日本記者クラブ主催「記者ゼミ講義」「今村文彦氏・東日本大震災での津波被害実態と今後の対応」(2021年2月17日開催)から―
まもなく東日本大震災から10年になります。この大震災の教訓をまとめました。まず「我々は備え以上のことはできない」ということです。次に「事前防災はソフト面、ハード面含めて確実に被害を軽減するが、やはりゼロにはできない」。3番目は「危機管理と対応計画は考えられる最悪のシナリオに基づいて実施しないとうまくいかない」です。そして、将来起こり得る大災害については「不確実な状況下でどのような判断をし、対応していくかが求められる」。さらに加えるならば「今後はレジリエント(回復力ある)社会構築が必要」です。
チリで反射した津波が戻ってきた
10年前の3月11日午後2時46分に宮城県沖の南北500キロ、東西200キロのそれまでとは比較にならない範囲で地震が起き、地震の規模は世界で4番目でした。余震は現在も続いていて、2月13日深夜にマグニチュード(M)7.3の地震が起きたわけです。今後おそらく10年、さらには20年続いていく可能性はあると聞いています。
この後に大津波が発生しました。揺れの3分後に気象庁から津波情報が出て、各地域で避難指示、避難勧告が出ました。20分後には沿岸部に到達。この津波の実態を知っていただきたいということで、CGも作りながらどの範囲でどのような津波が来たのかを調べました。引き波、押し波があって約1時間で第一波としてほぼ沿岸部に到達しました。陸側に上がった津波が引いて、引いた津波がまた違う地域を襲っていく―こういうものが繰り返されていたわけです。
解析では、2時間ぐらい経っていろいろな大波がいろいろな方向に出たことが分かりました。当時は津波注意報を1日半解除できませんでしたし、この津波が1日かけてチリまで行って反射した津波が1日かけて日本の沖合まで戻ってきました。そのくらいの規模の津波だったのです。
都市の「縮流」に車が飲み込まれた
当時の津波の高さの調査結果があります。一部で40メートルにも達する遡上高が記録されています。福島第1原子力発電所の敷地では最大17メートルですが、周辺まで含めると遡上高21メートルという非常に大きな値が出ています。各地の津波被害についてさまざまな記録があります。津波は一直線に入ってきましたが、この沿岸部には防潮林や住宅があって、すぐに内陸に入っていくのもあれば、小高いところは遅れて侵入するのもありました。
三陸海岸の沿岸部は昔から防潮堤がありました。5メートル、10メートル。一部は15メートルを超えた防潮堤が整備されています。しかし残念ながら、あの時は防潮堤を越えたところがたくさんありました。津波が侵入して防潮堤の基礎部分を壊した、引き波で基礎部分を壊した、といろいろなパターンが報告されています。現在はこうした状況を踏まえて防潮堤の表面だけでなく裏面もコンクリートで修復して「粘り強い」構造になっています。
今回の大津波の特徴を1つ挙げると、都市型の津波であったかと思います。宮城県多賀城市での状況では、仙台港から入ってくる津波に加えて川を遡上する津波もありました。こうして侵入してきた津波が建物と建物の間で「縮流」という流れができ、残念ながら車などが飲み込まれてしまいました。
海には何もないが、陸側に入ると建物がある。その間の狭い所に津波が入ると縮流となって強い流れとして集中してしまう。いろいろなところから合流する―当時このように複雑な状況がありました。
強い力で鉄筋コンクリートも壊してしまうような被害に分類できます。津波による浸水を止めるのか、強い流れを止めるのか、強い力にも建物が変化しないようにするのか―いろいろな対策を考えなければなりません。
適切な避難で人的被害ゼロを目指す
今回のような大津波は100年に1回、数百年に1回という低頻度ですが、一度発生すると広域に甚大な被害を及ぼします。今回も2万人近い方々が津波の直接被害で亡くなり、人的被害が甚大だったことが特徴でした。国連のまとめでは、過去20年間で津波により、世界で25万人を超える犠牲者と2800億ドルという経済被害を出しています。ただ、津波は地震を原因に発生するので発生から猶予時間があります。我々がそれをきちんと使って適切な避難をすれば人的被害をゼロにすることもできます。
地震が発生するとまず、揺れがあって各自の判断が必要になります。その後、周囲の呼びかけ、気象庁の警報、さらに皆さんの避難のための移動を目撃するといった情報が刻々増えるわけです。一方津波が来る前は取れる行動や手段はありますが、時間の経過とともに厳しい状況になります。トレードオフと呼んでいますが、時間ごとに情報がどういう流れるか、それに対してどういう行動を取れるのか、を並べながら対応の準備をするということが重要です。
当時大きな課題だったのが、車での避難です。大きな揺れがあった後、道路が使えないとか、橋が壊れてしまうとか、電気が止まって信号が作動しないという状況になります。当時も渋滞しました。沿岸部に沿って道路網があるので数珠つなぎの渋滞もありました。海から陸側に行くまでずっと並んだとか、幹線道路で渋滞したとかいった状況が生まれたわけです。これを制御しなければいけません。地震、津波はいつ起きるか分からないので、車を使うかどうかは地域ごとに細かい検討が必要です。
繰り返す自然災害、防災意識の低下はないか
あの大震災から10年が過ぎるわけですが、残念ながら自然災害はその間も繰り返されてきました。2014年には広島豪雨があって御嶽山の噴火、2015年9月には関東・東北豪雨。そして16年には熊本地震、台風10号、鳥取県中部地震、福島沖地震。17年には九州北部豪雨というように、自然災害は毎年のように起きています。
共同通信のまとめでは、この10年間で災害救助法が適用された災害は51件。40都道府県の921市町村に適用されました。これだけの災害が続いているので、一般に国民の皆さんの防災意識は高いのですが、備蓄をどのくらいやっているか、安否確認などの準備をどれだけしているか、ということになると、まだ不十分ではないかと懸念されます。大震災から10年が経って風化や意識の低下もあると思います。
新型コロナとの類似点
地球規模の気候変動の中で、(太平洋)高気圧と(チベット)高気圧の張り出し具合が変わり、これによって台風のルートも変わっています。最近非常に顕著です。温暖化により気温は確実に上昇し、熱中症が増加しています。こうした中で昨年は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)という新たなリスクが、日本だけではなく世界的に影響を与えています。
改めて震災とこの新型コロナを比較すると、東日本大震災はやはり自然災害でした。原発事故はあったが、大震災そのものは地震、津波によるものでした。新型コロナは社会災害であると思います。感染症の原因はウイルスですが、我々の行動が大きく影響します。自然災害は直接被害が起きますが、社会災害は間接被害として経済やコミュニティーに大きな影響を与えます。
人的被害の規模で「3.11」は2万余人。関連死も含めると、残念ながら非常に大きな数字です。しかし、新型コロナは(世界で見ると)桁が違います。「3.11」は復旧から復興という段階ではあるものの、新型コロナはまだまだ厳しい状況が続いています。ワクチン接種への期待はありますが、早く収束のめどが立つことを願っています。
この2つの災害は大きく異なりますが、災害対応という点では類似性も多くあります。事前にできることがあります。情報とか啓発という面です。先人たちの経験をつなぐことが大切という点でも同じです。発生後の緊急対応、さらに復旧、復興という面でも類似点があります。
情報という面では、デジタル、バーチャル情報は有効ですが、それをリアルな世界、現実の社会にきちんと対応しなければいけません。こういうところも共通点があります。相違点もありますけれども類似点もあるということで、同じように対応していかなければいけないと思います。
被災地の「3.11伝承ロード」で学びを
冒頭に「3.11」の教訓を紹介しましたが、こうした言葉でまとめた教訓は教訓として、皆さんにはやはり被災地の現地に来ていただきたいと思っています。被災地の住民の方々とお話をしながら、経験と教訓を是非直接学んでいただきたいと思っています。一昨年「3.11伝承ロード推進機構」(今村文彦代表理事)という組織ができました。教訓は必ず命を救いますし、備えることで救える命もあります。学ぶことで助かる命があり、それを皆さんにお伝えしたいというのがこの組織の役割です。
被災被害が大きかった岩手県宮古市田老町の例があります。明治の大津波時の死亡率は何と80%。昭和の津波の時にはその経験は生かされましたが、30%は超えました。3.11の時には全体で2万人以上が犠牲になりましたが、田老町では住民の4%でした。4%でしたが166人が犠牲になりました。我々の最終的な目標は、この166人もゼロにしなければいけないということです。そのためには何が必要か、現在検証しています。
もう一つ、「3.11」の大津波の対応例です。仙台東北道路という道路が沿岸部から4~5キロ離れたところにあります。高台になっていてここに300人以上の方が上って助かっています。こういうのを一つ一つ見ながら、将来に対してもどのように減災できるか、ぜひ現地に来て見ていただきたいと思っています。
推進機構の設立に続いて、「3.11伝承ロード」という道ができました。青森県から、岩手県、宮城県、そして福島県に至る沿岸部のさまざまな被災施設とその地域での活動を結んでいくのです。そこでどういう学びができるか、またどのように研修ができるのか、を案内する役割をこの「3.11伝承ロード」は果たしていければと思っています。
今はコロナ禍ですので、遠方からの訪問者は少ないわけですけれども、各県では修学旅行生も含めて多くの人に来てもらっています。救える命があるということを現場に来ていただいて「語り部さん」からの話を聞いていただき、学んでいただければと思っています。
対応を固定化せず、回復力を上げよう
事前の防災ということでインフラ、道路やさまざまな施設を整備しても一定の役割はあっても被害をゼロにはできません。特に人的被害をゼロにするためには、我々の、それぞれの行動が重要です。不確実な状況下での判断が必要です。気象庁の情報の精度は向上していますが、それを待っていたら遅れてしまう。個人の避難だけでなく、行政や関係部署の対応も同じです。
さまざまなリスクに対し、さまざまなインフラや情報があり、それぞれの役割があります。それを総合的にまとめて、対応していくことが重要です。さまざまなシナリオを用意し、しかし固定化しないことも必要です。例えばハザードマップは固定化してしまうと「浸水範囲より外に出れば安心」というように考えてしまってはいけません。いろいろな事を学び、人々が協力して「回復力」を上げる行動対応が何より必要ではないかと思います。実はなかなか行動が取れていないという状況もあります。そうした実態を広く共有して考えていければと思います。
最後にお話ししたいことがあります。「『3.11』を防災教育と災害伝承の日」にしようということで、先日記者会見をして提案させていただきました。「3.11」は今、いわゆる追悼と鎮魂の日になってはいます。阪神・淡路大震災が起きた「1.17」がボランティアの日とか、9月1日の防災の日などがありますが、「3.11」はそのような日には指定されていません。是非「3.11」を防災教育と伝承の日にしていただきたいと思っています。
(内城喜貴/サイエンスポータル編集部、共同通信社客員論説委員)
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