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真に役立つヒューマノイドロボットを(菅野重樹 氏 / 早稲田大学 創造理工学部総合機械工学科 教授)

2008.01.01

菅野重樹 氏 / 早稲田大学 創造理工学部総合機械工学科 教授

早稲田大学 創造理工学部総合機械工学科 教授 菅野重樹 氏
菅野重樹 氏

 最近、企業や大学が人間に近い形をしたロボットすなわちヒューマノイドロボットを次々と発表している。研究の分野では、ロボットにサッカーをさせることでロボットの知能研究を高めることを目指したロボカップにヒューマノイドのリーグも設定されている。子供たちを中心にしたROBO-ONEと呼ばれる二足のヒューマノイドロボットによる格闘競技大会も盛んである。

 なぜ、ヒューマノイドロボットの研究開発がこのように盛んなのだろうか。実は、ハードウェアとしてのヒューマノイドロボットを活発に開発しているのは、日本、韓国、中国といった一部の国に限られている。儒教の影響の強い東北アジアの国々である。欧米でもヒューマノイドロボットの研究開発は行われているが、知能を研究するための道具としての開発であったり、顔や手といった一部の研究であり、全身としてのヒューマノイドロボットの研究開発はひじょうに少ない。上記の東北アジアの国々では、物への感情移入をしやすい文化があり、ロボットを作る際に、まずは形を動物や人間に似せようとする。

 それに対して欧米では、ロボットは機械であり道具であることから、まずは必要な機能を実現しようとする。そのために、欧米でヒューマノイドロボットが作られるときというのは、機能を追求した結果としてでしかない。それに対して日本や韓国では、とにかく人間に似た姿のロボットを開発するのである。その結果、メカトロニクス技術に元々強い日本は、ヒューマノイドロボットの研究開発でも世界の先端を走っている。

 しかし残念ながら、ヒューマノイドロボットは未だビジネスにはなっていない。その理由は簡単である。現在のヒューマノイドロボットのほとんどは「作業」が出来ないからである。自動車会社が開発したヒューマノイドロボットは、まるで人間が中に入っているのではないかと思われるぐらい滑らかに歩いたり走ったりする。しかし手の機能はほとんど無いため、単純な形状の物を握るかカートを押すぐらいの能力しかもっていない。結果として、これらのロボットはエンタテイメントの分野でしか使えない。少子化かつ超高齢化の社会に突入した日本では、福祉の現場や工場の作業現場などで人間の支援が可能な人間共存ロボットのニーズが急速に高まっている。この人間支援を実現するためには、ロボットは単に形が人間に近いというだけでなく、人間と安全に協調して様々な作業ができなければならない。ヒューマノイドロボットをビジネスにするためには、「作業」ができるロボットを作る必要がある。

 人間と共存して「作業」が出来るヒューマノイドロボットに求められる重要な技術課題には、安全性と巧緻性がある。安全性については、2005年の愛知万博を契機として経済産業省、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)や日本ロボット工業会においてロボットのリスクアセスメントが議論されるようになり、現在ではロボットビジネス推進協議会の安全対策検討部会で審議が続いている。ただ現実の技術開発は必ずしも進んでいるとは言えないため、ヒューマノイドロボットの安全に関する具体的な研究をもっと展開すべきであろう。例えば、人間に安全に追従するための腕や胴体の柔らかさを理想的に実現するための構造、転倒しにくい移動機構などである。巧緻性については、主として手と腕の設計に依存する。手には関節が多数あるため、大きさも機能も人間の手とほとんど同じロボットを作ることは現状の技術では難しい。しかし、人間の手の構造を参考に巧みさの源とも言える「柔らかさ」や「なじみ」といった機能を探求すれば、ロボットが実行可能な作業を拡大することができる。

 ヒューマノイドロボットには大きな期待がかかっており、ビジネスとしての可能性も高い。それを活かすためには、エンタテイメントではなく実際に作業ができる機能を実現することにもっと傾注すべきであろう。有用なヒューマノイドロボットのプラットフォームが提供されるようになれば、具体的な作業へ適用する試みも増大し、ヒューマノイドロボット実用化へのビジネスモデルも描きやすくなる。

早稲田大学 創造理工学部総合機械工学科 教授 菅野重樹 氏
菅野重樹 氏
(すがの しげき)

菅野重樹(すがの しげき)氏のプロフィール
1981年早稲田大学理工学部機械工学科卒業、86年同大学大学院博士後期課程単位修得退学、早稲田大学理工学部助手、89年鍵盤楽器演奏ロボットに関する研究により工学博士、早稲田大学専任講師、助教授を経て98年同教授、01年早稲田大学WABOT-HOUSE研究所所長。NPO自動化推進協会理事長、日本ロボット学会欧文誌編集長なども。専門は知能機械学(人間共存ロボット、ロボットの知能と感情)。

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