インタビュー

第5回「真の人材育成を」(金澤一郎 氏 / 日本学術会議 会長)

2009.01.30

金澤一郎 氏 / 日本学術会議 会長

「社会の期待にこたえるアカデミーに」

金澤一郎 氏
金澤一郎 氏

持続可能な社会、持続可能な地球をつくるために、知を再構築し幅広く活用することが強く求められている。科学者の役割が一段と高まっている時代と言える。「社会のための科学」を明確に打ち出した「科学と科学的知識の利用に関する世界宣言」(ブダペスト宣言)が、世界科学会議で採択されて今年はちょうど10年目にあたる。日本の科学者を内外に代表する機関である日本学術会議は、アカデミーに対する国民の期待にどのようにこたえようとしているのか。金澤一郎・日本学術会議会長に聞いた。

―任期付きポストのお話が出ましたが、日本の学術が進むべき方向を最後に伺います。

今、国は基礎科学、基礎研究が大事だ、と言っています。しかし、実際に大事にされているかについては気になって仕方がないのです。昨年、ノーベル賞を受賞された日本人研究者の方々は、研究しているときは夢中で、これが社会貢献するなどとは多分、これっぽっちも考えていなかったと思います。面白いことになればいいなあ、ということは考えられたかもしれませんが。

それが日の目を見て認められ、多くの人の祝福を受けること自体、大変すばらしいことです。しかし、それをもって日本の科学技術政策が正しかった、このままでよいという誤解だけは避けなければなりません。授賞理由となった成果は、30年以上も前の仕事です。当時の状況を考えると、今のように基礎科学の社会への還元といったことが国策として進められていたわけでもなく、今のように恵まれた経済状況でもありませんでした。教育環境もシステムとしてはよくなかったでしょう。ただ、大事なことは、ある種の教育環境としては理想的だった可能性があるということです。つまり、すばらしい師、仲間、尊敬できる師、仲間がいて、雑念なしにやりたいことをやり続ける情熱と周囲の理解があったのではないでしょうか。

今、人材育成がさかんに叫ばれていますが、若い研究者の置かれている状況は気の毒に見えます。以前に比べると教育環境はシステマティックにうまく作動しているかもしれません。しかし、若い研究者にかかる重圧たるや大変なものがあるのではないでしょうか。1つは、短期間に優れた成果を出さないと教授にしかられたり、部長にしかられたりといった重圧です。大変な研究費をもらっている教授や部長は少なくなく、そういう人たちの多くは成果を出さないと次のステップに移れないと思っているでしょうから。以前のように好きなテーマを自由に選び、興味を持ち続けられるような研究を続けられず、短期的に成果の出るテーマを選ばざるを得ない。若い人たちには決してハッピーだとは思えません。

われわれができることは、人材育成という言葉をもう一度問い直すということではないでしょうか。今のままだとはっきり言って若い人をつぶしかねない。今の評価の仕方を変えて、若い人たちに研究のチャンスをもっと与えるべきではないでしょうか。そのためには、今若い人たちが何を考え何に悩み何を望んでいるか大急ぎでアンケートして把握する必要があると思います。

今の若い人たちが数十年前の若者と比べ能力が落ちているとは思えません。大体において、天才や秀才の出る率は、時代や人種によって変わるものではないと思います。これからはインドや中国に完ぺきにやられるのではないかと心配です。彼らはうまく若い人の才能を伸ばしているように見えますから。それに対し、日本はとてつもない能力を持っている若者すらつぶしてしまっている可能性があります。

日本は今、明治維新、太平洋戦争の敗戦に続く第三の意識改革の時期にあるような気がします。学術の面でも本気で意識改革をしないといけないのではないか、それこそがイノベーションではないかという気がしてなりません。評価、評価といっているばかりではなく、失敗も許容する文化をつくることが必要ではないでしょうか。特に若い人たちのために。

(完)

金澤一郎 氏
金澤一郎 氏

金澤一郎 氏のプロフィール
1967年東京大学医学部卒業、74年英国ケンブリッジ大学客員研究員、76年筑波大学臨床医学系講師、79年同助教授、90年教授、91年東京大学医学部教授、97年東京大学医学部附属病院長、2002年東京大学退官、国立精神・神経センター神経研究所長、03年国立精神・神経センター総長、06年から現職(08年10月再任)。総合科学技術会議議員。02年から宮内庁皇室医務主管。07年から国際医療福祉大学大学院副大学院長も。専門は大脳基底核・小脳疾患の臨床、神経疾患の遺伝子解析など。

関連記事

ページトップへ