インタビュー

第2回「手弁当に頼るがんワクチン研究」(中村祐輔 氏 / 東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター長)

2010.02.01

中村祐輔 氏 / 東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター長

「オーダーメイドがん治療目指し」

中村祐輔 氏
中村祐輔 氏

がんの治療法は年々、進歩している。しかし、一方では抗がん剤が全く効かなくなり、大病院からも見放された患者の数もまた増えている。「がん難民」とも呼ばれるこうした患者たちに希望を与えることはできないのだろうか。がん細胞をつくる遺伝子を見つけ、それをもとに治療薬を開発する努力を続ける中村祐輔・東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター長に新しいがん治療薬開発の見通しや、開発を妨げている問題点を聞いた。

―来年にも実際に患者に治療できる抗体薬というのはどのようなものですか。

10代から20代に多く発症する肉腫のあるタイプのものに対する抗体薬で、動物実験ではすごくいいデータが出ています。がん細胞にだけくっつく抗体というのを見つけて、その抗体に放射性物質をくっつけます。その放射性物質は非常に距離の短い放射線を出しますので、がんのある場所だけ放射線治療ができるのです。

―この抗体を見つけるにはどういうご苦労があったんですか。

まず、がん細胞に特異的な物質を見つけるのです。しかも、抗体薬の対象となるのは、その物質の細胞表面で働いている分子じゃないと駄目です。ところが細胞の表面に出ている分子というのは、一般的に抗体がすごくできにくいのです。ですから治療用の抗体をつくるまでに、いろいろと試行錯誤を繰り返し、気付いたら2年もかかっていたという状況でした。いろいろな方法を試しては失敗の繰り返しで、もう諦めようかと思っていたころにようやくいいものが見つかったのです。

―どういう原料から抗体になるものをつくるんですか。

一般的には大腸菌などを利用して目的とするタンパクそのものをつくらないといけないのですが、非常に難しいものがあります。大事なものほど難しい。そんな気がします。これでうまくいかず、いろいろな方法に取り組んでは失敗して、最後の最後に動物細胞に遺伝子を導入して細胞をまるごと免疫に利用し、やっと抗体がとれました。これ以外にも抗体ができれば、治療薬として利用できると思うのも複数あるのですが、なかなかできません。

その抗体薬で治療効果が期待できる若い人のかかる肉腫というのは、どのくらい患者がおられるのですか。

少ないですよ。日本で年間300人ぐらいです。逆に少ないから大手の製薬企業は治療薬開発に絶対取り組まないのです。

―臨床試験をぜひやらせてくださいという患者はいると思いますが。

動物実験レベルの論文を出した時に、それを見て米国やブルガリアからも問い合わせがありました。残念ですけれども科学技術振興機構の補助金も低評価を受けて、いただけませんでしたので、臨床試験はフランスでやろうと考えています。フランスには臨床試験に対する補助制度があり、それを利用する予定でいます。

―がんペプチドワクチンを含む他の治療法開発についても聞かせてください。

がんに対する免疫療法は、外科療法、化学療法、放射線療法に次ぐ第4の治療法としてここ数十年大きな期待を寄せられています。ただ、これまでは、がんが進行してほかの治療法を使い果たしたときに試みられることが多いという状態が続いています。非常に限られた患者で効果が認められるものの、科学的に十分検証されていない状況です。一方、一部の治療法に関しては前述のように「がん難民」の望みをつなぐ治療法として健康保険適用外の自由診療のような形で日本社会に定着しつつあるわけです。

低分子化合物に代表される薬の開発は大学ではできません。では国でそういう制度があるか、というとこれもないのです。ですから企業と提携しながら、化合物をスクリーニングしていくということをやらざるを得ないわけです。このプロセスは10億円前後の費用がかかります。抗体薬も人に利用できるレベルのものを作り、動物実験をすると10億円近くかかります。日本の研究費・補助金では到底無理です。

これに対し、ワクチンの場合は1,000万円、2,000万円のレベルで人に投与できる高品質のものができます。しかし、それも外国でしかつくれないのです。研究はできますけれども、最後に患者さんに投与するものをつくろうとすると、質の高い滅菌など非常に厳重な基準を要求されるためです。

―国内にはそういう施設がないのですか。

日本国内にはないんです。ワクチン開発の予算だけは何とかなりましたので、われわれのところで調達し、国内のいろいろな先生にお願いして、ワクチンの治療を始めたのが2006年の夏です。

国立がんセンター中央病院や東大病院、京大病院といった主要な病院は、保険診療で使える薬がなくなると、一般的にはほかの病院に紹介するだけです。この影響もあり、国の中央で政策を考えると、実際、目の前で困っている、苦しんでいる患者さん(がん難民)やその家族の声をくみ上げることができないのだと思います。

私はワクチンの臨床研究ネットワークを築きあげるために3年間で延べ100カ所ぐらい病院を回りましたが、地方の核となっている病院の先生方は、手術したときからずっと患者さんを診ており、患者さんを最後まで看取るという熱い思いを持っていることを肌で感じました。最後まで希望を持たせながら治療をするのが自分の責任だと思って診ておられる。そういう先生たちにワクチンの話をすると、「希望につながる」ということで協力してもらうことができました。今では「これはがん治療を変えることができるかもしれない」と非常に積極的に協力していただいています。それらの人たちの声が広がって、今のようなたくさんの病院を結ぶネットワークになったと思います。

―相当大がかりなプロジェクトになっているかと思いますが、どういう予算がついたんですか。

それぞれの協力者に予算はありません。みんな手弁当です。われわれは自分たちが持っている研究費を使ってやっていますけれども、各大学の先生は皆さん手弁当です。何とかもっと大がかりにやりたいと思って、昨年、補正予算で発足した最先端研究開発支援プログラム(注1)に応募しましたけれども、エビデンスが十分でないという理由でけられました。エビデンスを検証するため行うのが研究開発であり、そのために、データをとるのですが…。多分これが治療薬に一番近かったのに、と思っています。医薬品の輸入超過が8,000億円に到達しつつある中、この国の国家戦略のなさは目を覆うばかりです。

とにかく実験室レベルでは、今までのものに比べて免疫を活性化する力はずっと高いということが確かめられています。ひょっとすると、という期待はもちろんありましたが、やり始めたころは、とにかく安全性を見るというのが主眼でした。しかし、最終的には手術の後の再発を予防するのに使えそうだという気持ちの方が強くなりました。実際、やり出してみると、外国の報告よりもはるかにがんが小さくなる人が出てきています。

一定の割合ですが、相当悪くなってから試みて延命効果がある人が見られています。もっと早く始めたらもっとよい効果があるだろうと高度医療評価制度(注2)の適用を申請したのですが認められません。高度医療評価会議の委員たちは新しい動きを知らないのです。

  • (注1)
    最先端研究開発支援プログラム=麻生政権が打ち出した2009年補正予算の目玉の一つとして盛り込まれた。鳩山政権になり内容はだいぶ変えられたが、麻生政権時に採択された30課題と中心的研究者はそのまま残った。
  • (注2)
    高度医療評価制度=薬事法の承認等が得られていない医薬品・医療機器の使用を伴う先進的な医療技術について患者のニーズなどに対応、保険診療との併用を認める制度。適用されるかどうかは厚生労働省医政局長主催の高度医療評価会議が決める。

(続く)

中村祐輔 氏
(なかむら ゆうすけ)
中村祐輔 氏
(なかむら ゆうすけ)

中村祐輔 (なかむら ゆうすけ)氏のプロフィール
1971年大阪府立天王寺高校卒、77年大阪大学医学部卒、大阪大学医学部付属病院第2外科、大阪大学医学部付属分子遺伝学教室を経て、84年米ユタ大学ハワード・ヒューズ医学研究所研究員、87年ユタ大学人類遺伝学助教授、89年癌研究会癌研究所生化学部部長、94年東京大学医科学研究所分子病態研究施設教授、95年から現職。2005年から理化学研究所ゲノム医科学研究センター長を兼務。ブルガリア科学アカデミー会員。大規模DNAシークエンシングを行うシステムを構築し、疾患関連遺伝子の存在する領域を中心に年間3-400万塩基配列を決定し、がん、遺伝性疾患、循環器疾患、骨系統疾患、代謝異常などの発症あるいは増悪に関係する遺伝子の同定なども行っている。著書に「がんペプチドワクチン療法」(中山書店)、「これからのゲノム医療を知る―遺伝子の基本から分子標的薬、オーダーメイド医療まで」(羊土社)、「ゲノム医学からゲノム医療へ -イラストでみるオーダーメイド医療の実際と創薬開発の新戦略」(羊土社)など。

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