インタビュー

第2回「真に役に立つロボットを」(広瀬茂男 氏 / 東京工業大学 大学院理工学研究科 卓越教授)

2011.05.25

広瀬茂男 氏 / 東京工業大学 大学院理工学研究科 卓越教授

「ロボット研究開発は目的を明確に」

広瀬茂男 氏

福島第一原子力発電所事故は、燃料溶融が起き、圧力容器だけでなく格納容器の損傷も起きていることが明らかになってきた。圧力容器から流出した高濃度の放射能汚染水を処理するだけで困難な作業が予想されており、当面の目標である原子炉冷温安定化が東京電力の工程表通り9カ月以内にできるか危ぶまれている。放射線量の高い原子炉建屋内での作業にはロボットの力が不可欠とみられるが、これまで原子炉建屋内で活躍したロボットは、米国製。日本のロボット技術は、どうしたのだろうか。ヘビ型ロボットの開発などを通じ真に役に立つ技術開発の重要性を強調している広瀬茂男・東京工業大学大学院理工学研究科卓越教授に、ロボット技術開発の現状と課題を聞いた。

―せっかくのプロジェクトが1年で終わってしまったということですが、核兵器の開発・維持管理をしている国と、原子力産業が民間企業に委ねられている日本の違いというものは関係ないでしょうか。

そうですね。いつ起きるか分からない災害対策用のロボットは、市場が小さくて、企業は簡単に参入できません。幾つかやっている企業はありますが、利用する側が縦割りのため、別々の仕様の製品を求めるという現実があるのです。消防、警察、防衛とそれぞれ使う装備が違います。今回の福島第一原子力発電所の事故対応でもそうだったように、消防士と自衛隊員は被災地に一緒に行くことも多いのです。装備も合わせせたらよいではないか、と思うのですが、そうなっていません。装備が同じであれば市場も大きくなり企業も技術開発競争ができ、結果としてよいものができます。そのような環境をつくることで本当のよいものができていくと思うのですが…。

大学も、研究者の興味が優先されますから、やりたいことをどんどんやる。それはそれでよいのですが、ほとんどは市場にはつながりません。実用を追求する研究は非常に少ないのが現状です。結局、市場の大きな米国がどんどん改良を重ね、比較すると米国のロボットの方が役に立つ、となってしまうのです。

―軍事目的で開発された米国のロボットについての情報は、先生のような立場の方でも相当、入ってくるのでしょうか。

軍事用といってもDARPA(国防高等研究計画局)などは意外とオープンです。日本の防衛省の研究などは、相当な研究開発費を使っているのに、軍事機密ということで競争原理が働かずにレベルが維持できない部分があるように思います。もちろん本当に核となる部分は機密扱いにするのは当然ですが、それ以外の部分には企業や大学がどんどん開発競争に参加できて、よいものを皆が提案できるような形にしたいですね。

DARPAのアダプティブ・サスペンション・ビーグルというプロジェクトがありました。オハイオ州立大学の研究者が担当しましたが、この6本足ロボットの足に私のアイデアが使われました。1980年の一時期、このプロジェクトに参加させてもらいましたが、非常にオープンな議論をします。DARPAの担当事務官というのが、大学教授より頭がよいと思うくらいの人物で、何か話すとパッと理解してしまうのです。有能な人物を配置して、的確にマネジメントする体制ができている、と感心しました。

―その6本足ロボットというのは、開発の目標は明確なのですか。

一応は戦場で物資を運ぶという目的はありましたが、ほとんどサイエンスに近いことを目的としていました。DARPAのプロジェクトには、すぐ使えなくても先端的なものにも金を出すという日本の科学研究費に近い性格があるようです。大学の研究レベル的なものと、国防にかかわるものが混在していると思いました。ただ、このプロジェクトは結局、うまくいきませんでした。人を乗せて動き回ることはできたのですが、次は4本足ロボットを開発しようという段階で研究費申請が通らず、そこで終わってしまいました。しかし、マサチューセッツ工科大学の教授だったマーク・レイバート 氏のボストンダイナミックス社が現在、4足のロバ・ロボットを開発していて評判になっています。けっ飛ばしても倒れない、とかで…。これもDARPAの支援を受けています。

日本の研究助成システムはそんなに悪いとは思いません。科学研究費などはそれなりにきちんと評価する仕組みができていますし。ただ、国の安全といったものにかかわる部分は、別格としてちゃんと国が持続的に援助し続けるような仕組みがほしかった、と私は考えます。こうした部分が日本は弱かったのではないでしょうか。例えば、エンターテインメント系のロボットなどはやりたい研究者や企業はどんどんやるだろうから、別に国が先導する必要はなかったけれども、国の安全にかかわる地道だけど重要なロボット技術の開発は、国が倦(う)まず弛(たゆ)まずサポートし続けるべきでした。まさに、今回の東日本大震災現場で役に立つようなロボットの開発といった…。

(続く)

広瀬茂男 氏
(ひろせ しげお)
広瀬茂男 氏
(ひろせ しげお)

広瀬茂男(ひろせ しげお) 氏のプロフィール
東京生まれ。東京都立日比谷高校卒。1976年東京工業大学制御工学専攻博士課程修了(工学博士)。同学助手助教授を経て92年東京工業大学機械物理工学科(2000年以降機械宇宙システム専攻)教授。2011年卓越教授、スーパーメカノシステム創造開発センター長。専門はロボット創造学。1999年(第1回)Pioneer in Robotics and Automation Award、2001年文部科学大臣賞、04年IFToMM Award of Merit、06年紫綬褒章、08年エンゲルバーガー賞など受賞(章)。主な著作は「ロボット工学」(裳華房)、「生物機械工学」(工業調査会)、「Biologically Inspired Robots」 (Oxford University Press,1993)など。IEEE、日本機械学会、日本ロボット学会フェロー。日本学術会議連携会員。

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