2011年本田賞受賞記念講演(2011年11月17日、本田財団 主催)から
物質の表面を分子レベルで解明することは、科学のみならずエコテクノロジーにとっても重要な分野となっている。エコエンジニアリングは原子・分子レベルの科学の成果を取り入れることで、成功の確率が一気に高まるし、逆にエコテクノロジーの追求が最も先鋭的な科学の創出につながっている。
表面科学はさまざまな分野に応用され、私たちの日常生活に影響を与えている。私自身が数十年にわたり重点的に取り組んできたのは、触媒作用とバイオインターフェースの分野だ。
現代の表面科学はラジオ真空管に代わる増幅器となったトランジスタの発見とともに始まり、宇宙科学の成果を取り入れながら発達してきた。トランジスタを高速化するには電子の伝達距離を短くして伝達速度を上げる必要があり、どうしても小型化が求められる。そうした小型化の要請が表面積の体積比を引き上げる技術の探究を活気づけた。そして最終的には、宇宙科学で開発された、不純物の存在を考えなくてよい高真空技術を利用することで、原子レベルでトランジスタ表面の構造を決定し、制御できるようになっていったのだ。
表面を解析するには、電子線、イオン線、分子線を清浄な金属表面や半導体表面に照射し、そこから散乱されるエネルギーを測定する。これにより、表面原子・分子の構造や結合だけではなく、吸着時の熱力学的・動力学的性質、表面化学反応に至るまでのエネルギーの移動や分子の運動性なども知ることができる。
初期の表面科学は真空下で起こっていたような現象を対象にしていた。しかし、私たちの日常生活に直接関係する表面現象というのは、その大半が高圧下の液体界面で起こっている。つまり、腐食、エネルギー変換、バイオインターフェース、環境化学、摩擦、潤滑といった化学反応で重要な役割を演じる表面分子の特性を知るには、固体と気体あるいは固体と液体が接触する界面、しかも、じかには観測できない「埋もれた界面」の分子特性を解析する必要がある。私は四半世紀を費やしてこの界面の解析手法を開発した。私の専門は触媒反応だったので、1990年代に入ると私の研究はナノ物質の世界に足を踏み入れることになる。触媒というのはほとんどがナノ粒子でできているからだ。
表面反応を直接利用したエコテクノロジーの実例に、どういうものがあるか。自動車の排気ガスを浄化する触媒コンバーターがその一つだ。米ロサンゼルス盆地など都市部の大気汚染の軽減に威力を発揮している。
化学工程において必要な分子のみを生成し、副産物として廃棄物を生成しない化学工程を「クリーンマニュファクチュアリング」、あるいは「グリーンケミストリー」と言う。これは化学反応の選択性を利用してエネルギー効率を高める試みで、例えば、触媒を使ってナフサを改良し、ハイオクガソリンに改質することがよい例だ。
20世紀の触媒科学の関心は、アンモニアの合成、エチレンの水素化、一酸化炭素の酸化など、目的の物質を作り出す化学反応そのものの解明に向けられていた。21世紀に入ると研究の焦点は触媒の選択性に移る。生成可能な数種類の分子から目的の分子だけを生成することが重要になったためだ。私たちは多経路触媒反応をいくつも研究し、最終的に「反応の速度と選択性を決めるのは、金属ナノ粒子のサイズと形態である」という結論を得た。
問題はなぜこのようなことが起きるのか。そしてなぜ従来この性質が分子の選択的生成に利用されなかったのか、にある。この問いを考えることで、過去の触媒研究の欠点が分かってきた。
従来、触媒は使用前の状態と反応後の状態で研究されていたが、これは反応進行中に働いている触媒を観察する器具も実験手法も存在しなかったためだ。その後の技術的進歩により、現在では触媒プロセスの構造的動態、化学的動態を解明するさまざまな手法が確立している。
ガボール・ソモルジャイ(Gabor・Somorjai)氏のプロフィール
ハンガリー・ブダペスト生まれ。ブダペスト工科大学化学工学科4年在学時の1956にハンガリー革命(動乱)が起き、米国に移住、60年カリフォルニア大学バークレー校で博士号を取得。IBM研究所研究員、カリフォルニア大学バークレー校化学科准教授などを経て72年同校教授。ローレンスバークレー国立研究所先端材料センター材料科学部門の上席科学者・表面科学・触媒化学プログラム・ディレクターを兼務。1962年米国市民権を取得。表面科学、不均一系触媒、固体化学の分野で1,000以上の科学論文を発表し、「表面科学の父(もしくは開拓者)」とも呼ばれる。「表面化学の原則」、「二次元の化学~表面」、「表面化学と触媒入門」、「モノグラフ・固体表面の吸着単分子膜」などの著書は、世界中の研究者に読まれる教科書となっている。
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