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9.27地球の再生産能力超えた日-アース・オーバーシュート・デー(伊波克典 氏 / グローバル・フットプリント・ネットワーク研究員)

2011.10.11

伊波克典 氏 / グローバル・フットプリント・ネットワーク研究員

グローバル・フットプリント・ネットワーク研究員 伊波克典 氏
伊波克典 氏

 グローバル・フットプリント・ネットワークは、9月27日に地球は、今年1年で生態系が再生産できる供給量を需要量が超えた「アース・オーバーシュート・デー」となったことを明らかにした。3カ月余りを残して、“環境債務”状態に陥ったことを示している。その根拠となる指標が、近年急速に注目を浴びているエコロジカル・フットプリント分析である。エコロジカル・フットプリント分析の概要、そして同分析によって導かれる「アース・オーバーシュート・デー」の意義とは何か、説明したい。

エコロジカル・フットプリント分析とは

 エコロジカル・フットプリント分析は、カナダのブリティッシュ・コロンビア大学ウィリアム・リース教授とマティス・ワケナゲル博士によって1990年代初期に開発された。人類の生態系に対する需要量(エコロジカル・フットプリント)と、生態系が1年間に再生産できる供給量(バイオキャパシティ)を比較することで持続可能性を考察する指標だ。環境負荷量を土地面積として表現することで、資源の有限性そして地球1個分の生活を“視覚的に”理解しやすい点が同指標の最大の強みである。

エコロジカル・フットプリント(出典: グローバル・フットプリント・ネットワーク)
図1. エコロジカル・フットプリント
(出典: グローバル・フットプリント・ネットワーク)

 例えば、私たちの食卓に日々並んでいる米・野菜・肉・乳製品などの食料品は、その生産に耕作地や牧草地を必要とする。同様に、家具などの木材製品の木材を供給する森林地が必要だ。このように私たちの生活を支えるために必要となる全ての土地・水域面積を合計した値がエコロジカル・フットプリントである。この値が高ければ高いほど「環境負荷が高い」ということになる。(図1参照)

 一方、バイオキャパシティとは生態系が資源を再生産し廃棄物を許容する生物生産力能力のことをさす。図2は、地球の供給可能なバイオキャパシティを土地面積の割合で表したものだが、驚くべきことに高い生物生産力を有する土地・水域面積は地球表面の22%程度にすぎず、後の78%は砂漠・氷床・不毛地・生物生産力の低い海域である。

バイオキャパシティ(出典:『エコロジカル・フットプリント・レポート日本2009』)
図2. バイオキャパシティ
(出典:『エコロジカル・フットプリント・レポート日本2009』)

 エコロジカル・フットプリントとバイオキャパシティは、その計算過程で、実際の土地面積をグローバル・ヘクタール(gha)へ変換される。グローバル・ヘクタールは「資源を生産し、廃棄物を吸収する能力の世界平均値を持つ陸地水域1ヘクタール」と定義される。この統一的な単位を使用することで、世界の(または国家間の)エコロジカル・フットプリントとバイオキャパシティの比較分析が可能となる。

 人類のエコロジカル・フットプリントが地球のバイオキャパシティを超過した状態をオーバーシュートと呼ぶが、最新の研究結果から、1970年代に人類のエコロジカル・フットプリントはオーバーシュートに突入したことが分かった。驚くべきことに、2008年以降の世界的な経済の低迷にもかかわらず資源需要の増加トレンドは変わってなく、このままのトレンドが継続すれば今世紀の半ば前には地球2個分のバイオキャパシティが必要となる。

アース・オーバーシュート・デーの意義

 グローバル・フットプリント・ネットワーク(Global Footprint Network) は、エコロジカル・フットプリント分析における方法論の標準化、発展・普及を目指し、2003年に開発者の一人であるマティス・ワケナゲル博士らによって米カリフォニア州に設立された。柱となる業務は、国別フットプリント勘定(National Footprint Account)のデータベース整備であり、毎年、200カ国以上の国別のエコロジカル・フットプリントとバイオキャパシティの推計値を1961年から最新年度の時系列で発表している。

「テン・イン・テン」アクションプラン(出典:グローバル・フットプリント・ネットワーク)
図3. 「テン・イン・テン」アクションプラン
(出典:グローバル・フットプリント・ネットワーク)

 2005年からは「10年以内に10カ国がエコロジカル・フットプリントを国の環境指標として実際の政策に活用する」という目標を掲げた「テン・イン・テン」イニシアチブがスタートした。現在すでに、フィンランド、イギリスのウェールズ、スイス、スコットランド、アラブ首長国連邦、日本、そしてエクアドルの7カ国がエコロジカル・フットプリントを公式指標として採用、または採用を決定している。(図3 Phase III参照)

 そして、2006年からは「アース・オーバーシュート・デー・キャンペーン」が始まった。アース・オーバーシュート・デーとは「人類のエコロジカル・フットプリントが、1年間に地球が再生産できるバイオキャパシティの量を超過してしまう日」と定義される。「テン・イン・テン」が政府をターゲットに活動を展開しているのに対し、同キャンペーンは、エコロジー的な収支のバランスが崩れているという事実を、より多くの人々に認識していただくことが目的だ。

 今年度のアース・オーバーシュート・デーは9月27日であった。つまりわれわれ人類は地球が1年で再生産できるバイオキャパシティをわずか9カ月で摂取したことになる。例えるならば、1年間の所得を今年もあと3カ月も残した時点で使い切ってしまい、銀行にある預金を切り崩して生活していくようなものである。こうして年々累積されるオーバーシュートは「生物学的負債」と呼ばれ、森林破壊、魚類個体数の減少、気候変動へとつながる。

 しかし、いまだに従来の経済学の枠から出ることができず、拡大経済による技術革新と市場価格調整機能こそが環境問題を解決する方法だと信じて疑わない人々がいる。

 それに対し、グローバル・フットプリント・ネットワークのマティス・ワケナゲル代表は警告する。「もしわたしたちが安定的な社会、そしてよい生活を持続していきたいのであれば、自然が供給できる量とわれわれの経済、インフラストラクチャー、そして生活スタイルが要求する需要量のギャップをこれ以上拡大してはいけない」

 地球は1個しかない—。このシンプルな事実を、われわれは本当に認識しているのであろうか? アース・オーバーシュート・デーは、その問いに対する“地球からの”挑戦である。

グローバル・フットプリント・ネットワーク研究員 伊波克典 氏
伊波克典 氏
(いは かつのり)

伊波克典(いは かつのり)氏のプロフィール
沖縄県生まれ、沖縄県立読谷高校卒。2007年沖縄国際大学大学院修了後、米カリフォルニアにあるNPO「グローバル・フットプリント・ネットワーク」に入社。専門は、環境拡張型産業連関分析を応用したエコロジカル・フットプリント分析。同手法をもとにカルガリー地方(カナダ)、アラブ首長国連邦プロジェクトなどで最終需要項目別エコロジカル・フットプリントの推計を行う。2010年にはWWFジャパンとの共同プロジェクト『日本のエコロジカル・フットプリント報告書2009』に参加。

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