インタビュー

第4回「患者の科学的意識向上実感」(斎藤加代子 氏 / 東京女子医科大学付属遺伝子医療センター所長)

2012.04.06

斎藤加代子 氏 / 東京女子医科大学付属遺伝子医療センター所長

「遺伝カウンセリング - 患者に最適な医療目指して」

斎藤加代子 氏
斎藤加代子 氏

ゲノム(遺伝子)研究の進展とデータ処理技術の急速な進歩によって医療の世界も大きな変化が起きつつある。効果がない薬にもかかわらず、服用を続けているといった無駄をなくし、患者の遺伝子を調べて患者に合った治療を実現しようとするオーダーメイドあるいはテーラーメイド医療の重要性が叫ばれている。また、疾患の確定診断、症状が出る前の発症前診断、さらに出生前診断など、多様なゲノム医療の進歩を臨床現場に応用する必要性が高まっている。こうした動きの最先端にあるといえるのが、遺伝カウンセリングという新しい医療分野だ。日本で初めて独立の遺伝子医療センターを開設した東京女子医科大学では、年々、訪れる患者が増えている。斎藤加代子・同大学遺伝子医療センター所長に、遺伝カウンセリングが患者にどのように役立っているか、普及の妨げになっている問題点は何か、を聞いた。斎藤所長は、「解析から応用へ、そして未来への飛躍」というテーマで今秋開かれる日本人類遺伝学会第57回大会の大会長を女性として初めて務めることも決まっている。

―遺伝病の診療に明るい希望が見え出したというお話ですが、多くの患者の皆さんがそれをよく分かっているとは思えません。検査結果を知るのを怖がって、カウンセリングを受けようとする方は少ないのかと想像していましたが。

「遺伝」というと抵抗感があるものの、「遺伝子」とか「ゲノム」というと急に敷居が低くなるようです。DNAの配列に変化があるというと、抵抗が少なくなります。「遺伝病」ということで感じられる差別観をなくしていき、ご本人が何か罪の意識のようなものを感じているとすればそれを少しでも軽くする。そうしたイメージが遺伝子医療センターの開設時の遺伝カウンセリングを始めたころにはありました。しかし、最近、それほど深刻にならず、病気の子供の遺伝子検査をしてほしい、あるいは自分の遺伝子変異を知りたいという患者さんが増えています。難病などの遺伝性疾患においても治療の可能性が出てきていることに加えて、国民一般の科学的な意識が上がっているという印象を受けています。

―そうした傾向は最近のことなのでしょうか。

2004年にセンターを開設した数年後くらいからでしょうか。スタートして3、4年間に比べると訪れる方は相当増えています。当初は年間500-600人でしたが、今は年間延べ2,000人を超えています。自分あるいは子供の体を知ること、遺伝子変異の型を明らかにすることが、よい治療につながる場合もあり、リハビリをきちんとやらないと関節が硬くなってしまうことなどが予測できたりします。医療における新しい情報もソーシャルネットワークなどの活用で、患者同士で共有できるようになっているようです。
海外在住の日本人のお子さんが渡米後に福山型筋ジストロフィーと診断され、「日本で、きちんと診断してほしい」と、来られました。患者さん同士のソーシャルネットワークを介した日本の友人にこのセンターを教えてもらったとのことです。情報が国境を越えているのですね。

―先日、老年医学会が10年ぶりに高齢者の医療に関する見解を公表しました。何の準備もない人にがんを告知することは死を伝えることと同じ、と慎重な対応を求めています。遺伝カウンセリングとの共通点があるように思います。

そうですね。特に発症前診断の場合には、慎重な遺伝カウンセリングを行います。これは心理学の用語で「anticipatory guidance(アンティシペートリーガイダンス)」といいます。要するにシミュレーション(予測)してもらうのです。発症前の診断でも、発症後の診断でも、遺伝子検査の結果でその人の心の負担になる可能性がある場合があります。やっぱりよい方の結果を皆さん期待して検査を受けます。

しかし、遺伝子の変異が確認され、その変化によって病気が将来起こるかもしれないし、特に単一遺伝子病ですと確実に発症する場合もあります。そういう本人にとって悪い結果である状況をシミュレーションしてもらいます。例えば「何歳ぐらいで家を建て替える」とか、「何歳ぐらいまでは猛烈に頑張ってお金を稼ぐ」といった人生設計を立ててもらうのです。例えば30歳の方が検査を受けたいと言った場合に、「65とか60歳で発症するだろう」ということになったら、それまで自分はどういうふうに生きたいか書いてもらうのです。

結果によって、うつ状態などにならないよう、あるいは最悪の場合、自殺などの結果にならないよう臨床心理士と共に面接を繰り返し、場合によっては臨床心理士が「不安テスト」といった検査もします。そういう結果も見て本人が遺伝子検査を受けるかどうか決めていきます。病気を既に発症している方と、発症していない方に分けて考えることも必要です。既に発症している方でも、検査を受けようと決心するまでにかなりの葛藤がありますから。

遺伝カウンセリングは、私たち臨床遺伝子専門医だけではなく、臨床心理士も一緒に行います。東京女子医大遺伝子医療センターの臨床心理士は「認定遺伝カウンセラー」という資格も取っていて、私と臨床心理士が並んで話を聞き、医学的なことは私が話し、臨床心理士がいわゆるカウンセリングの心のケアを担当して、ダブルでチェックしていきます。インフォームドコンセントよりもっと幅広い形で、心のケアをそこにプラスした形が遺伝カウンセリングなのです。

―高度先進医療ということで始まったということですが、そのような丁寧な対応を一人一人の患者に行う医療行為が、経済的に成り立つのでしょうか。

悩みは大変多いです。一人の患者さんに対し初診の場合で1時間、再診は30分かかります。医療経済的には成り立っていません。日本の医療全体にかかわる問題点です。検査や手術などと違って、カウンセリングや説明は、どんな名医がどんなよいコメントをしても保険診療的には算定されません。

海外では遺伝カウンセリングは全部保険対象です。遺伝子は一生変わらず、家族で共有されるものです。患者さんあるいは家族の将来の生活を守っていくということで、遺伝カウンセリングを保険の枠内で考えていくべきだと思います。その人の人生、一生を決めるような自己決定をサポートするような大事なことが、ボランティア的な行為になってしまってはいけないのではないでしょうか。今は自費診療で1時間、1万5,000円くらいに設定していますが、それでも経済的には成り立ちません。

(続く)

斎藤加代子 氏
(さいとう かよこ)
斎藤加代子 氏
(さいとう かよこ)

斎藤加代子(さいとう かよこ)氏のプロフィール
福島県須賀川市生まれ。雙葉学園高校卒。1976年東京女子医科大学卒、80年同大学院医学研究科内科系小児科学修了。東京女子医科大学小児科助手、同講師、助教授などを経て99年小児科教授。2001年大学院先端生命医科学系専攻遺伝子医学分野教授、04年から同教授と兼務で現職。09年から男女共同参画推進局女性医師・研究者支援センター長、10年から統合医科学研究所副所長・研究部門長、11年から図書館長をそれぞれ兼任。専門は遺伝医学、遺伝子医療、小児科学、小児神経学。医師に必要とされる患者との接し方など人間関係教育や医学部卒前教育にも深く関わってきた。

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