オピニオン

科学的根拠に基づく「子育ち支援」充実を - 保育・幼児教育一元化システム整備に向けて(安梅勅江 氏 / 筑波大学大学院 人間総合科学研究科 教授)

2010.07.12

安梅勅江 氏 / 筑波大学大学院 人間総合科学研究科 教授

筑波大学大学院 人間総合科学研究科 教授 安梅勅江 氏
安梅勅江 氏

 「子ども手当」をはじめ、子育て家庭への新たな支援が開始されている。

 限りある資源をどう使えば「もっとも効果的」に「子育ち支援」が充実できるのか?

 発達コホート研究は、その回答に確固とした根拠をもたらす心強いツールである。

 数多くの研究成果からひとことで上記に答えるとすれば、第一ステップは「すべての子どもが格差なく低負担で利用できる、乳幼児初期からの充実した保育と教育の一元化システム」を整備することであろう。

 望ましい子育ち支援とは、ひとりひとりの子どもの力を最大限に引き出し、生き生きとした子どもの育ちをはぐくむ、「子育ちをエンパワメントする支援」である。エンパワメントとは、力を引き出す、元気にすること。子育ちエンパワメントとは、「子どもの育つ力を引き出し、発揮させる」、すなわち「育つ力をはぐくむ支援」に最大限の力を発揮すること、である。それを支えるのが「子育ち支援」であり、実現するための保護者や社会へのサポートが「子育て支援」である。一人ひとりの子どもにとって、何が最善なのか。科学的根拠に基づき、国内外の動向を総合的にとらえた施策選択は必須である。

 子どもの健やかな育ちを実現する環境を明らかにするため、日本以外の先進国では脳科学や遺伝学を含めた10年以上にわたる発達コホート研究から数多くの貴重な成果を得ている。生後数年間の子育ち環境は、それ以降に比較すると、より大きな影響を及ぼすことが明らかにされている。なぜならその時期に、人間は言葉や社会・情緒的スキルの発達に不可欠な基本的なパタンを獲得するからである。

 乳幼児期から質の高い保育と教育を行うことで、その後の子どもの健やかな発達が保障され、就学したのちも教育効果が高いという知見が蓄積されている。すなわち、初期の保育と教育への投資が、長年にわたり子どもへの教育効果を確固たるものとし、格差解消につながるとしている。

 一方、多くの先進国では国家戦略として「子育ち支援」に取り組んでいる。子どもは国家の未来であり、基軸であり、宝である。子育ち支援の中でも、特に早期からの保育と教育の充実は、欧州連合(EU)各国で優先順位の高い課題として位置付けられている。女性就労の保障とともに、幼児教育の充実による教育格差の是正、子どもの貧困や社会的排除の解消を目指すものである。就学前教育の将来への投資効果が高いとする研究成果を鑑み、幼児期の貧困の解消、教育格差の是正など「生涯にわたる教育の土台を築く施策」に焦点を当てている。国が政策として強力にイニシアティブをとり、保護者負担の少ない形で、早期からの保育・教育支援の充実と普遍化に力を注いでいる。

 日本では、少子高齢化や核家族化の進行、地縁の崩壊など、子育ち環境は大きく変容しつつある。近所付き合いの疎遠化などにより、育児の孤立が育児ストレスや虐待、放任などの好ましくない育児を引き起こす場合もある。身近に支援者がいない、あるいはひとり親家庭が増加している。時間的な余裕がなく、精神的なストレスをかかえる保護者も多い。特に子どもにとってもっとも過酷な環境、「虐待予防」は緊急を要する。相談件数は1990年には全国で千件程度であったが、2008年には4万件を超えている。身体的虐待がもっとも多いが、近年ネグレクト(放任)の割合が増加している。また子どもの安全確保、事故予防や地域の安全管理が大きな課題となっている。子どもの死亡の第一位は、不慮の事故死である。

 発達コホートに基づく科学的根拠の蓄積と施策推進の意義は大きい。虐待予防や貧困による機会喪失の防止に向けて、「社会システム」としての「子育ち支援」への期待は高まるばかりである。たとえば「認定子ども園」のような仕組みは、「保育と教育を一元化」し、「すべての子ども」に「早期」から確実に「子育ち支援」を、そして保護者には身近できめの細かい「子育て支援」を保障する拠点となりえる。乳幼児期こそ特に手厚い支援の必要性を説く研究成果および世界動向から、大いに推進したい子育ち支援の一つである。

 すべての子どもたちに「早期からの保育と教育」の平等な機会を。人生最初の大切な時期、「子育ち支援」に貧困などによる「格差」が決してあってはならない。また保護者を孤立させない地域に根差した「子育て支援ネットワーク構築」は、「子育て支援」とともに、子どもの安全確保と虐待予防につながる。

 この国の未来を真剣に考える大人の責任として、「だれもがいつでも低負担で」利用できる「質の高い保育と教育が一元化された支援システム」整備が求められる。また欧米諸国との社会背景の違いや日本独自の文化歴史を織り込んだ、真の意味で「日本の子育ち支援」に資する「発達コホート研究」の推進が強く期待される。

筑波大学大学院 人間総合科学研究科 教授 安梅勅江 氏
安梅勅江 氏
(あんめ ときえ)

安梅勅江(あんめ ときえ) 氏のプロフィール
静岡県立沼津東高校卒。1984年東京大学医学部保健学科卒、89年東京大学医学系研究科大学院博士課程修了、厚生省国立リハビリテーション研究所入所。92年米国社会サービス研究所客員研究員、95年東京大学医学部講師併任、99年イリノイ大学客員研究員、2001年浜松医科大学教授、06年から現職。ヨンショピング大学客員教授も。専門は発達保健学。保健学博士。国際保健福祉学会理事、日本保健福祉学会理事。著書に「根拠に基づく子育ち・子育てエンパワメント」(小児医事出版)、「子育ち環境と子育て支援」(勁草書房)、「コミュニティ・エンパワメントの技法」(医歯薬出版)など。

関連記事

ページトップへ