取って、ちっとも進みゃしない」、「祝日や行事が入ったら、振り出しに戻るに決まってるじゃないか」などと、杯を重ねながら延々とくだを巻いていたころを思うと、隔世の感がある。しかしながら、よくよく話を聞いてみると、これまで通年で開講していたものを2つに分け、前期分を「○○○○○Ⅰ」、後期分を「○○○○○Ⅱ」としただけというケースも少なくない。冒頭で触れた会合に参加していた某氏によれば、このような開講形態は、「なんちゃってセメスター制」と呼ばれているそうだ。

 この会合の約10日後、私は地域科学研究会高等教育情報センターが主催した「単位制度の実質化と教育・履修システムの進化」と題するセミナーで、ICUの学期制度、科目番号、時間割などについて報告した。本学は1時限70分で、原則として、3単位科目は週に3コマ、2単位科目は週に2コマ、授業を行っている。時間割には、横組み時間帯型(例:月曜・水曜・金曜の1限)と縦組み連続型(例:木曜の5-6-7限)があり、後者の枠には、演習・実験を含む科目、非常勤講師担当科目、その他科目の性質上縦組みが妥当と判断される科目を配置する。

 これらの他に、3単位科目用の枠には、中級以上の専攻科目といった一定の条件の下で、105分の授業を週に2回(70分×3回=105分×2回=210分)行う型もある。個々のコースの授業が週に2回または3回あり、春・秋・冬各学期に受講できる単位数に上限が設けられているため、毎学期、学生が登録するのは、4-5科目。参考文献をじっくり読んで予習し、ディスカッションペーパー、グループプロジェクトなどさまざまな課題に取り組むことにより、これらの科目を、集中的に学ぶことになる。

 上記のセミナーには国公私合わせて50近い大学の教職員が参加していた。私の報告後、質疑応答の時間に主催者が、同一コースの授業を週複数回行っている大学がどのぐらいあるか、全体に問いかけたところ、手が挙がったのは、1校(本学同様、リベラルアーツ系の学部を擁する大学)のみ。学期完結型のセメスター制を採用し、週に複数回開講している大学がないわけではないので、たまたまこの日の参加大学が偏っていただけかもしれないが、正直なところ、いささか驚いた。

 大学の国際化に関する議論では、留学生(送り出し・受け入れとも)の数、英語による科目の開講状況、英語のみで学位取得可能なプログラムの有無、といった項目が、話題に上ることが多い。しかしながら、まず着手すべきは、授業の在り方の再検討、いわゆる単位制度の実質化を着実に実現する方式の構築ではないだろうか。

 21世紀の世界を「よりグローバルに、よりタフに」生きようとする人々にまず求められるのは、自ら問題を発見し、その解決のために分野の境界を超えて生涯学び続ける姿勢であろう。日本の大学が、今、真摯(しんし)に取り組むべきは、このような資質を備えた人々を育成する教育課程を編成することのように思われる。

国際基督教大学 学長 日比谷潤子 氏
日比谷潤子 氏
(ひびや じゅんこ)

日比谷潤子(ひびや じゅんこ)氏のプロフィール
聖心女子学院高等科卒。1980年上智大学外国語学部フランス語学科卒、82年上智大学外国語学研究科言語学専攻博士前期課程修了、88年ペンシルベニア大学大学院言語学科博士課程修了、 慶應義塾大学国際センター助教授を経て、2002年国際基督教大学語学科準教授、04年同教授、日本語教育課程主任、05年語学科長、06年教学改革本部長、08年学務副学長、2012年から現職。94年ダートマス大学アジア研究プログラム訪問準教授、04年コロンビア大学東アジア言語・文明学科訪問教授も。専門は言語学。著書に「多言語 社会と外国人の学習支援」(編著)など。

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