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天然資源保全と養殖の両立目指し(飯田貴次 氏 / 水産総合研究センター 養殖研究所長)

2010.05.05

飯田貴次 氏 / 水産総合研究センター 養殖研究所長

水産総合研究センター 養殖研究所長 飯田貴次 氏
飯田貴次 氏

 絶滅の恐れのある野生動植物の保護を図ることを目的として制定された「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」(Convention on International Trade in Endangered Species of Wild Fauna and Flora:CITES)、いわゆる「ワシントン条約」の第15回締約国会議が3月13-25日にドーハ(カタール)で開催された。大西洋クロマグロの国際商業取引の禁止(附属書Ⅰ掲載)が議題に上がったことは記憶に新しい。

 日本におけるクロマグロの消費は約4万トンであり、その半分が大西洋クロマグロの輸入でまかなっている。新聞などマスコミが「マグロが食べられなくなる」と話題にしたことから、多くの国民が関心を寄せたことと思う。水産庁によれば大西洋クロマグロの天然資源状況は、東大西洋は低位で減少、西大西洋は低位で横ばいと評価されており、確かに資源状況は厳しいと言わざるを得ない。

 しかし、「クロマグロの資源回復は大西洋まぐろ類保存国際委員会(ICCAT)で解決すべきである」との日本の主張が多くの国から支持を得て、太平洋クロマグロの附属書Ⅰ掲載の提案は否決された。ちなみにマグロ類の漁業管理は、ICCATのほかに中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)、インド洋まぐろ類委員会(IOTC)、みなみまぐろ保存委員会(CCSBT)、全米熱帯まぐろ類委員会(IATTC)の計5つの国際委員会で地域ごとに毎年その年の規制措置を決め、天然資源の管理をしている。

 管理のための方策については議論もあろうかとは思うが、決められた規制をしっかりと守り、違反のないように監視していくことが、減少した天然資源を回復させ持続的に利用していくために必要なことである。

 今回の大西洋クロマグロの問題では、成魚の過剰漁獲はもちろんのこと、養殖種苗用の漁獲の問題も指摘された。日本でも最近クロマグロ養殖が急増しており、2008年度では推定ではあるが4,500トン生産されており、10年度は1万トンを超えると予測されている。この養殖種苗(養殖を始めるときの卵・稚魚・幼魚)には天然の幼魚(体重100-500グラム)が利用されており、漁獲後それを養殖いけすに収容、餌を与え育成し出荷している。

 この幼魚がどの程度漁獲されているかを正確に把握することは難しい。商品として出荷された数の把握はできても、種苗として漁獲したときに死亡する個体や養殖途中で死亡する個体もある。出荷個体数=天然から漁獲された幼魚数(種苗数)とならないことは明らかである。この養殖種苗用の漁獲が過剰になれば、天然資源に当然のことながら少なからず影響を与えることとなり、種苗供給を天然の幼魚に頼っていたのでは、養殖がかえって天然資源への脅威となってしまう。そのため、天然資源の保全につなげる完全養殖が必須となる。

 完全養殖とは、人工ふ化させた稚魚(一世代目)を親まで育て、その親から再び卵をとり、それを育てて養殖種苗(二世代目)とするサイクルである。これならば、天然資源になんら影響することなく養殖することが可能となる。クロマグロの完全養殖には02年に近畿大学が成功し、今年度は3万尾を超える養殖種苗を出荷したとの報道があった。この数字は、現状の日本でのクロマグロ養殖に必要な種苗数からするとわずかではあるが、今後さらに増えていくことと期待される。

 完全養殖といえば、ウナギの話題が今最もホットである。著者が所属する水産総合研究センターでは長年取り組んできたウナギの完全養殖に世界で初めて成功し、その成果をこの4月に公表した。ウナギの天然資源も最近減少している上に、今季の日本の天然養殖種苗(シラスウナギ)の漁獲量は昨季の数分の1に激減しており、気軽にウナギを口にすることができなくなるのではないかと心配されている。

 ヨーロッパのウナギの天然資源も減少が厳しく、すでに07年のCITES締約国会議において附属書Ⅱ掲載提案が可決され、09年から輸出国の許可を受けなければ商業取引ができなくなっている。ウナギの天然資源の減少についてはその原因にいくつかの説があるが、シラスウナギの漁獲による影響も否定できない。完全養殖に成功したもののシラスウナギの量産化までにはまだまだ時間がかかりそうではあるが、量産化が可能となればウナギ天然資源の保全に貢献することは間違いない。

 日本では数十種類の魚類養殖が行われている。現在、ウナギを除いた淡水魚では完全養殖による人工種苗だけで養殖種苗をまかなうことができるが、海産魚ではヒラメ、マダイ、トラフグくらいだ。日本で養殖生産量がトップのブリ類(ブリ、カンパチ)も完全養殖はできてはいるものの養殖種苗はほぼ100%天然に依存している。完全養殖が確立されても、多くの魚種で天然魚に匹敵する健全な人工種苗を大量に生産することに問題を残している。天然資源に十分な余裕があるうちはよいが、大西洋クロマグロやウナギのように、いつ資源状況が悪化するとも限らない。

 天然資源の保全と養殖とを両立させるためにも、完全養殖技術の確立の次には、その完全養殖による人工種苗量産化技術の開発が必須である。

水産総合研究センター 養殖研究所長 飯田貴次 氏
飯田貴次 氏
(いいだ たかじ)

飯田貴次(いいだ たかじ) 氏のプロフィール
東京都立両国高校卒。1978年東京大学農学部水産学科卒業。80年東京大学大学院農学系研究科水産学専門課程修士課程修了。82年東京大学農学部助手、93年宮崎大学農学部助教授、98年同教授。02年水産総合研究センター病理部長、09年から現職。博士(農学)。専門分野は魚病学。日本魚病学会で評議員、編集委員長などを務める。

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