インタビュー

第1回「つぶしが利く人間とは」(西村和雄 氏 / 京都大学経済研究所 特任教授)

2012.06.04

西村和雄 氏 / 京都大学経済研究所 特任教授 

「物理を学ぶ若者増やせ」

西村和雄 氏
西村和雄 氏

「分数ができない大学生」(東洋経済新報社)を1999年に著して以来、高校までの数学教育の重要さを具体的な調査結果で繰り返し訴え続けている西村和雄・京都大学経済研究所特任教授らが、新たな調査結果を発表した。理科の中で特に物理を得意にしていた人が、社会に出てからも所得その他で優遇されていることを明確に示した調査結果だ。ところが調査結果からは、「ゆとり教育」以前の世代に比べ、新しい世代になるほど理科の中で物理が得意とする人は少なくなるという現実も明らかになった。「数学に加え物理を高校で学ぶ生徒を増やさないといけない」と言う西村氏に、新たな調査結果の意味するところを聞いた。

―今回の調査は、Gooリサーチ社を通じたインターネット調査ですね。調査の狙いと重要な結果を説明願います。

Gooリサーチ社が有する660万人の母集団モニターから大卒以上の学歴者を抽出し、約1万3,000人から回答を得ました。理系学部出身者に対しては得意、不得意な理科の科目と、最初に就職した企業の規模、就業形態、現在の職位と所得を尋ねました。また、学習指導要領の変化によって、ゆとり教育前世代(1966年3月以前の生まれ)、ゆとり世代(66年4月-78年3月生まれ)、「新学力観」世代(78年4月以降生まれ)に分けて、違いを見ています。

その結果、物理を得意とする人が、他の理科の科目を得意とする人に比べ、従業員1,000人以上の大企業に正規従業員として就職する割合が高く、さらに現職が役職者である比率と所得がいずれも高いことが明らかになりました。

文系学部出身者については、大学入試において数学を受験した人が、数学を受験しなかった人より大企業に正規従業員として就職する割合が高く、役職者になっている比率、所得のいずれも高いという結果でした。文系学部出身者で数学を入試科目にした人が、入試科目にしなかった人々より所得が高いという結果は、これまで私たちが実施してきた調査結果と一致します。(編集者注:2010年8月27日レビュー「大学受験で数学をとった人々の将来」参照)

―調査結果によると、理系学部出身者で理科の得意科目を「物理」と答えた人の平均年間所得が681万円だったのに対し、「生物」が得意と答えた人は549万円とだいぶ差がありますね。就職先を見ても物理が得意と答えた人の54.8%が従業員1,000人以上の大企業ないし官庁に入っているのに対し、生物を得意科目とした人は36.5%にとどまっています。さらにこの差は若い世代になるにつれ開いていますが。

物理が不得意な人は世代が若くなるほど増えており、逆に生物が得意という人が増えています。化学については各世代で大体同じレベルです。物理学が不得意な人が増えた分、相対的に生物が得意な人が増えてきたということです。それは物理の履修率が下がって生物の履修率が上がっているということとも関係しています。

物理は論理的ですし、積み重ねを必要とし数学を使いますが、生物は暗記が多いです。一般に数学が避けられているように、理科の科目の中でも物理が避けられているのです。高校生全体の中でそういう傾向があり、かつ理系の中でもそういう傾向があります。理科離れが起き、それによって理系学部志望者の数が減り、理系学部志望者の中でも「物理離れ」が起きているということです。学習指導要領が変わってきたことが、こうした変化の動機付けを与えたと言えます。

―物理を履修してきた人の方が正規雇用や年収も多い。それから高い地位についているということですが、これは物理という論理的な思考を訓練する学問を取ったためにそうなったと考えるべきでしょうか。偉くなるような、高収入を得るような人の多くは「もともと履修したいと思う人たちだ」という見方はできないのでしょうか。

それは分かりません。難しい問題です。ただ、物理を学んだ人は「つぶしが利く」と言うことはできます。物理をやっていない人が就職してから学び直すのは難しいし、数学についても同じです。文科系出身者のうちの数学で受験した人と受験しなかった人を比べても同じ結果が出ていることからも、明白でしょう。数学同様、物理もつぶしが利き、平均的にはよい方向に働いているというのは、妥当な結論だと思います。

つぶしが利くということが「有利な方に動くのはなぜか」といいますと、就職するにしても転職するにしても、より広い範囲の中から選べるからです。正社員になるかどうかも選択できるわけです。役職にしても同様です。より広い選択の機会が与えられているということで、平均的に優位なポジションにつく人の比率が高くなるということです。

(続く)

西村和雄 氏
(にしむら かずお)
西村和雄 氏
(にしむら かずお)

西村和雄(にしむら かずお)氏のプロフィール
米ロチェスター大学大学院経済学研究科博士課程修了、Ph.D。日本、カナダ、米国の大学で教えた後、1987年から京都大学経済研究所教授。2006-2009年京都大学経済研究所 所長。ウィーン大学客員教授、パリ第一大学客員教授なども。2010年から京都大学経済研究所特任教授。2000-2001年日本経済学会会長。国際教育学会会長、日本経済学教育協会会長。編著書は『ミクロ経済学入門(第3版)』(岩波書店)、『分数ができない大学生』(東洋経済新報社)、『「本当の生きる力」を与える教育とは』(日本経済新聞社)その他多数。

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