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有人月面基地視野に 中国の宇宙開発動向(辻野照久 氏 / 宇宙航空研究開発機構 調査国際部 特任担当役)

2015.07.06

辻野照久 氏 / 宇宙航空研究開発機構 調査国際部 特任担当役

科学技術振興機構中国総合研究交流センター主催研究会(2015年6月15日)の講演から

日本超す衛星打ち上げ数とロケット能力

宇宙航空研究開発機構 調査国際部 特任担当役 辻野照久 氏
辻野照久 氏

 中国の技術は物まねで実際大したことはないのでは、と言う人もいるが、他国がしていないところを一生懸命やっている面もある。累積衛星数を見てほしい。2009年末までは129機だった衛星が今では235機に増えている。1970年から40年間で120機打ち上げたのが、この5年だけで100機に上る。昨年は25機だ。24機だった日本を追い抜き、年間衛星打ち上げ数で米国、ロシアに次ぐ世界第3位となった。

 技術力はどうか。中国は日本にまだ追いついていないところもあるが、そのうち逆転することは間違いないだろう。場合によっては米国を追い抜く可能性もある。

 ロケット打ち上げ回数を見ると、2014年末までで211回を数える。ロケットは長征1型、2型、3型、4型とある。1型は最初の2機で終わっているが、2型~4型は現在も運用している。長征だけで203機、最近では「快舟」というロケットが出てきて2機、既に終わってはいるが「風暴」というロケットも6機あった。「開拓者」もあったが、失敗のまま終わっている。

 長征5型は新型ロケットとして開発中だが、これができれば日本のH2Bロケットの倍近い能力になる。低軌道で25トン、静止トランスファ軌道で14トン。直径5メートルはH2Bと同等で海南島の文昌射場から打ち上げられる予定だ。長征6型は7月20日に初打上げを予定している。長征7型は有人宇宙計画用だ。物資補給船を現在開発しており、来年あたりから試験を始めるのではないか。

 長征9型は打ち上げ能力が数十トンクラスで長征5型の2、3倍ある。昔、米国のアポロ計画で使われたサターン5型ロケットは約100トンの打ち上げ能力を持っていたが、あれほどではなくとも月に向けて有人宇宙船を打ち上げるくらいの能力にはなるだろう。一方、長征11型は極端に小さい、日本でいうとイプシロンより小さいロケットだ。

 酒泉(甘粛省)、西昌(四川省)、太原(山西省)の3カ所の射場は引き続き運用中で、海南省の文昌射場は実は昨年のうちに開業している。実際のロケットの打ち上げはおそらく今年の後半、あるいは来年ということで、射場の設備はほとんど出来上がっている。これら射場は人民解放軍の総装備部が管轄している。

 輸送能力を外国と比べるとどうだろう。米国、欧州、ロシアにはまだ及ばないが、日本よりは上にある。長征5、6、7、9号が使われるようになると、日本との差は開くばかりになるかもしれない。

月探査重視変わらず

 今年、有人宇宙飛行はなさそうだが、中国の発表では2016年に有人宇宙船「神舟11号」と宇宙ステーション「天宮2号」を打ち上げるとされている。今までの有人宇宙飛行実績は、2008年までの神舟1~4号は無人で、5号で初めて有人飛行を行った。6号では2人が搭乗し、7号で3人、船外活動も実施している。2012年には神舟9号を打ち上げ、天宮1号と手動操作によるドッキングを行った。この時には初めての女性宇宙飛行士が搭乗している。2013年の神舟10号も搭乗員3人中、1人が女性だ。宇宙飛行士は10人だが2回飛んだ人も2人いて、滞在日数は延べ104日になる。

 中国は、国際宇宙ステーション(ISS)に対抗して、独自の宇宙ステーションを造ろうとしている。ISSは2020年、もしくは2024年ごろに運用終了となる可能性があるが、中国はそのころから宇宙ステーションを始めるとしている。2020年ごろから運用を開始し、2022年でモジュールを全てそろえ完成させるらしい。基本モジュールは3つで貨物輸送船と有人宇宙船が両側に付き、連結モジュールも加え、モジュール数は最大で6、7になる予定だ。

 宇宙飛行士たちは全員、人民解放軍の航天員大隊という宇宙飛行士部隊に所属しているが、一般人や外国人が搭乗する可能性もある。例えばドイツは宇宙実験分野で中国と協力関係を持っており、欧州宇宙機関(ESA)の宇宙飛行士で中国語の勉強を始めた人がいる、という情報もある。ISSが運用終了になった後、中国に擦り寄る国が出てくるかもしれない。

 2013年12月、中国は「玉兎」というローバー(探査車)を積んだ嫦娥3号を打ち上げ、月面着陸に成功し、ロシア、米国に次ぐ世界3番目の月面着陸国になった。「玉兎」は2カ月間、走行したが、ふたを閉じる時にゴミがたくさん入って動かなくなってしまった。通信はできてもローバーの役目を果たせなくなってしまった。

 2017年には嫦娥5号の打ち上げが決まっているが、そのミッションは月面の試料を取って地球に戻すサンプルリターンだ。昨年10月、嫦娥5号T1という月探査試験機を打ち上げ、月には降りなかったものの、月を回って地球に再突入し、カプセルを戻すという実験をしている。カプセルの中身はまだ空だが、月まで行って戻すことができることを昨年のうちに実証したということだ。

 月探査計画は「繞」、「落」、「回」の三段階に分けられている。第一段階の「繞」では嫦娥1号、2号の月周回、「落」は月面着陸で3号の軟着陸で達成させた。「回」は2017年の5号によるサンプルリターンだ。その後、有人月面基地を建設するかどうかが注目されるが、気配はあるもののまだはっきりやるとは言ってない。しかし、論文などを見ると有人月面基地を見越して計画を進めているように思われる。

講演中の辻野照久 氏
講演する辻野照久 氏

産業界の役割大きい宇宙開発体制

 宇宙産業は、「CASC」と「CASIC」の二つのグループがあり、「CASC」には13万人、「CASIC」には10万人、合わせて23万人が中国の産業組織で宇宙開発を担っている。日本の20倍くらいになる。

 CASCの中で一番大きいのは中国長城工業集団有限公司(CGWIC)で、CASCの中核を成している。日本でいうと三菱重工と三菱電機の宇宙部門をまとめたくらいの大会社だ。世界10カ所に営業拠点を持っており、打ち上げサービスもやれば衛星輸出もするし、衛星通信用のアンテナや画像データを取るためのアンテナ、航行測位分野でも受信機や利用サービスなど中国の宇宙活動の主要なところを全部抑えている。

 23万人が、宇宙の仕事だけをやっているわけではない。一般向けの生産もやっている。宇宙以外でも稼いでいるので企業の売り上げだけを見てもよく分からない。軍事を除いた民生だけで見ても産業規模は中国の方が日本やロシアより大きいように思う。

 また国際協力として中国の政府機関とパートナーになっている国への技術サービスやメンテナンス協力をしている。国の機関には100人くらいしか職員がいないが、CGWICだけで何万人もいる。共産党の指導の下、国営企業として整然と動いている感じだ。

しかし、このような中国企業を米国は決してよくは思っていない。2005年にイラン不拡散法に基づき米国はCGWICなど9企業への制裁を実施している。CGWIC への制裁は2008年に解除され、今は平常化している。

ロシアとも接近 多様な国際協力

 中国に聞くと米国と日本を除いて全ての国と国際協力をしていると言う。全部とは言いすぎだろうが、包括的な協力、分野別の協力、あるいは中国の施設を造らせてもらっている、またボリビアのように衛星の輸出相手だとか、協力の形はさまざまだ。37カ国2機関との協力関係が公式にあると思う。2機関は欧州宇宙機関(ESA)と欧州気象衛星開発機構(EUMETSAT)だ。

 ロシアについては最近、新しい動きが出てきた。ウクライナ問題もあり米国や欧州から制裁を受ける中、新たな活路を見いだすために中国と急接近している。具体的な話としては規格の統一がある。例えば宇宙船のドッキングに関わる規格を統一化しないとロシアと中国の設備を一体化できない、ということで交渉が始まっている。宇宙産業界の消息筋によると、将来の月探査を見据えてドッキングユニットや電気的接続、空気の規格などを共同作業で統一していこうとしているらしい。

宇宙活動の宣伝も盛んに

 有人宇宙飛行は来年からまた活発化し、宇宙ステーション「天宮」を構築することで定常運用に入るかもしれない。月の試料を持ち帰るサンプルリターンが2017年に迫っている。将来は有人月面基地も視野に入れている。

 月探査機「嫦娥3号」や月面探査車「玉兎」などは最近、切手になって宣伝されている。50年くらい前は米国やロシアが切手を使って自国の宇宙活動を盛んに宣伝していた。今、それをやっているのは中国だけなので、やはり中国が一番、宇宙活動を宣伝したいという意識が強いのかもしれない。

(小岩井忠道)

宇宙航空研究開発機構 調査国際部 特任担当役 辻野照久 氏
辻野照久 氏
(つじの てるひさ)

辻野照久(つじの てるひさ)氏のプロフィール
大阪府生まれ。大学教養課程で中国語を履修。1973年東北大学工学部卒、日本国有鉄道入社。86年宇宙開発事業団(現宇宙航空研究開発機構=JAXA)に移り、93年から世界の宇宙開発動向調査を担当。2007年国際部参事、定年退職後2011年から現職。同年から科学技術振興機構研究開発戦略センター特任フェローとして世界の宇宙技術力比較調査や中国の天体望遠鏡LAMOSTの現地調査、タイおよびブルネイの科学技術情勢の調査などを担当。文部科学省科学技術・学術政策研究所客員研究官も兼ねる。

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