「人材育成は社会全体で」

鳩山内閣が発足して約1カ月が経過した。その間、「官僚主導から政治家主導へ」、また「コンクリートから人へ」という基本姿勢の下、今年度補正予算や来年度予算概算要求の見直しなどが、急ピッチで進められている。川端文部科学相に新政権における文部科学行政の考え方などについて尋ねた。
―就任会見の時、「企業の研究者として技術は得られているが果実は得られていない」という話もされましたが、科学技術立国ということに関して考え方を聞かせてください。
例えば、最近健康診断で非常に注目を浴びているポジトロン断層法(PET)の技術は、もともと東北大学が中心となって研究開発したものです。それを商品化するためには非常にお金がかかるということで、そうこうしている間に市場としては世界に全部席巻されてしまいました。結果として日本は、非常に高い装置を買っています。医療器械はだいたいみんなそうです。
「基となる技術は日本でやったのに…」というのは昔と逆なんですね。昔は、基の技術が世界にあったものを上手に実用化してものを作るのが日本は非常に得意でした。今は、ものを作るのは非常に得意ではあるのだけれども、新しい技術を商品化する時の目利きとリスクを負ったお金の出し方、それとトータルのシステムに問題があるのです。
この間はiPODの話をしたかと思います。個々の部品は全部日本製で技術も日本製なのに、それをこういう風に組み合わせて、こういう商品にするという、ソフトの力が弱いのです。結局は部品のお金は入ってくるけれども、値段の高い商品ではお金が入ってこない、ということになっています。この果実は新たな技術開発に使われる費用でもありますから、そこの部分が厳しくなるということは非常に問題があります。
行政という意味だけでなく、企業の世界と、投資資金、ある種のリスクマネーということも含めて、いろいろな分野の人が知恵を出し、商品化のスキームをつくるということも非常に大事だと思っています。
―例えば、医療機器などでも日本企業はリスクを冒さないと言われていますね。
冒さずというよりも、相当、費用がかかりますから、余力がないというのが正しいんでしょうね。こうした時期に文部科学省、経済産業省、民間の役割がそれぞれある中で、文部科学省として実用化をどのように応援できるかが問われています。今までもやってきたと思いますが、もう少し、トータルコーディネート、トータルマネージメント力をどうやって科学技術の果実に結びつけ、つくりあげていくかということが大事だと思います。
一方で、文科省は基礎的分野を担っていますから、すぐに果実につながらないこともいっぱいあるんです。しかし、実は長い目で見れば、商品化というのもそういう基礎的成果の積み重ねですから、結局、果実が得られたら、そこへもリターンされるはずです。問題意識としては、そのように思っています。具体的にはまだ煮詰まっていませんが。
―鳩山首相が国連で表明した「2020年までに温室効果ガスを25%削減」には、多くの課題がある、という指摘があります。高速増殖炉や核融合炉など、次世代の原子力研究開発についてうかがいます。
25%目標を実現するためには、相当大きな技術革新がないと相当難しいでしょう。これを後押しするような研究開発ができれば、と考えています。ブレークスルーになる技術として高速増殖炉や核融合が大きな役割を担う可能性は相当あると思いますが、時間軸で言うと、決して与えられた時間は長くはありません。同時に、費用の問題、国際的な関係がありますから、25%削減達成のために原子力分野で新たな目標を設定することは現実的には難しいのではないかと思います。
しかし、いま日本が置かれている国際的な役割、状況の中で日本に期待されていることもずいぶんあります。そして技術的には、核融合と高速増殖原型炉「もんじゅ」は国際的にも評価され、期待され、責任を持っている部分もありますので、それらを着実に進めることが今やらなければならないことだと思っています。
―予算の面でも今まで以上に手当てするということですか。
今まで以上かどうかはともかく、スローダウンするという意思は全くありません。国際的な約束もいっぱいありますから、着実に今まで通り進めていきたいと考えています。
宇宙ステーション補給機(HTV)の成功で日本独自の有人宇宙船も視野に入ってきたかと思いますが。
宇宙開発自体が、国際宇宙ステーション(ISS)で明らかなように国際的なものです。この間のHTVの成功によって、日本は米国、ロシアに続いて、ISSへの物資の補給の役割を果たせる、そして果たした国になったわけです。そういう意味では、国際的な協力と日本のかかわり方、日本の技術というものが、それぞれ有機的に連携していると思います。そしてHTVの中で作業ができるということは、あそこに人がいても暮らせるという環境だということです。また、あそこまで飛んでドッキングしたわけですから、もう少しで人が乗れるのではないかという、技術的にはそこまできているわけです。ただ、今のHTVは戻る時に大気圏で燃え尽きてしまいますから、人は乗れないのですが…。
技術の面では相当なところまで来ているという評価はあります。ただ、有人となると、人の命が懸かるため相当なリスクがありますから、開発の手順としては、さまざまな壁があります。それらは当然ながらものすごい費用を伴うものだと思います。そういう意味で、わが国だけが独自にやらなければならないという思いは、私はそれほど持っていません。米国との関係、世界との関係、そして日本の役割といういろいろな立場でものを見ながら判断していくことであろうと思っています。ケネディ大統領が「人類は月に行くぞ」と決断したところからアポロ計画が始まったことからいえば、有人飛行は夢としてはすごいことです。素晴らしいことだし、大きな夢を持ち続けることは大事だけれども、現実にはステップ・バイ・ステップで、ということかな、と考えています。
―理系出身者として科学の魅力、醍醐味を実感したことはありますか。
企業では研究開発をしていましたから、新しい世の中にないものを作っているときは、まさに「お天道様はミスを見逃してくれない」というのが鉄則ですね。僕は水処理をやっていましたから、だいたいうまくやったと思っても、少しでもミスがあると、漏れるとか破れるとか、ということがありました。全部終わったと思ってもミスは見逃してくれません。しかられながら、最後に自然が「よくやった」と言ってくれて、実際に動き出すと、それはものすごくうれしいことです。
―最後に政治家としての信条を聞かせてください。
自然科学の世界にいると一点のミスも許してくれません。そして自然科学では正しいことは正しくて、間違ったことは間違っているとはっきりしています。しかし、政治の世界というのは、全く正しいということはなく、いろいろな評価があって百点もあればマイナス百点もあるという世界です。ですから、自然科学の世界から、政治の道を目指したのは、その不思議さに引かれたからです。そういう意味では、政治の世界も可能な限り、身近で分かりやすくしたいというのが、一つの信条です。
加えてサラリーマンをしてきましたから、本当にまじめにこつこつ頑張っている人がいて、そういう人たちがちゃんとよい結果を得ていることを見てきました。「まじめに生きれば実を結ぶ」といつも言うのですけど、そういう社会でありたいというのが信条です。現状は、なかなかそうなってはいないのですが。
(科学新聞 中村 直樹)
(完)

(かわばた たつお)
川端達夫 (かわばた たつお)氏のプロフィール
1945年近江八幡市生まれ。滋賀県立彦根東高校、京都大学工学部卒、京都大学大学院を修了、東レに入社、研究開発業務に従事する。86年衆議院議員初当選以来7期連続当選。衆議院災害対策特別委員会委員長、安全保障委員会委員長、議院運営委員会理事、民主党国会対策委員長、幹事長、常任幹事会議長、党副代表などを歴任。2009年9月鳩山内閣発足とともに現職。