ハイライト

エネルギーから考える漁業の未来(古屋温美 氏 / 北海道大学大学院 水産科学研究院 特任准教授)

2009.07.10

古屋温美 氏 / 北海道大学大学院 水産科学研究院 特任准教授

北海道大学市民公開講座「低炭素社会」第9回講義 「低炭素社会づくりと漁村への期待」(2009年6月11日)から

北海道大学大学院 水産科学研究院 特任准教授 古屋温美 氏
古屋温美 氏

 漁業や水産業は大量の化石燃料を消費する。すなわち二酸化炭素(CO2)の発生量が多いのではないだろうか。南茅部町(現・函館市)で養殖コンブ漁の体験を通して、エネルギー収支の観点から現状を調査した。いろいろな課題が浮き彫りになった。

 南茅部地域は日本有数のコンブ産地として知られる。人口約6,700人(2005年)、漁業就労者は 約1,900人(2003年)。後背地に森林を有し、イカやホタテなど海洋資源に恵まれた大型定置網発祥の地でもある。(以下は同町の調査を基にしている)

 なぜ漁村は燃油や電力を大量に必要とするのだろうか。例えばこの地域のイカ釣り漁業の場合、漁船は漁場との往復に約6時間かかり、漁火を6-7時間灯して、1隻あたり1日600リットルの燃油を使う。次に陸の作業の問題。例えばコンブの生産では約400軒が個々に乾燥作業場を持っている。建物1棟あたり1日約10時間の乾燥に重油120リットル必要だ。何軒か集約すれば効率が良いが、業者ごとに製品の違いもあり協業化が難しい。しかも1階の乾燥場からの熱と夏の暑さ対策に、2階の折り加工場ではエアコンをフル稼働している。

 そして流通面の要因。水揚げしたら船倉に氷を入れて貯蔵、漁港ごとに市場があるためトラックで運ぶ。各漁業協同組合は製氷・貯氷機を備え、漁獲後の温度管理により鮮度の良いものを供給できる。しかし大型の冷凍冷蔵施設は消費電力も大きい。また漁家は3世代家族が多く、自家用車を数台所有する。

 2008年7月、燃油価格が高騰して、日本の登録漁船23万隻(2007年)のうち20万隻がストライキをした。長い歴史の中で初めてと言えるかもしれない。この後価格が下がり、何事もなかったかのようだ。その点に危機感を抱いている。

 南茅部地域の年間のCO2排出量を推計すると2005年は約4.3万トン(年間炭素換算、以下同)。うち漁業は約3.4万トンで水産業と合わせて8割以上を占める。札幌市は約1,115万トン(2003年の人口約185万人)、住民一人あたりだと南茅部地域は6.4トンで札幌市の6.0トンを少し上回る。

 そこで化石燃料の使用量を抑える方法を構想した。

 (1)熱交換器の導入によるコンブ乾燥室の熱効率の改善。建物の放熱や換気のロスを重油換算して省エネ効果を見込む。小さな積み重ねが大切だ。

 (2)太陽光や風力、波力、地熱、北海道なら雪や冷熱など再生可能エネルギーの利用。漁業関係施設に太陽光発電を導入して必要電力(年15万キロワット)をすべて賄ってはどうか。ただ、設備投資より北電から電力を買ったほうが安いということで普及が進まない。一般家庭のように補助金制度が望まれる。

 (3)熱を効率よく移動するためヒートポンプなどを活用する。コンブ種苗生産施設では滅菌のため冷たい海水を80℃まで過熱して井戸水に入れ10℃にする。熱交換の余地がある。

 (4)漁業の効率化を図る。イカ釣り漁業の集魚灯を光ファイバーに変えると消費電力は50分の1、燃料は航走用が不変、発電用は半分以下になる。すべてが光ファイバーだと従来に比べ光が弱い。光に対するイカの反応などについては未解明なことが多い。漁獲量への影響と設備コストが課題だ。

 現在漁師は、燃費の良い船外機に交換してガソリンを削減するなどの省エネ活動している。コンブ乾燥作業の共同化にも努めるが、乾燥機の交換には水産庁から多少補助金がでても100万円くらいかかる。自動車のようにハイブリッドがない。私たちの生活の中で使われている技術で、漁村で取り入れられていないものを投入できないだろうか。

 施設整備やバイオマス資源の活用も削減シナリオに加えた。リサイクルセンターに運び込まれるコンブの残りかすや周辺農場の牛ふん、森林の木くずを熱エネルギーに変換して重油の代替にする。ホタテ貝殻など水産廃棄物を道路の路盤材や構造物の基質に使う。海上から見えないが防波堤の土台は藻場になっており、海藻を増やすとCO2が固定される。(例:釧路港エコポート)

 このほかフードマイレージも考えたい。標津産と南米チリ産の鮭の場合、1切れでCO2の排出が400倍違う。フランスではインターネットで参加できる電子入札を実施している。日本でも今後検討していくべきだろう。

さらに南茅部のような地形は、海域と森林がCO2に対して重要な機能を果たす。まず海藻による炭素固定・吸収は約1.1万トンと推計される。養殖コンブの間引きや収穫時の切断作業で海中に残ったものも同様の働きをするので1,345トンを加算できる。

 沿岸の大陸棚には独特のポンプ作用がある。付近の海水は上から沈んできた有機物を分解して全炭酸濃度が高い。外洋水より重いので混じると下になり、外洋深層へと押し込まれCO2を固定する。その量はプランクトンや海藻などによる分を差し引き、約3.4万トンと推定される。

 森林による炭素固定は樹種と樹齢を考慮して細かく計算した。伐採分を差し引くと約2万トンである。

 南茅部地域のCO2収支をまとめると総排出量は約4.3万トン(コンブ漁業49%)。総固定・削減量は約6.9万トンで内訳は大陸棚ポンプ50%、森林30%、天然藻場16%の割合である。

 漁村においてCO2の削減が地域や他の産業にどのように影響するか。同地域をモデルに廃棄物産業連関表を用いてCO2収支のライフサイクル分析を実施した。産業間の年間取引、各産業の廃棄物とCO2排出のつながり、それぞれがどう波及するか分かる。まちづくりに有効ではないだろうか。

 低炭素社会で持続的な漁業をしていくために、資源の保全や無駄のない消費、生産構造と意識の転換はもちろん、沿岸域がもつCO2固定機能を一層向上させて産業基盤を支える施策が求められる。

北海道大学大学院 水産科学研究院 特任准教授 古屋温美 氏
古屋温美 氏
(ふるや あつみ)

古屋温美 氏(ふるや あつみ)氏のプロフィール
1990年北海道大学工学部土木学科卒業。同年パシフィックコンサルタンツ株式会社入社、2001年有限会社マリンプランニング設立 代表取締役、2003年北海道大学大学院工学研究科環境資源工学専攻博士後期課程社会人コース修了、北海道大学工学博士。技術士(建設部門、水産部門)。NPO法人水産物トレーサビリティ研究会 常務理事。

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