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大学研究者と企業のコラボで創薬を!(加藤益弘 氏 / 東京大学トランスレーショナル・リサーチ・イニシアティブ特任教授)

2015.07.16

加藤益弘 氏 / 東京大学トランスレーショナル・リサーチ・イニシアティブ特任教授

トムソンロイター主催「第3回学術シンポジウム『研究力強化に向けた戦略的研究マネジメント』~戦略立案のための情報活用~(2015年6月24日)講演から

東京大学トランスレーショナル・リサーチ・イニシアティブ特任教授 加藤益弘 氏
加藤益弘 氏

 世界的に見て製薬会社の経営環境は苦しくなっている。3~4万もの化合物の中から10~15年の年月と、1,000~2,000億円という巨額な資金をかけて、そのうちの一つが薬として承認されるという世界だ。さらに開発コストはうなぎ上りで、研究費あたりの新薬創出の効率は低下し続けている。

 米国で承認された医薬品の6割が、バイオベンチャーか大学発という調査結果がある。米国のベンチャーは大学の研究者がつくったものが多いので、いかにアカデミア(学界)の役割が大きいかということだ。日本は、2005年をピークにバイオベンチャーの数は減っている。ベンチャーの役割は米国ほど大きくはないので、その分アカデミズムに対する期待は高まっている。

 創薬研究は、各段階で科学的な確証を積み上げていくことがますます求められている。企業の研究開発費は増加する一方で、研究開発のスリム化、効率化を進めざるを得ない。世界最大手の製薬企業といえども、科学的確証を得るために必要な基礎的研究を自身だけでやるのが難しくなってきているということだ。東京大学にも、基礎的研究の段階から一緒にやりたいという外資系の製薬企業がどんどん訪れてくる。残念ながら、日本企業はあまり来ないが。

 こうした期待に応えようとしている東京大学の取り組みが、トランスレーショナル・リサーチ・イニシアティブ(TR機構)を活性化して成果を出す組織へと変革するというものだ。東京大学の研究者たちは、TRしたいと思ってもどうしたらよいか分からないなどいろいろな問題を抱えている。全て自分でやるのは大変、企業に紹介したいがコネがない、果たして自分の方向性で企業が興味を持ってくれるだろうか、他の研究者とコラボレーションしたいが、どう相手を探してよいか分からない、といったものだ。

 一方、企業側も問題を抱えている。東京大学は敷居が高い。海外の大学と連携した方が成果が出る。どんな先生がどんな仕事をされているのか分からない。先生たちとの権利関係の議論が大変―などなどだ。

 TR機構は、医療関連研究を実施している東京大学の研究科、研究所にまたがる横断的組織で、11部局の部局長が運営委員会のメンバーになっている。東京大学の研究者たちは素晴らしい研究をし、アイデアを持つ人が多い。こうしたダイヤモンドの原石を採掘し、磨き上げる。企業にはないアカデミアの発想を生かすことで、研究成果を実用化に結び付ける。TR機構が活性化することで期待できるこうした大学側のメリットに対し、企業側にも大学に求めるものが手に入りやすくなるメリットがある。

 TR機構の特徴のひとつは、シングル・ポイント・オブ・コンタクト(唯一の連絡窓口)と包括的研究マッピングだ。柔軟な目的を共有する協同研究体制をつくり、アカデミアと企業が相補的に、かつ一体的に協働する価値創造型産学融合体を形成する役割を担う。企業に対しては「大学への要望をお聞きします」と呼びかけ、要望に合う東京大学の研究者を紹介している。ただ、これだけでは単なる仲立ちにすぎないので、付加価値を与えるために研究全体を鳥瞰図(ちょうかんず)的に把握することでシングル・ポイント・オブ・コンタクトの価値を高めている。研究者に登録してもらい、シーズ研究の名称、革新性、解決しようとしている課題などを、医療機器・デバイス、医薬品、再生医療等製品といったカテゴリーに分けて調べた。

 このシーズ研究調査を基に構築したのが、包括的研究マッピング「リサーチマッピングシステム」だ。医療関連のデータを包括的に把握し、医療関連の研究を行っている部局のシーズを、タイトルごと、研究者ごとに表示することができるのが特徴。検索したい研究テーマや内容をさまざまな角度で切り出し、抽出することができる。研究者の判断で、個々の情報の開示・非開示が設定できるので、論文投稿や特許申請前の最新データも含まれる。研究内容の更新・登録は常に可能だから、常に最新情報がアップロードされている。

 TR機構のもう一つの特徴は、TRに関する強力なアドバイス機能を有していることだ。Steering & Science Committee (SSC)というアドバイザーグループがあり創薬研究や事業開発、特許等創薬に必要な高い専門性を有する企業の方、規制当局で審査を担当していた方、医療関係に特化した経験豊かな弁理士の先生等で構築され、日本のトップの研究者と活発な議論を行いTRに関する戦略をインプットしている。これにより、研究者のTRがより確実に実用化に結びつくようになる事を目指している。

 東京大学の研究者は、トランスレーショナルリサーチ(橋渡し研究)に関してはまずTR機構に相談し、企業目線、規制当局目線でのアドバイスが得られ、ベストなパートナー企業を選ぶことなどが可能になった。一方、企業の側も東京大学の研究の全体像が把握できる、探している領域やテーマの研究者が見つかりやすくなった。

 創薬活動において、アカデミアの役割はより重要になっている。この新しいモデルを参考にして、日本におけるアカデミアと企業のコラボレーションを推進する可能性があると考えている。

(小岩井忠道)

東京大学トランスレーショナル・リサーチ・イニシアティブ特任教授 加藤益弘 氏
加藤益弘 氏
(かとう ますひろ)

加藤益弘(かとう ますひろ)氏のプロフィール
横浜国立大学工学部応用化学科卒。東京工業大学生命化学専攻修士課程修了、群馬大学で医学博士号取得。住友化学工業株式会社研究所に入社。群馬大学医学部微生物教室に出向後、住友製薬株式会社医薬開発部、住友製薬株式会社欧州代表(臨床開発担当)、英ゼネカ社国際薬事マネージャー、ゼネカ株式会社取締役研究開発本部長、アストラゼネカ株式会社代表取締役社長、同代表取締役会長兼社長最高経営責任者などを経て2013年から現職。欧州製薬団体連合会(EFPIA Japan)会長、日本製薬工業協会常任理事なども歴任。

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