インタビュー

第2回「ものづくりからの脱皮を」(夏野 剛 氏 / 慶應義塾大学 特別招聘教授)

2010.09.15

夏野 剛 氏 / 慶應義塾大学 特別招聘教授

「脱ガラパゴス化への道」

夏野 剛 氏
夏野 剛 氏

このまま思い切った手を打たないとリストラする原資すらなくなる―。IT(情報技術)社会のけん引役となるべき電機メーカー、通信、コンテンツ業界に対し、NPO法人ブロードバンド・アソシエーションの研究会が厳しい注文「超ガラパゴス研究会 通信業界への提言」 を突きつけた。「ものづくり国」という日本の基本戦略にも転換を迫るなど、根底にある危機意識は大きい。提言をまとめた「IT国際競争力研究会」(超ガラパゴス研究会)の委員長で、携帯電話サービス「iモード」の産みの親としても知られる夏野 剛・慶應義塾大学 特別招聘教授にIT業界の現状と進むべき道を聞いた。

―どうして日本企業がそれほどまで落ち込んでしまったのか、なかなか信じられない人も多いのではないでしょうか。

要は、今までのマネジメントのあり方というのは、たくさんの商品を1つの会社でたくさん作って、ある商品が駄目になってもこっちの商品があるから大丈夫だ、というポートフォリオ(資産管理的)経営をしていたのですね。ところが、今はそれをやっていると突き抜けた商品をつくれません。日本のメーカーはすべての商品を片手間でやっているから、国内市場ではとりあえずみんな生き残れたかもしれないけれど、海外市場で全くシェアが取れないという状況に陥ったのです。

いろいろな商品をたくさん製造しているため、自分の会社が何作っているか全部把握してない社長がほとんどという状態を変えられるかどうかが問われているわけです。この10年以内に変えることができれば、まだ海外に出るチャンスがあるのですから、それを本気で大がかりでやることができるかどうかです。

今、携帯業界でメーカーの再編が始まっていますが、実はこうした統合というのは今のコンセプトと同じことをやっているだけなのです。一方のメーカーはドコモ向けを作っており、もう一方のメーカーはKDDI向けを作っている。こうした国内市場で補完関係がある同業企業同士が合併してももはや意味がありません。世界に進出できる先進的な製品を打ち出せるぐらいの合併をしなければ、再編をする意味がないということですね。これがまだできていません。

なぜ、こうした再編ができないのか。国内市場で補完関係がある合併なら、皆、心地いいからなのです。今進んでいるある3社の合併など、やっている分野が違うので皆生き残れるのです。つまりマネジメントの人たちの生き残りのための合併ですから、やっても仕方がないのです。意味があるとするなら、例えばNECとパナソニックといった合併です。これなら、マネジメント(経営部門)が半分要らなくなります。

―結局、意味がない再編というのは上の経営陣が温存され、下の方がちょろちょろとやっているだけだということなのでしょうか。

いえ、何もやっていないのです。単に形だけ合併しているけれど、仕事は何も変わっていません。株主が怒るべきです。でも、株主もあまりよく分かっていないから、状況は危機的だということです。

もう一つの問題はものづくりか、仕掛けづくりか、という話です。ものづくりの時代は終わったのです。物だけ作っていればよい時代ではなくなってしまったのです。要はすべての機器がインターネットにつないで使う、デジカメですらインターネットに写真を上げたりする時代になったということです。全体のサービスとしてどういう製品を出すか。グラウドのサーバーとこの製品がくっつくとこういう価値がある、という売り方をする時代に入ってしまったのです。それがiPodであり、iPhoneであり、iPadです。

なのに、依然としてインターネットのサービスと関係なく、ものづくり、いいものを作りさえすればよいという技術屋の発想に依った世界を続けているのです。さらに垣根というものが、どんどんなくなっているということがよく理解されていません。テレビとパソコンの垣根なんてどんどん低くなるし、音楽プレーヤーと携帯の垣根は既になくなってしまっています。昔ながらの縦割り型の組織で仕事をするというのをいち早くやめて、ものづくりだけではないという方向に切り替えないと、もはや勝負になりません。仕掛けでやらなきゃいけないのです。仕掛けをだれがつくるか、責任者を決めて、その責任者が全体をコーディネートする形に切り替えないと付加価値がつかないのです。ところが、どの企業もやれていないのです。

―科学技術立国ということを盛んにいわれてきましたから、急に頭を切り替えろと言われても対応できないという人も多いのではないでしょうか。

技術を重視するのはいいのです。ただ、技術だけじゃないのです。より大事なのはビジネスモデルです。過去に技術重視が言われていた時期があったことは、それはそれでかまいません。80年代後半から90年代にかけてコンピューター技術が普及してきた時に、システム技術で勝負しようということが言われました。これもいいのですが、いずれも古いのです。物をつくり、システム技術を磨き、かつ、それを全部引っくるめた形のビジネスモデルをどうするのというところまで考えないと物がつくれない時代になった。それをはっきり示したのが、iPadです。

技術が核になるというのはよいのですが、それにとらわれてはいけないということです。道具として技術を使うのであって、技術を実現するために商品をつくっているわけではありません。技術は道具、ビジネスモデルも道具、会社も道具です。大事なことは、それを使ってどういう付加価値をユーザーに提供するか。この1点につきるのです。

(続く)

夏野 剛 氏
(なつの たけし)
夏野 剛 氏
(なつの たけし)

夏野 剛(なつの たけし) 氏のプロフィール
東京都立井草高校卒。1988年早稲田大学政治経済学部経済学科卒、95年米ペンシルベニア大学経営大学院ウォートンスクール卒(経営学修士)。88年東京ガス入社、97年(株)エヌ・ティ・ティ・ドコモに誘われ、iモードの基本コンセプトを示す。ゲートウェイビジネス部メディアディレクター、ゲートウェイビジネス部コンテンツ企画担当部長、iモード企画部長を経て、2005年執行役員マルチメディアサービス部長、08年5月慶應義塾大学政策メディア研究科 特別招聘教授、同年12月(株)ドワンゴ取締役に就任。その他複数社の社内外取締役、アドバイザーを務める。01年5月米国ビジネスウィーク誌「世界eビジネスリーダー25人」、同年8月同誌「アジアのリーダー50人」に選出された。02年5月「ウォートン・インフォシスビジネス改革大賞(Wharton Infosys Business Transformation Award)」Technology Change Leader 賞受賞。主な著書に「i モード・ストラテジー~世界はなぜ追いつけないか」(日経BP社)、「ケータイの未来」(ダイヤモンド社)

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