インタビュー

第1回「イノベーション25は拙速」(前田正史 氏 / 東京大学 理事・副学長)

2009.10.19

前田正史 氏 / 東京大学 理事・副学長

「イノベーションの議論を超えて」

前田正史 氏
前田正史 氏

2006年3月に閣議決定された第3期科学技術基本計画で「イノベーション創出」が大々的に打ち出されて3年半たつ。目に見える成果があったか、はっきりしない。それぞれ都合よく解釈、使用されているだけで、本質はさっぱり理解されていない、という厳しい声も聞かれる。そんな折、「Beyond Innovation『イノベーションの議論』を超えて」(丸善)という本が出版された。イノベーション論議に何がどう不足していたのか、編著者である前田正史・東京大学理事・副学長に聞いた。

―イノベーションという語は、第3期科学技術基本計画の文面中に38カ所出てくるそうですが、確かにその後の露出度も相当なものです。しかし、どうも人によってとらえ方がさまざまでは、という印象もありますが。

質問に答える前に「Beyond Innovation『イノベーションの議論』を超えて」について話します。この本は私が作ろうと思って作った本ですが、イノベーションの議論を始めたのは、今から3年か4年前になります。当時、総合科学技術会議議員だった柘植綾夫さん(現・芝浦工業大学学長)から、北澤宏一・科学技術振興機構理事長と私に話が来て、3人で話し合った結果、日本学術会議に「科学技術イノベーション力強化分科会」をつくることになりました。柘植、北澤両氏は学術会議の会員でしたし、私も連携会員でしたから。

そこで議論のほとんどは半年くらいの間にワーッとやったのです。こうした議論の最中に黒川清・日本学術会議会長(当時)が当時の安倍晋三首相に進言されたようですね。それでイノベーションという言葉がややファッショナブルに使われるようになり、学術会議にまた戻ってきたわけです。日本の目指すイノベーションとは何か、学術会議でレポートを書きましょう、みたいな大号令をかけられまして。学術会議の分科会で集中的に議論した中身を今回、この本にまとめたわけです。

安倍首相の下には「イノベーション25戦略会議」が設けられ、学術会議会長を退任された黒川先生は内閣特別顧問に就任されて戦略会議の重要な役割を担うことになりました。一方、学術会議は金澤一郎新会長を委員長、北澤先生を副委員長とする「日本学術会議イノベーション推進検討委員会」を設置し、新たに「イノベーション25戦略会議」の資料づくりのための検討を開始したわけです。この時点で私は北澤先生に「もうおまかせしていいのですよね」とお願いしてこの分科会から戦略会議の方に舞台が移りました。

―日本学術会議のイノベーション推進検討委員会が2007年1月25日公表した報告書「科学者コミュニティが描く未来の社会」は、2025年の日本社会のあるべき姿を想定し、そのために必要となるイノベーションの促進策を提言したということでしたが、必ずしもマスメディアの記者からは高い評価は聞かれなかったような気がします。この検討には加わらず、今回、なぜこの本を作ろうとなったのですか。

学術会議がイノベーション25のためにまとめた報告書「科学者コミュニティが描く未来の社会」は、私もあまりいい評価を受けられる報告書だとは思えません。十分な時間をかけていませんから。そんな短期間で内容の詰まった報告書をまとめるなどということはできないのです。基本的に学者ってやることが遅いのです。だから、アカデミアからの発信が弱いとよくいわれますが、当たり前です。学者は緻密で正確、だから遅い。それが学者なんですよ。目端がきくスピード第一の人間は学者なんかやっていなくて、ほかのことをしてます(笑い)。

のろい(遅い)ように合わせてもらわないと無理ですから、社会との間にバッファー層が必要なのです。その役割を果たしているのが北澤宏一先生のような方だと私は思います。東京大学の教授を辞めて科学技術振興事業団(現・科学技術振興機構)の専務理事になると言われたときは、びっくりしたものです。

北澤先生のような目利きがいて、のろい学者をピックアップしペースを見ながらやっていくというのが、まずはイノベーションの原点です。ところが学術会議がやらねばならなかったことは全く逆さまで、まさに学がみずから得意でない方向の仕事を引き受けたのです。

しかし、新しくできた「日本学術会議イノベーション推進検討委員会」におまかせしたものの、最初に議論した「科学技術イノベーション力強化分科会」では皆さん、一生懸命いろいろな発言をされています。このまま塩漬けにしたのではあまりに内容のある資料がもったいないので、報告書を出そうと思いました。ところが、学術会議というのはこれまた厳かでして、学術会議として、正式な報告書を出そうとすると、哲学論的な手続きが待っています。何しろ会長の前でプレゼンテーションをやって学術会議全体の許可をいただかないとレポートを出せないんです。なかなか合意をとれないので、急ぐには、商業出版しかない、と丸善から出しました(笑い)。

政府の「イノベーション25」の方の議論は学術会議でやってもらったわけですが、われわれはあくまで個人の集まりとして、せっかくやった議論をまとめておこう。相談した北澤、柘植両先生もぜひそうしましょうということになりこの本になった、というわけです。

(続く)

前田正史 氏
(まえだ まさふみ)
前田正史 氏
(まえだ まさふみ)

前田正史 (まえだ まさふみ)氏のプロフィール
1976年東京大学工学部卆、81年同大学院工学研究科博士課程修了。東京大学生産技術研究所教授、同総長補佐、生産技術研究所サステイナブル材料国際開発センター長、評価支援室長、生産技術研究所長、総長特任補佐などを経て、2009 年4 月から現職。専門は循環材料学・材料プロセッシング。1998年半導体シリコンの精製のために、ベンチャービジネス 株式会社アイアイエスマテリアルを創立、資本金7 億円で生産活動を行っている。主な著書に、『大学の自律と自立』(日本化学会編)、『「ベンチャー起業論」講義』(丸善)、『金属材料活用事典』(共著、丸善)、『金属事典』(前田正史編集、産業調査会事典出版センター)。工学博士。

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