インタビュー

「『油断することなく正しく怖がること』『今が横断的な体制つくる重要な局面』『先手先手の対策や必要な技術磨くこと大切』と強調」−ヒアリに詳しい吉村氏に聞く (吉村正志 氏 / 沖縄科学技術大学院大学生物多様性・複雑性研究ユニット スタッフサイエンティスト)

2017.09.12

吉村正志 氏 / 沖縄科学技術大学院大学生物多様性・複雑性研究ユニット スタッフサイエンティスト

吉村正志 氏
吉村正志 氏

 南米原産で強い毒を持つ「ヒアリ」が5月以降、神戸、名古屋、大阪の各港など国内各地で見つかっている。ヒアリは現在、南米から世界に広がり10カ国以上の国に侵入している。ニュージーランドでは駆除に成功したとされるが、米国や中国など多くの国で死者を含む被害を出している。日本では環境省などを中心に「早期発見・早期駆除」を掲げて拡大防止対策を進める一方で、8月に入っても埼玉や岡山でヒアリが発見され続けている。ヒアリについては、当初よりさまざまな情報が飛び交い混乱を招いてきた。アリの研究者で、昨冬からいち早く沖縄県での防護対策の先導的役割を担ってきた沖縄科学技術大学院大学・生物多様性・複雑性研究ユニット研究員の吉村正志氏にヒアリの危険性やこれまでの経緯、さらに国内拡大防止策で今、何が大切かなどについて聞いた。

 吉村氏は、沖縄の環境モニタリングプロジェクト「OKEON美ら森プロジェクト」で、沖縄の自然を網羅的にモニタリングし、データを収集・集積・分析しながら沖縄の生物多様性の維持に向けた科学的知見を得る研究を精力的に進めている。

―ヒアリの危険性や毒性についてさまざまな情報が流布していますが、そうした状況についてどのようにお考えですか。

 確かに普通のアリに刺された場合よりも危険性は高いと言えます。海外ではアナフィラキシーショック反応による死亡例も報告されています。そのことから、初期の報道の中には「殺人アリ現る」といった、ヒアリが定着すれば死亡者が続出するという印象を与えるセンセーショナルな報道もありました。実際には、人的被害がそのような形で出るとは考えにくいと思います。ただし、アリというのはとても個体数が多いです。ヒアリについては特に人と身近な場所、例えば公園などにたくさん巣を作ると予想されます。台湾では、再開発地域の空き地などに巣がたくさん見つかります。他の有毒な生き物、例えば毒を持った外来種として恐れられているセアカゴケグモなどがよく引き合いに出されますが、そういうものとは遭遇率が全く違うので、刺される機会はかなり多くなるでしょう。

写真 ヒアリ Solenopsis invicta 台湾産大型働きアリ側面(提供 沖縄科学技術大学院大学(OIST)OKEON美ら森プロジェクト)
写真 ヒアリ Solenopsis invicta 台湾産大型働きアリ側面(提供 沖縄科学技術大学院大学(OIST)OKEON美ら森プロジェクト)

 ヒアリに刺された人の1〜5%は毒に対して敏感で、その中で特に過敏な人がアナフィラキシーショック反応を起こしやすいとされています。しかし、そこから死に至る人はさらに少ない、と。台湾では、ヒアリのアナフィラキシーショック反応が直接の死因として診断された例は今のところ報告されていません。その一方では、2012年〜2014年の間ヒアリに刺されて入院した人が129人もいるそうです。学校の授業でヒアリを扱い、情報が浸透している台湾での数字としては、決して少なくない人数です。もし、近くに医療機関へのアクセスが全くない場所で刺されて重症になった場合は、厳しい状況に陥る可能性があります。決して油断することなく、正しく怖がることが重要です。

動画 ヒアリのアリ塚、撹乱に対する激しい反応。台湾新北市にて2017年6月撮影(提供 沖縄科学技術大学院大学(OIST) OKEON 美ら森プロジェクト)

―先生が現在されている沖縄での対応策などについて教えてください。

 昨年の冬ごろ沖縄県では県の外来種対策事業の一環として「ヒアリ等対策」を、OKEON美ら森プロジェクトに委託していました。そういう意味では一歩先を行っていたというか、先手を打っていたと言えるでしょう。沖縄県内では、6月13日に環境省がヒアリの国内初確認を発表してから2週間後の6月26日には、沖縄県環境部自然保護課が県内でヒアリは見つかっていないという正式発表を出しました。以前から私たちが敷いていた観測網、モニタリング網で検出されていないということで出されています。その後も幸い沖縄県ではヒアリは報告されていませんが、今も引き続き調査は続けています。昨年度の段階で、ヒアリ等対策事業の年次報告書を出していたので、国内初確認以降、他府県からさまざまな問い合わせを受けています。

 今後行なわれる全国的な調査のためにも、ヒアリの調査方法をマニュアルとして整備していく必要があります。そのため現在、それらの有効性を裏付ける基礎的なデータの整理・収集などを進めています。同時に行政面では、ヒアリが見つかった時に備えた体制づくりや人材育成について保健所や県の機関への研修も実施しています。

―日本ではアナフィラキシーショック反応を起こす生き物としてオオスズメバチが知られていますが、そういうものと比べて毒性はどうですか。

 オオスズメバチでは、刺傷被害により亡くなる方が毎年結構いらっしゃいます。それと比べてヒアリの毒による死亡率は(比較相対的には)低いと思います。ただ、オオスズメバチは公園に無数の巣を作ったりはしません。もし国内に定着してしまうと、ヒアリとの遭遇率はオオスズメバチを大きく上回るでしょう。

―不幸にもヒアリが日本に定着してしまった場合、刺される被害以外にどのような影響が考えられますか。

 直接刺される被害も怖いですが、「精神的な害」というのもあって、例えばピクニックがしにくくなるとか、芝生の上に座れなくなるとか、子どもを公園で遊ばせられなくなるとか、そういう「二次的な被害」が大きいと思います。もし沖縄県で見つかると、観光に対するイメージダウンにつながると考えています。農業被害も考えられます。ヒアリは畜産にダメージを与えることが分かっています。沖縄県は子牛の生産量が高いので、放牧などに影響が出るかもしれません。放牧地のような場所には巣ができやすいからです。このように意外なコストがかかってきます。農作物がヒアリに食害される被害もあるようで、実際米国でレポートが出ています。

―日本国内の発見例はどのようなルートから入ったのでしょうか。

 これまでの国内の発見例では、すべてコンテナによる持ち込みであると考えます。いま入ってきているのは、中国から来たコンテナですね。最初に兵庫県で確認された例は中国・南沙港からのコンテナでしたが、最近の発見例では南沙港以外からも、中国のいくつかの港から来ています。台湾や米国にもヒアリは定着していますが、今のところこの2国からは入ってきてはいません。つまり、海からのコンテナが最も警戒すべき侵入源でしょう。

―侵入ルートを知るために遺伝子検査の導入もなされるという話がありますが、どのような効果が期待できますか。

 これまでの国内発見例では、コンテナとか港湾とか、港湾から運ばれたコンテナを開けた時とか、そのような水際で見つかっています。これらに関してはコンテナを追跡すればどこから来たかは分かるので、侵入ルート特定は易しく、遺伝子を見るまでもありません。ただ、コンテナから直接ではなく、コンテナヤードから数十匹、数百匹単位で見つかっているケースもあります。そのような場合は、遺伝子を解析して遺伝子型を見れば、コンテナにいたものと同一のコロニーのものかが推測できます。遺伝子型が違えば、つまり複数回の侵入があったということが分かります。各国でさまざまな研究が行なわれています。台湾の例でも、複数回の侵入があったことが分かっています。

―ニュージーランドではヒアリの根絶が成功したと言われています。米国や中国、台湾では定着してしまったようですが、その差はどのような要因なのでしょうか。

 最大の差は、発見された時に侵入後のどのステージにあったか、だと思います。侵入した初期で見つかったのか、ある程度広がってから見つかったのか。ニュージーランドの場合、見つかったのはコロニーひとつでした。米国はそうではなかった。台湾も、農業をされている方々が刺されて初めて報告されましたが、その段階では既に一帯に広がっている状態でした。

 ニュージーランドの具体的な事例は2006年の6月7日に報告されています。国際社会性昆虫学会や環境省によってデータがまとめられています。発見された時は、かなり大きい2〜3年目の巣で、大きなアリ塚を作っていたということです。当然その巣は駆除されましたが、さらにそこから2キロの範囲を設定して、土などの持ち出しに制限をかけました。そしてその中で徹底的なリスク管理やモニタリング、人々が足を踏み入れない場所ではベイトと呼ばれる毒餌の散布などを行ったようです。物流制限をした上で駆除も徹底的にやっているので、ひとつのコロニーに対してかけたお金も桁違いに多いと思いますが、それが拡大防止の成功につながったと思います。

写真 ヒアリが作るアリ塚。台湾新北市にて2017年6月撮影。 (提供 沖縄科学技術大学院大学(OIST)OKEON美ら森プロジェクト)
写真 ヒアリが作るアリ塚。台湾新北市にて2017年6月撮影。 (提供 沖縄科学技術大学院大学(OIST)OKEON美ら森プロジェクト)

 これはヒアリに限ったことではないですが、外来種を根絶できるかは、侵入初期に見つけられるかということに尽きます。加えて、見つかった場合の初動も重要です。時間が経って、外来種が広がってしまってから根絶しようと思っても、そのコストは大きく、成功率は低くなります。ヒアリの場合、今のところ日本では、コンテナヤードや荷物を運び出した後のコンテナからしか見つかっておらず、自然定着は報告されていません。そういう意味では、これまでのところ水際の対策が成功していると言ってよいと思います。

 ただし、ちょっと怖いと感じるのは、最近、皆が少し慣れてきているように思えることです。ヒアリの報道もだんだん少なくなっているように感じますが、ヒアリの発見例がなくなっているわけではありません。環境省のホームページを見れば分かりますが、8月16日に埼玉県狭山市、8月9日には岡山県倉敷市で見つかっています。(取材当時)ヒアリに慣れてしまって、関心がなくなるというのが非常に怖いですね。

―国内に入ったヒアリはどのような状況になると、定着してしまうのでしょうか。

 アリのコロニーは一般的に、ある時期に羽を持った雄アリ・雌アリを生産し、それらが一斉に飛んで交尾をします。交尾が済んだ雌は新しい女王アリとなって巣を作り始め、それが育ち新たなコロニーとなります。日本で見つかっているのは港湾地域やコンテナヤードですが、その中には羽アリを含んだコロニーもありました。いま恐れているのは、見つかって駆除する以前に、次世代の女王アリが既に飛んでしまっているケースがあるかもしれないということです。

写真 ヒアリ Solenopsis invicta 台湾産有翅女王アリ側面 (提供 沖縄科学技術大学院大学(OIST)OKEON美ら森プロジェクト)
写真 ヒアリ Solenopsis invicta 台湾産有翅女王アリ側面 (提供 沖縄科学技術大学院大学(OIST)OKEON美ら森プロジェクト)

―日本にヒアリが入った場合、繁殖期はいつ頃になるのでしょうか。

 一応梅雨の終わり、雨季の終わりと言われていますが、正確に分かってはいないので、何とか突き止めたいと思っています。ヒアリについては海外でも調べられていますが、実際にヒアリの羽アリがいつ飛んでいるのか、どのようにすると採れるのか、採れるとしたらどの時期に採れるのか、繁殖のピークがいつ来るのか、ということなどは独自に調べておく必要があると思います。現在、私たちは台湾で羽アリを捕まえるトラップをかけて調べています。羽アリが繁殖のために一斉に巣から飛び出す時の兆候や、その時期などを調べると、台湾と気候が似ている沖縄に入ってしまった場合の繁殖時期などがある程度分かると思います。

―一般のアリの場合で羽アリを調べることは難しいのでしょうか。

 例えば関東で一般的なクロオオアリという種類について、絵本などでは、「年に1回、春の蒸し暑い夕方に草に上って飛びたちます」などと書かれます。しかし、他の種類のアリが年に1回なのか数回なのかは詳しく分かっていません。やはり一般的な種のクロヤマアリは午前中に飛んだりします。つまり、羽アリ全般の基礎的なデータが揃っているとは言えないのです。他のヒアリの調査にしても、今はとりあえず緊急対策的にやっているところが多いと思います。緊急的な対策と並行して、ヒアリの基本的な生態についても、一つ一つ裏を取ることが大切だと思います。

―日本で繁殖してしまった場合の対策はどのようなものがありますか。

 万が一、羽アリが飛んで女王アリが分散して、繁殖してしまった場合、それらが発見されるのは、コロニーが大きくなる1年後、2年後になると思います。このため、そういうことが起きてしまう前に、防除できる技術やシステムを確立しておくべきでしょう。

 今まで日本にはヒアリがいなかったわけなので、まずヒアリ防除のノウハウをヒアリの生息地から学ぶことは重要です。ただし、海外の例が必ずしも日本でできるとは限りません。例えばヒアリの根絶に成功したニュージーランドでできたことが、そのまま日本でできるとは限らないのです。仮に、人知れず大きくなったコロニーが、日本のどこかで見つかった場合でも、日本ではニュージーランドのように物流移動制限をかけることは難しいかもしれません。日本の物流システムを考えると、ヒアリの巣が見つかったからと言って半径2キロの物流を全て制限することは現実的ではありません。どの法律で制限できるのかという課題もあります。ですから日本に適したモデル、日本に適した防除戦略を今から立てて、そのために必要なデータを取って、準備しておく必要があります。

 最近、国立環境研究所がアルゼンチンアリの根絶モデルを提出しています。あの技術は有効で、ヒアリに応用して根絶モデルを作るということも可能かもしれませんね。

―対策を進めていくために一番大切なことは。

 ヒアリの対策は、多分に行政との協力関係や、行政横断的な対策・施策の設定、システムデザインなどが関わってきます。コンテナひとつ防除したい場合でも、そのコンテナの中に毒餌をどのように入れるかといった問題は簡単ではないのです。そこにはいろいろな法律のほか、業者も絡む。そうした中で科学的に正しいと考えられる施策を実現していくことは、一筋縄にはいきません。行政や民間との協力体制、横断的な体制をどのように作っていくか。今はその重要な局面かなと思います。

 日本国内で、最初にヒアリが見つかってからまだ3カ月程しか経っていません。その中で既にこれだけのデータが研究者間で横断的に集積されて、対策への準備も始まっているというのは、日本の優れているところだと感じます。私も含めて基礎的な研究をしている人間と、実際に最前線に立っている行政や業者の方々とが情報交換をしながら、より良い対策を作っていこうというムーブメントが、いろいろなところで起きています。

 今は沖縄が一歩進んでいる形になっていますが、これが国内全体で進んでいけば、ヒアリの防除やコントロールに関して、先進的な技術を世界に提案できる可能性も期待できます。それができれば国際貢献の意味でも非常に大きいと思います。定着してしまった後にヒアリを押し戻すという、今まで誰もできなかったことができる可能性もあるかもしれません。その意味ではあまり悲観的になる必要はありません。日本の技術力や昆虫研究の層の厚さをイニシアチブとして示す良い機会だと思います。

―最後に今後について強調されたいことはありますか。

 ヒアリの問題は、にわかに出てきた、降ってきた問題だと捉われがちですが、実は物流の発達に伴ってこれまでも「あった」リスクであり、これからも「あり続ける」リスクです。ですから、大事なのはこれを一時期の騒ぎに終わらせないことだと思います。騒ぎが終わってしまうと忘れ去られてしまい、対策事業や研究事業が先細りになる例が非常に多くあります。ヒアリの問題は今始まったばかりで、これからずっと対処しなければならない問題です。皆が関心を持ち続けることが大事で、そういう意味ではメディアなどの役割もとても大きいと思います。日本にヒアリが定着してしまうリスクが現実にあることが分かったわけなので、先手先手の対策や、そのために必要な技術をしっかり磨いていかないといけません。

 今回、ヒアリの問題をきっかけに、皆さんの目は身近なアリに向かったと思います。中にはアリの種類を見分けられるようになった方もいるのではないでしょうか。そうやって身の回りの、足元の自然に関心を払って、小さな変化に気づけるようになること、それがとても大事なことかなと思っています。自分としてはやっぱり裾野を広げていくことが一つ大きな課題ですね。

(サイエンスポータル編集部 腰高直樹)

吉村正志 氏
吉村正志 氏

吉村正志(よしむら まさし)氏のプロフィール
1996年酪農学園大学酪農学部卒。卒業後北海道・利尻島の中学校に理科教員として赴任し、島で環境教育の取り組みを模索。フィールドでの出会いからアリ研究に目覚め職を辞して帯広畜産大学大学院へ進学し、雄アリの研究者となる。同大学院畜産学研究科で2001年修士課程、岩手大学大学院連合農学研究科で2004年博士課程をそれぞれ修了。九州大学、カリフォルニア科学アカデミーでの研究生活を経て、2014年より沖縄科学技術大学院大学の生物多様性・複雑性研究ユニット スタッフサイエンティスト。15年から沖縄の社会協働型の大規模環境研究「OKEON美ら森プロジェクト」コーディネータとして活動。沖縄に大規模な陸域環境観測ネットワークと、それを活用する社会ネットワークを構築し、沖縄発の保全生態学的研究に取り組む。神奈川県出身。

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