インタビュー

第3回「大学の開国が急務」(阿部博之 氏 / 科学技術振興機構 顧問、元東北大学 総長)

2011.07.11

阿部博之 氏 / 科学技術振興機構 顧問、元東北大学 総長

「科学者よ、国家的な危機克服の牽引車たれ」

阿部博之 氏
阿部博之 氏

東日本大震災をきっかけに東京電力福島第一原子力発電所で甚大な爆発事故が起き、乳幼児を抱えた母親たちは放射性物質の拡散に不安な毎日を送っている。原発の安全神話を政府、電力会社と共につくり上げてきた多くの科学者・技術者たちは、事故が起きた途端に「想定外」との言い訳や沈黙を始めた。これでは科学技術に対する国民の信頼も揺らぎかねない。日本の科学技術政策の司令塔ともいわれる総合科学技術会議の筆頭議員でもあった元東北大学総長の阿部博之・科学技術振興機構顧問が、「事故は科学者・技術者の責任だ。もっと倫理観を持て」と喝を入れ、国民の信頼を取り戻すよう呼びかけている。

―今回の超巨大地震と甚大な原発事故を乗り越えて、世界水準の高等教育や世界をリードする研究が、日本でもできることを早急に海外に向かって示す必要があるといわれました(第2回)。もう少し説明していただけませんか。

大震災後の復興が大きく動き始めています。この機会を逃さずに日本は社会改革を実現すべきだと考えております。また800億円近い被害を受けた東北大学も、被災地域の復興のシンボルとして、さらに東北地方の核としての大改革を押し進める必要があります。より高い研究水準や世界に通用する高等教育のさらなる追求はもとより、大学自身の「開国」が必要になります。世界は日本がどう変わるかを見ています。「大学の開国」は日本の社会全体の問題でもあります。

昨今、自然科学系で日本人のノーベル賞受賞者が増えました。これほど受賞者が出るということは氷山の下にも優秀な研究者がたくさんいるということを意味しています。大きなイノベーションも日本の大学や研究機関から随分創出されています。研究の実力はかなり高いものがあるのですが、教育システムとか人事システム、また大学を取り巻く社会システムが、世界の主要大学と比べてかなり異質なのです。これがネックとなって優秀な学生や研究者がなかなか日本に来たがらないようです。

私が総合科学技術会議の議員のときに、当時の小泉首相の前で大学のシステム改革の議論を始めました。しかし私が辞めてからは、このようなシステム改革の議論は進んでいないようです。いまこそ大学のシステム改革を進めるチャンスではないでしょうか。

―被災地の大学(東北大学)の役割は何でしょうか。

東北から関東にかけての大学でも地域によって被害程度はまちまちです。しかしここで危機感をまず共有して、改革への高い目標設定をたてるべきです。それには各地域の特長や大学の自立性を尊重する必要があります。

一部の政治家はすぐに大学の再編統合を軽々に口にしますが、私はこれには批判的です。主要国で最も輝いているハーバード大学やスタンフォード大学、ケンブリッジ大学などは決して大きくはありません。おそらく東京大学より規模が小さいのではないでしょうか。大きければ良いということではありません。規模が小さいが故に弾力的な教育や研究ができないのなら、それぞれの大学が判断して再編すればいいことなのです。

東北6県のGDP(国内総生産)は日本のGDP(約540兆円)の6%といわれています。日本海側はあまり被害がなかったので、6%全部が駄目になったわけではありません。しかし茨城県を含めての被害は世界に大きな影響を与えました。米国機械学会の雑誌「メカニカルエンジニアリング」が今回の地震の特集を組みましたが、「東日本大震災」とはいわず「The Sendai Earthquake」です。その中で、世界トップの自動車産業のGM(ゼネラルモーターズ)社やスマートフォンで売り上げを伸ばしているアップル社などがどれだけの影響を受けたかが紹介されています。東北6県の何割かと茨城県の一部の被害でもこれだけ世界に影響を与えたのですから、東京が同じダメージを受けた時の影響は計り知れません。東京一極集中からの脱却は焦眉の急なのです。日本は多極分散を真剣に考えるべきです。それには東北と北関東地域との連携も重要です。

東北大学が具体的に何をやるべきか。大学から離れている私が論ずるのは難しいことですが、聞き及んでいるところでは大震災と復興に関する新たな研究教育分野の開拓と研究機関の設立を構想しているようです。大震災の後だけに防災研究や安全科学、安全工学の研究などのニーズが高まるでしょうが、こうした分野は全国の大学でも推進すべきものとして注目されるでしょう。

(科学ジャーナリスト 浅羽 雅晴)

(続く)

阿部博之 氏
(あべ ひろゆき)
阿部博之 氏
(あべ ひろゆき)

阿部博之(あべ ひろゆき) 氏のプロフィール
1936年生まれ。宮城県仙台第二高校、59年東北大学工学部卒業。日本電気株式会社入社(62年まで)、67年東北大学大学院機械工学専攻博士課程修了、工学博士。77年東北大学教授、93年東北大学工学部長・工学研究科長。96年東北大学総長、2002年東北大学名誉教授。03年1月-07年1月、総合科学技術会議議員。02年には知的財産戦略会議の座長を務め、「知的財産戦略大綱」をまとめる。現在、科学技術振興機構顧問。専門は機械工学、材料力学、固体力学。

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