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東アジアVLBIネットワーク−日中韓で宇宙の謎に挑む(小林秀行 氏 / 自然科学研究機構・国立天文台水沢VERA観測所長)

2008.05.13

小林秀行 氏 / 自然科学研究機構・国立天文台水沢VERA観測所長

自然科学研究機構・国立天文台水沢VERA観測所長 小林秀行 氏
小林秀行 氏

人類の宇宙探求

 日本、中国、韓国の電波望遠鏡を連動させ、直径6,000キロに及ぶ世界最大の電波望遠鏡網をつくる計画が進んでいる。

 天文学の研究において、高い倍率で天体の構造や運動を詳しく観測することと高い感度で暗い星や遠くの星を観測することはたいへん重要なことであり、ガリレオが1609年に初めて望遠鏡を天体に向けて観測して以来、人類はより高倍率で高感度の観測を行うことによって宇宙で多様な天体や天体現象を発見し、宇宙観を広げて来た。約60年前に始まった電波で宇宙を観測する電波天文学は、当初は観測の倍率が悪く、人間の目にも及ばない観測しかできなかったが、1960年代に電波干渉計技術が発明され、それらの延長としてVLBI観測(超長基線電波干渉計)技術が開発されたため、現代では人間の目の100万倍の倍率で宇宙の観測ができるようになっている。

 日本において電波天文学の研究は、1960年代から本格的に東京天文台(現在の国立天文台)、電波研究所(現在の情報通信研究機構)などを中心に進めてられてきた。1983年には、野辺山に世界最大のミリ波電波望遠鏡が作られ、多くの成果を挙げてきた。そして今、日本は世界でもっとも多くの電波望遠鏡を有する国となり、20局以上の電波望遠鏡が研究のために使用されている。さらに東アジアにおいて、韓国には建設中のものを含めると5局の電波望遠鏡があり、中国は5局の電波望遠鏡が稼動している。このように東アジアは、世界でもまれに見る電波望遠鏡のたくさんある地域となっている。

VLBI観測

 VLBI観測というものは、離れた電波望遠鏡で同じ時刻に同じ天体を観測し、それぞれで観測された電波の波形信号を記録し、それらを後に集めて干渉させ、電波干渉計を構成する。これによって電波望遠鏡間の距離に相当する大きさの仮想的な電波望遠鏡を構成するものである。電波望遠鏡に限らず光学望遠鏡もX線望遠鏡も、観測される倍率は望遠鏡の大きさに比例し、観測される波長の長さに反比例して大きくなる。VLBI観測では、地上の観測では、8,000キロメートルの大きさの仮想電波望遠鏡を構成することができ、1997年にわが国が打ち上げた「はるか」衛星によって、2万5千キロという地球の直径の2倍以上の電波望遠鏡を構成し、倍率100万倍の観測を行った。これは人類が達成したもっとも倍率の高い天体観測装置である。これらを達成するためには、GPSなどの高精度の時刻同期技術・原子時計などによる高精度の周波数標準技術の発明によるところが大きく、これらは、電波時計やカーナビ・航空機の位置決定などでも使われている技術である。

 一方、天体構造や運動を正確に高い倍率で観測するだけではなく、天体の位置や土台となる地球の運動を正確に決めることもできるようになった。従来のVLBI観測は、“望遠鏡を手で持って観測している”ような状態であり、天体の形を詳しく観測できても、土台が安定せずに位置を正確に測ることができなかった。大気による揺らぎによる影響が大きく、どちらに電波望遠鏡を向けているのかが高い観測倍率に比べてはっきりしなかった。これを克服したのが、2000年から建設が開始された国立天文台VERAプロジェクトである。2つの天体を同時に観測することができる電波望遠鏡を初めて開発し、遠方の天体を基準にして、銀河系内の天体の位置と運動、さらには距離を正確に決定し、銀河系の精密な地図を作るものであり、現在、観測・研究が精力的に進めてられている。これによって“しっかりした土台に載せた望遠鏡”で観測ができるようになったのである。

世界の動向と東アジアVLBI観測網

 このようなVLBI観測網であるが、世界的にはアメリカ国内に口径25メートルの電波望遠鏡が10局の観測網(VLBA)があり、世界最大である。ヨーロッパでもドイツの口径100メートルやイギリスの口径76メートルはじめとした8局の電波望遠鏡によるVLBI観測網が稼動している。さらにオーストラリアでは、4局による観測網が南天の観測で成果を挙げている。日本国内では、国立天文台を中心として、北海道大学・筑波大学・茨城大学・岐阜大学・山口大学・鹿児島大学・大阪府立大学や情報通信研究機構・国土地理院・宇宙航空研究開発機構などが連携して2005年度から日本国内観測網を作り、12局の電波望遠鏡が参加し、研究・開発を行い、成果を挙げてきた。さらに、天体の観測のほかにも、昨年9月に打ち上げられた「かぐや」衛星の精密な軌道決定にも参加し、月を周回する探査機の軌道を精密に決定し、月の重力場の解明に大きな役割を果たしていることも特筆すべき成果である。

 このような状況で、韓国においては、複数の周波数で同時に天体を観測できるシステムを初めて導入し、大気の影響を低減するVLBI観測網の建設を進めている。この観測網は口径21メートルの電波望遠鏡を韓国国内3カ所に設置するもので、2010年の完成を目標にしている。さらに中国でも昨年打ち上げられた月探査機「Cheung’E」の軌道決定のために、口径50メートルと45メートルの電波望遠鏡を新設し、既存の口径20メートルの電波望遠鏡2局と組み合わせてVLBI観測網を構築している。これらの日本・韓国・中国の電波望遠鏡を組織化し、世界最大のVLBI観測網を構築しようとする計画が東アジアVLBI観測網(East Asia VLBI network)である。

 電波干渉計の観測精度と感度は、観測局の組み合わせの数によって決定される。したがって10局では45個の組み合わせしかないが、15局では105個の組み合わせが発生し、2倍以上の性能となる。倍率を上げるためにはなるべく離れた電波望遠鏡を組み合わせ、感度を上げるためにはなるべく数多くの電波望遠鏡を組み合わせることが重要である。東アジアVLBI観測網は、各観測周波数に応じて15−18局の観測局が参加し、東は小笠原、西は中国、ウルムチ、北は苫小牧、南は、中国、昆明にわたる6,000キロメートルの世界最大の観測網が構築されることになる。このような大規模なVLBI観測網に対応し、各局の信号を合成する相関器を、韓国天文研究院と国立天文台において共同で開発しており、2009年度末にソウルに設置される予定である。今年3月には、上海天文台において、東アジアVLBI観測網を構築するためのワークショップを開催し、今後の研究の方針や試験について議論を深め、今年度から日本と中国の間で試験観測を開始する予定だ。

 VLBI観測網は、参加する観測局の数のほぼ2乗に比例して観測性能が向上していくので、1つの観測局の参加が、大きく性能を向上させることになり、日本・韓国・中国の観測局は、対等な立場で科学に貢献していくことができる。今後は、この観測網を立ち上げ、韓国VLBI観測網の完成する2010年をめどに、本格観測を開始したいと考えている、日本・韓国・中国の研究者をはじめ、世界の研究者によって研究成果が挙げられるものと期待している。

赤い丸がVLBI観測網を構成する19の電波望遠鏡
(提供:小林秀行 氏)
自然科学研究機構・国立天文台水沢VERA観測所長 小林秀行 氏
小林秀行 氏
(こばやし ひでゆき)

小林秀行(こばやし ひでゆき)氏のプロフィール
1959年東京生まれ、83年名古屋大学理学部物理学科卒、東京大学東京天文台(現国立天文台)野辺山宇宙電波観測所で大学院での研究を行う。88年東京大学大学院理学系研究科天文学専攻修了(理学博士)、88-89年文部省国立天文台野辺山宇宙電波観測所研究員、89-99年文部省宇宙科学研究所助手、電波天文衛星「はるか」の開発・製作・観測に従事、99-2003年文部省国立天文台助教授電波天文衛星「はるか」による観測およびVERA計画建設に従事、03-自然科学研究機構国立天文台教授 VERAによる銀河系構造の解明の研究に従事、06年から現職、国立天文台台長補佐、東京大学大学院理学系研究科教授を併任、東アジアVLBI観測網コンソーシアム議長。日本学術会議連携会員。

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