インタビュー

第2回「社会が求める人材とは」(西村和雄 氏 / 京都大学経済研究所 特任教授)

2012.06.11

西村和雄 氏 / 京都大学経済研究所 特任教授 

「物理を学ぶ若者増やせ」

西村和雄 氏
西村和雄 氏

「分数ができない大学生」(東洋経済新報社)を1999年に著して以来、高校までの数学教育の重要さを具体的な調査結果で繰り返し訴え続けている西村和雄・京都大学経済研究所特任教授らが、新たな調査結果を発表した。理科の中で特に物理を得意にしていた人が、社会に出てからも所得その他で優遇されていることを明確に示した調査結果だ。ところが調査結果からは、「ゆとり教育」以前の世代に比べ、新しい世代になるほど理科の中で物理が得意とする人は少なくなるという現実も明らかになった。「数学に加え物理を高校で学ぶ生徒を増やさないといけない」と言う西村氏に、新たな調査結果の意味するところを聞いた。

―当サイトでは、「数学を大学入試科目にした人が文系、理系を問わず所得が高い」という結果だけでなく、「理系学部出身者の方が文系出身者より高収入」という先生のこれまでの調査結果も前に紹介しております(2010年8月27日ニュース「理系出身者の方が高収入」参照)。「文科系卒の方が日本社会では指導的立場に立ちやすい」というのがそれまでの通念でしたから、認めたがらなかった人も多かったと思います。今回の結果も含め、どのような社会的反響がありますか。

即座にあるのは、「調査自体がおかしい」という批判です。インターネットでそういう主張をよく見ます。ただ、文科系における数学受験者と未受験者の比較はもう6回くらいやっているのです。一度も逆の結果が出たことはありません。また理系と文系のどちらの平均所得が高いかという調査は、今回が4回目なのです。4回ともは理系の方が高いという結果です。今回の物理、化学、生物での比較もこれが2回目で、2回とも「物理を得意としていた人」が他の理科の科目、特に生物を得意としていた人より、就職時の企業規模・就業形態、現在の職位・所得のいずれも上回る結果になりました。一つの大学の特定の学部を対象にした比較ですと、異なる結果が出る可能性はあります。しかし、調査対象、調査方法を変え、繰り返しやっても同じ結果が出るということで、こうした批判には反論できると思っています。

所得で比較する理由は、結局、「社会がどういう人材を求めているか」ということ、教育によって学生が「社会に出て使える能力が身についたか」、あるいは「どの能力を伸ばせるか」などは所得に表れるからです。生まれつきの能力など、いろいろな要素も切り離すことはできないですけれども、教育でその人たちが獲得した学力が大きく影響するのは否定できません。教育の効果を図るのに、平均所得で比較しないと非常に難しい、ということになります。

私たちは英語、数学、国語、社会、理科という高校までの基礎科目を満遍なく学習しないことが、大学卒業後の職場における待遇や所得にマイナスの影響を与えていることを一連の研究で明らかにしてきました。今回の調査は、理系学部出身者の中でも理科学習についての偏りがあり、その原因が学習指導要領にあることに着目したものです。物理を学習することが能力形成に強く寄与していることが、インターネットを利用した調査に基づいて検証した結果からも、あらためてはっきりしたということです。

また、文系学部出身者でも大学入試で数学を受験した人が、数学を受験しなかった人より大企業に正規従業員として就職する割合が高く、役職に就く率、所得のいずれも高いという調査結果が今回、あらためて明確になりましたが、これも基礎科目の学習を軽減化するように学習指導要領が変えられてきたことが影響しています。

―これらの調査結果を、これから高校、大学に行こうという生徒たちとその親御さんたちが重く受け止めてくれれば非常に日本の将来にプラスになると思いますが、高校の先生などはきちんと受け止めてくれているのでしょうか。

それは分かりませんが、「文科系で数学をやらなくてもいい」という風潮は少し変わってきていると思います。「女の子だから数学をやらなくてもいい」といったことも、今は言わなくなってきているでしょう。

今回の調査結果は結局、「産業界が求めている人材が十分に供給をされていない」ということを表しているのです。「物理の履修率が非常に低い」ということは、それだけ「物理の素養のある理系出身者も少ない」ということです。数学の場合、履修率で比較するのは問題があります。一応、履修はしていることになっているかもしれませんから。しかし、「数学は捨ててしまっている」という生徒が多いことは間違いありません。文科系で数学の素養のある学生が少ない、あるいは理科系においても数学ができない学生が多い現象が事実としてあり、日本の製造業の中でも大きなところではそれで困っています。技術者を雇ってみたけれども「数学の計算ができない」「物理の基本的な知識がない」など、と。結局、「必要な人材を確保するため、外国人を雇っている」という現実があります。

社会が求めている人材、労働市場の評価に耐える人材になるため、別の言い方をすれば自分がやりたいことができるような人間になるには、「どんな勉強をしたらよいか」が非常に重要な選択になる。こうした現実を高校生や保護者が分かってくれたら、状況はもっと変わるのではないでしょうか。

(続く)

西村和雄 氏
(にしむら かずお)
西村和雄 氏
(にしむら かずお)

西村和雄(にしむら かずお) 氏のプロフィール
米ロチェスター大学大学院経済学研究科博士課程修了、Ph.D。日本、カナダ、米国の大学で教えた後、1987年から京都大学経済研究所教授。2006-2009年京都大学経済研究所 所長。ウィーン大学客員教授、パリ第一大学客員教授なども。2010年から京都大学経済研究所特任教授。2000-2001年日本経済学会会長。国際教育学会会長、日本経済学教育協会会長。編著書は『ミクロ経済学入門(第3版)』(岩波書店)、『分数ができない大学生』(東洋経済新報社)、『「本当の生きる力」を与える教育とは』(日本経済新聞社)その他多数。

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